繋いだ手を……。

喜村嬉享

夢の中の記憶




(あれ?ここは……何処だ?)



 俺が意識を取り戻したのは石の上……。『何故そこにいて』『何をしていたのか』という記憶がなく、ただ呆然と座っていた。


「………。駄目だ。思い出せない。此処は……何処だ?」


 記憶を辿り自らが何者かを思い出そうとしても、まるで靄でも掛かったかのように思い出せない。そんな事態に俺は焦燥感に駆られた。


 そんな中、甲高い耳鳴りが……。


「うっ……!」


 思わず耳を塞いだその時、俺は自分が鎧を着ていると初めて気付いた。



 耳鳴りはすぐに止んだが、その影響で少しだけ冷静になれた。そこで改めて自分の姿を確認することにした。



 籠手、具足、鎧……腰には剣が携えられている。防具は全て金属だが高級なものではない。アチコチに削れたり窪んだりと使い古された感が強い。

 剣を引き抜いてみると途中で折れていた。剣を握る手は革製の手袋……やはり使い古されている。


「何だ……?コスプレ?」


 そこで俺は自分の声と言葉に驚く。


 違う……こんな声じゃなかった気がする。それに『コスプレ』って何だ?自分の発した言葉の意味が理解できず再び混乱した俺は、現状把握の為周囲を見回した。



 周囲に見えるのは石の瓦礫。何かの建物の残骸だろうか?土埃がやけに舞っていて全体が把握できない。



(………)



 名前も思い出せないのに“ 記憶喪失 ”という言葉はあっさりと浮かぶ。そんな自分が気味悪く感じていた。



 俺は何とか近くの石に寄り掛かり立ち上がる……。その瞬間、一迅の風が吹き視界を遮る土埃を巻き上げた。

 俺の目には……信じられない光景が飛び込んできた……。


「な……んだよ、コレ……」


 夥しい瓦礫……恐らく町単位で倒壊しているのだろう。離れた位置では何かが燃えているのか白煙が昇っている。

 何より衝撃だったのは瓦礫と共に倒れている人の姿……。


「じ、地震か?と、とにかく助けないと………」


 しかし、歩きだそうとした俺は足を伝う激痛で動きを止めた。

 怪我……改めて気付いた違和感に額を拭えば、ドロリと固まりかけた血液が手袋に付着する。


 そして理解した。俺も負傷しているのだと……。



「くっ……。と、とにかく、もっと広い場所へ。避難している人が居るかもしれない。そうすれば救助が……」


 剣を鞘に戻し、杖代わりにして俺は瓦礫の街を行く……。目に付く人達は皆、動く様子が無い。

 聞こえるのは風が耳を掠める音だけ……。俺は足を止めることが怖くなり懸命に先を急いだ。



 瓦礫の街を抜けようやく広くなった先──そこには野営の兵站が張られていた。


 助かった──安堵した俺だったが、救助隊にしては様子が物々しい。装備を纏う兵……それが過剰に感じる程の人数。俺は思わず立ち竦んだ。


「ヒューロ!無事だったか!」


 そんな俺に駆け寄ってくる金髪の若い男。やはり鎧を着用している。


「お前……は……誰だ?」

「お、おい……親友の顔を忘れんなよ。俺だよ、俺。トルガだよ」

「トル……ガ?」

「ど、どうした?頭でも打ったのか………って、血が出てんじゃねぇか!」

「一体何が……あったんだ……?俺は……」

「……とにかく、ケガの治療が先だ。肩貸してやる。行くぞ」


 金髪の男──トルガは、俺の肩を担ぎ医療用兵站へと連れて行く。中にはケガをした兵士が少なからず治療を受けていた。

 そんな兵站の端で治療を受けつつ、俺は記憶状態を確認されている。


 多忙さが堪えるのか、医師らしき老年の男は肩を鳴らしながら度々溜め息を吐いていた。


「ど、どうですか、先生……?」

「頭を打った影響だろう。幸いケガ自体は浅いが……」

「記憶はどうなります?」

「さてな……戻るか戻らんかは運だな。幸い言葉は覚えてる様だから、色々教えてやれば何かの拍子に思い出すかも知れんが……」


 急患が入り医師がそちらに向かった後、トルガは改めて説明をしてくれた。


 俺は言葉以外見事に色々忘れている。それでもトルガは丁寧に教えてくれた。



 俺の名はヒューロと言い兵士として働いているらしい。身寄りはなく一人で暮らしているそうだ。

 トルガは俺の幼馴染みで親友だと恥ずかしげもなく口にした。


 俺達が住んでるのは小さな大陸。そこには三つの国が存在していた。

 『風車の国』『火山の国』『水の国』……。この三国は覇権を争っていたが、近年『風車の国』と