第1章
From a prison
始まりは牢屋からだった。
グレッグは夢の中で感じていた熱さは日差しのせいであることに気づいた。
鉄格子からの日差しに体をよじると、隣に寝ていた、痩せこけた老人に背中がぶつかる。
老人は舌打ちをしたが、体はピクリとも動かなかった。
グレッグは体を起こし、いつものように踏ん反り返っている看守の姿を探した。しかしその姿はどこにも見当たらない。
彼は自らの心を落ち着かせるため、毎朝するようにこの場の状況を確認する。
彼は牢屋にいた。もっとも、望んでそこにいたわけではない。(大半がそうだろうが)だが、彼自身に関しては、ここに連れてこられる理由すら見当もつかなかった。
そのため、彼はこの場所に来たその日にそのことについて考えることはやめることにした。
いずれ時がくれば明らかになるだろう。
彼は自分にそう言い聞かせ、ある程度の冷静さを取り戻した。後にこの出来事のことを振り返った時、彼も自らの適応力の高さに驚くこととなる。
そして、彼はいつものように部屋の様子を見渡した。
部屋には彼のいる牢屋の他に2個の牢屋があった。それのどれもが簡易的で一時的な勾留のためであることがうかがわれたが、それが何日続くかまでは分からなかった。事実、グレッグのいた数日間の間に出ていった人物はいなかった。
牢屋に入っている人物は様々だった。若者から老人、オークの血筋が入った者やエルフ、唯一彼らに共通していたのは沈黙好きということぐらいだった。誰も気が狂ったように叫んだり、自らの境遇を嘆き、神に懺悔する…といったように。
おそらくそのような気力すらなかったのだろう。
彼らはどんな罪を犯したのか、又は犯さねばならなかったのか。
グレッグはそうやって物思いにふけり、一日を過ごすこともあった。答えが見つかることは決してなかったが。
不意に彼は腹と背中がくっつきそうな感覚を覚えた。自身の空腹感は段々と消え、肉体的な変化を感じ取るにとどまるようになっていた。
時折、牢屋の中にはハーブティの入ったやかんが支給されたことはあった。同じ牢屋にいる老人がいつ飲んでいたのかは分からないが、グレッグはそのやかんをちびちびと飲み、渇きを癒していた。しかし、屍のように眠る日々が終わることはなかった。
彼がこの薄汚い牢屋に来てから数日が経過していた。太陽は沈んでは浮かび、鉄格子の向こう側は変化を続けていた。もう少しここに放り込まれていれば彼はついにくたばっていただろう。
彼は牢屋からの解放を待ち望んでいた。
そしてその時は唐突に訪れた。
彼が起きてまもなく、いつもの看守が薄汚いドアから入ってきた。その後ろには新しく目にする大男もいた。男は筋肉質で鼻筋が太く、厳格な面持ちだった。彼らはグレッグのいる牢屋まで来て、牢屋の鍵を開けた。
「グレッグ・レンジャー。出ろ。面会だ。」
看守が無愛想な声で言った。
グレッグは少しの希望を抱いたと同時に莫大な不安感に襲われた。立ち上がり、牢屋の出口へと向かう。足にはうまく力が入らず、歩き方を忘れてしまっていたかのようだった。
ふと振り返ると、先ほどの老人が物憂げな目でこちらを見つめていた。
間の抜けた音を鳴らす廊下を歩きながら二人の後をついて行くと、突き当たりに部屋があり、大柄の男はドアを開けるとグレッグを押し込んだ。
部屋には窓がなく、薄明るい照明のみが部屋を照らしていた。中央には長方形のテーブルがあり、向かい側には男が座っている。
男の目は深いブルーで真珠のように丸く、どこか虚ろだった。肌はカサついた様子でシワが刻まれ、髪や髭には所々、白い毛が混じっていたが顔つきはシャープで若々しく、年の経過を感じさせなかった。
男は彼を見ると虚ろな目に生気が灯り不気味な笑顔を浮かべた。
「やあやあ!」
グレッグが椅子に腰掛けると同時に男は言った。
「すまないな、到着が遅れて。もう少し早く来きたかったのだがね。」
まるで旧友に話しかけるかのように馴れ馴れしく男は話す。
グレッグの訝しんだ表情を気にせず、彼はドアの近くに立っていた大柄の男に目配せをした。
しばらくすると4つ切りにされたサンドウィッチとコーンのスープ、湯気を上げたコーヒーがトレイに乗って運ばれ、テーブルの上に置かれた。
目にした途端、麻痺していた空腹感が戻ってくる。
気がつくと彼はもうすでにサンドイッチの手をつけていた。
「どうぞ。」
微笑みを浮かべながら男は言った。
グレッグは男を軽く睨むと、サンドイッチを口に放った。口の中にみすみずしい食感が広がる。
男の意図にまんまと乗っかったと彼は分かっていたが、背に腹は変えられぬ。
口の中のサンドイッチをコーヒーで流し込んだ。
「手荒な真似をして悪かった。しかし、多少の危険性を考慮したんだ、君が非協力な場合のね。」
コーンのスープを喉に流しながら、男の声を聞き流す。
男は彼が食事を終えるまでの間、タバコをふかし、また虚ろな目を浮かべた。
グレッグがふと我に帰った時、皿にはパンのカスしか残っていなかった。
「いい食べっぷりだ!」
男は乾いた拍手を鳴らした。
「さて、腹ごしらえも済んだことだ。そろそろ出かけるとしよう。」
男は軽妙な様子で立ち上がった。
グレッグは肩透かしを食らったと感じた。彼は食事の後に様々な質問をされ、時には拷問にまで至ると予想をしていたのだ。
そのことを知ってか知らずか、男は飄々と様子で指をさした。
「君の荷物だ。」
男の指差した先には長年グレッグが使っていた肩掛けバッグとくすんだコートやシャツが積み重なっていた。
「早めに支度をしろ、外で待っている。」
そう言い捨てて、彼は部屋のドアまで歩いた。
「待て、あんたの名前を教えろ。」
男のスラリとした背中にグレッグは震えた声で言った。
「自己紹介が遅れたな。俺の名はロニー・ブラック。ビバレット王国の憲兵団少佐だ。」
男は舞踏会のダンスを思わされるような優雅なお辞儀をした。
グレッグは別の予想が的中したことを悟った。
THE GUNMAN @horizon25
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