今宵、魔王様が復活します。

雪桜

今宵、魔王様が復活します。


「さぁ皆の者、歓喜しろ! ついに我らが魔王様のお目覚めだ!」


 常に厚い雲がかかる魔王城。その城内でひしめき合う魔族たちにむけ、一人の男が声を上げた。


 玉座中央の寝台で眠りについているのは、この魔界の長である──魔王様。


 長い漆黒の髪に、スッと鼻筋の通った凛々しい顔つき。黒いマントを身につけたその肢体は、長い眠りにつきながらも何一つ変わることはなく、いまだ若々しい姿を保ったままだった。


「「魔王様ァァァ!!」」


 男の声がとどろくと、文字通り魔族達は歓喜した。


 今宵、二千年の時を経て、この世の支配者となるべく魔王様がお目覚めになる。


 極悪非道な破滅の王──


 二千年前、そう呼ばれていた魔王様の時代が、また始まるのだ!



 ◆◆◆



「やっと、見つけたわ」


 魔王様が眠る寝台の前で、女は手にした『鍵』をきつく握りしめた。


 細くしなやかな脚を惜しげもなく晒し、豊満なスタイルを見せつけるかのように立つ女は、魔界では珍しい天使の羽根を持っていた。


 母親譲りの赤い髪と真っ黒な羽根。彼女は堕天使である母と魔族との間に生まれた娘だった。


 そして、その傍らに立つのは、猫のような耳と尻尾を持つ半獣人の子供と、ローブを身にまとった銀髪の男。


 彼らは皆、魔王様に仕える忠実なる部下達だ。


「アリス、本当にやるのか?」


 銀髪の男が『箱』を手にして女に問いかける。すると、その会話を半歩下がって聞いていた半獣人の子供も同時に眉を顰めた。


「当たり前でしょう、クロエ! なんのために、今までを探してきたと思ってるの!」


 アリスが、銀髪の男・クロエが手にした箱を奪い、叫んだ。


 二千年前──魔王様は、憎き勇者の手により全ての魔力を奪われ、長い長い眠りについてしまった。


 魔王様の力は『箱』の中に封印され、それを開けるための『鍵』とは別々に、勇者によってこの世の隠された。


 強力な結界で護られたその箱と鍵を、血のにじむ思いで手に入れた魔族たちは、やっとこうして、魔王様を復活させる目前まで来たのだ。


「私たちが、この時をどれだけ待ち望んだことか……っ」


 クロエから奪った小さな箱を握りしめ、アリスは涙ぐむ。母の意思を継ぎ、アリスは幼い頃から、ずっと魔王様の箱と鍵を探し続けてきた。


 まさか、このような小さな箱に封印されているなんて思いもしなかったが、それでも何百年と探し続けてきた、それが──今、目の前にある。


「箱と鍵があるのよ。なにを悩む必要があるの?」


「落ち着け。俺も魔王様を目覚めさせるのは賛成だ。だが──」


 クロエが、神妙な面持ちでアリスをみつめる。


「俺達は、その箱と鍵を探し出すのに、


「……」


 その言葉に、アリスはきつく唇を噛み締めた。

 二千年──確かに時間はかかってしまった。


「……で、でも、それは」


「魔王様はとてもだと聞いている。悪逆非道な破滅の王。その力は同胞である我々魔族ですら、恐れる程だったという。中でも、魔王様の作り出すは強力だ。手をかざしただけで一瞬にして人や物を灰にし、ある時は一晩にして十もの国を滅ぼしたとか……魔王様を目覚めさせるのは簡単だ。だが、もしも魔王様が『お前ら、箱と鍵、探すのに何年かかってんだァァ!』などとお怒りになられたら、我々は一瞬にしてになる。ならば、我らはこの命をかけて、魔王様にを提供するべきではないのか」


「……さ、最高の目覚め?」


 辺りはシンと静まり返り、その瞬間、アリスはぐっと息を飲んだ。


 今、この場にいるアリスたちは、先代から魔王のことを託されたの幹部達だった。そう、実を言うと彼らは、


「……た、確かに、恐ろしい方だとは聞いているわ。でも、最高の目覚めって、一体どうすれば」


 三人は考え込む。魔王様が気持ちよく目覚めるか否かで、自分たちのが決まる。


「ロキ、なにか調べてみろ?」


「え? ボク?」


 すると、クロエは横に立つ半獣人の少年に声をかけた。人間でいうところの10歳くらいの姿をしたその少年は、ピクリと耳を動かしたあと、空中にタッチパネル式の画面を出現させる。


 この世にある全てのデータから、高速でその真意について検索すると


「あった」


 どうやら見つけ出したらしい。たどり着いた答えを、ロキがその画面を見つめながら答える。


「最高の目覚めは、最高の睡眠から。そして最高の睡眠に必要なのは、最高のです。今なら、50万エルでふかふかの高級寝具が手にはいります」


「それだ」


 納得したクロエが、うんと唸る。


「やはり、あのような固い石の上では目覚めて頂くわけにはいかないな。今すぐ、滑らかかつ、ふかふかのベッドを用意するべきだ」


「え、ちょっと待って、魔王様は二千年もの間、あの石の上で寝てたのよ、今更!?」


「アリス考えてみろ。昔はあの石のベッドしかなかったが、二千年たって文明は大きく進化している。俺達だって、いつもふかふかのベッドで寝ているだろう。それなのに、魔王様だけ固い石の上だなんて、バレたらヤバい、絶対ヤバい!! いいか。まずは日を改め、高級寝具をそろえたあと、この城に、ありったけの魔族たちを招待しよう。魔王様の復活は皆で盛大に盛り上げるべきだ。魔王様がお目覚めになり、第一声を放たれたら一斉に魔王様コール。これで魔族たちの士気も高まり、魔王様の気分も最高潮に!」


「な、なるほど……確かに二千年ぶりに"魔界の王"が復活するんですもの。その感動を皆で分かち合うのは当然のことね!」


 アリスがクロエを見つめると、クロエも同意するように、アリスをみつめ微笑みかけた。


 その後もアリスたちは、魔王様に最高の目覚めを提供するため、考えまくった。


 おなかをすかせているかもしれないから、魔王様の好きな物を調べて用意しておこうとか、厳かなBGMもあったほうがいいかもしれないとか。


 そして、それから数日、全ての準備を整え


 ────冒頭に戻る。


「さぁ皆の者、歓喜しろ! ついに我らが魔王様のお目覚めだ!!」


「「魔王様アアアァァァ!!」」


 常に厚い雲がかかる魔王城。

 その城内でひしめき合う魔族たち。


 玉座中央のふかふかのベッドで眠りについているのは、この魔界の長である──魔王様。


 さぁ、ついにこの時が来た!!


 アリスとクロエが魔王様の前に立つと、二人は箱と鍵を手に膝まづいた。


 この箱の封印をとけば、閉じこめられていた魔王様の魔力が全て解き放たれ、魔王様がお目覚めになる。


 ──ガチャン!


 箱に鍵が差し込まれると、少しだけ錆び付いた音と共に、鍵が開いた音がした。


 すると、その瞬間、ゴォォォォォ──ッと黒い渦と激しい突風が吹き荒れた。


 今にも押しつぶされそうな力強い魔力の渦。

 それはまるで、心臓を鷲掴みにされているような、とてつもない恐怖を感じさせた。


 だが、ひとしきり暴れまわった黒い渦は、たちどころに魔王の身体に吸収されると、その後ベッドで横たわっている魔王の指先がピクリと動く。


「魔王……様?」


 瞬間、ゴクリと息を飲む。


 スッと目を開けた魔王様は、ゆっくり身体を起こすと、気だるそうに、だが酷く威厳に充ちていた瞳で、アリスたちを見つめてきた。


 魔王様の目覚めは、はたして最高のものになったのだろうか?


「魔王様、お目覚めは……いかがでしょうか?」


 アリスが恐る恐る問いかける。すると


「あぁ、最高だよ」


 おっしゃあああああああああああああああああああああああああ!!!!


 三人は心の中でもガッツポーズを決めた。


(あぁ、魔王様が笑ってらっしゃる!)

(ありがとう高級寝具! ありがとうマイ枕!!)


 二千年ぶりに放つ魔王様の声は、恐ろしいほど柔らかで優しい声だった。


「君たちは、リリス達の子孫かな? 二千年もの間よく頑張ってくれたね。お前たちのおかげで、やっと長い眠りから覚めることが出来た。礼をいうよ」


「そ、そんな、魔王様っ!」


 魔王様からの勿体ないほどのお言葉に、自然と涙が零れそうになる。


 魔王様、めっちゃ優しい!!

 誰だ! "極悪非道な破滅の王"なんて異名つけたやつ!


「みんな、おはよう~。二千年も眠っててゴメンねー」


「「おはようございます! 魔王様ァァァァァァ!!」」


 そして、玉座から離れ、背後に控えていたその他大勢の魔族たちに魔王様がニッコリと笑って声をかければ、一斉に魔王様コールならぬ、"おはようございますコール"が巻き起こった。


 手を振る優しげな魔王様を、まるでアイドルでも応援するかのごとく、黄色い声を上げる魔族、その他の皆さん。


 そのアットホームな光景に、アリスたちは脱力する。


「ふふ、魔王様があのような方だったなんて。破滅の王だなんて、とてもじゃないけど、信じられないわ」


「そうだな。あんなに優しく笑うお方を俺は今まで見たことがない。それにどうやら俺たちは『最高の目覚め』というものを、少し勘違いしていたようだ」


「え?」


 低級魔族にも分け隔てなく声をかけていく魔王様を見て、クロエは思う。


 "最高の目覚め"とは、"寝具"などで決まるのではない。


 目が覚めて、またいつもと同じように、家族や仲間に「おはよう」と言える。


 それこそが、何物にも代えがたい、最高の目覚めなのではないかと──



「あ、そうだ」


 するとそこに、一通りの挨拶を終えた魔王様が戻ってきた。


 三人は揃って跪くと、ふかふかのベッドの上にドサッと座り込み、足を組んだ魔王様の言葉に耳を傾ける。


「そういえば、私の魔力を奪ったあの勇者は、その後どうなったんだい?」


 勇者──その言葉に、三人は再び魔王を見上げた。


「はい。勇者はその後、故郷の村に戻り、妻をとり、子をなし、幸せに暮らしたそうです」


「しかも、その勇者の末裔が、魔王様復活の話を聞きつけ、新たに仲間を集めこちらに向かっているとか!」


「ですが、ご安心ください! まだ、魔法もろくに使えぬ最弱な勇者です。きっと、ここにたどり着く前に朽ち果てることでしょう」


 その言葉に、魔王様はニッコリと微笑むと


「は? お前ら、、勇者の家族、根絶やしにしてないって、どういうことだ」



 あ──終わった。




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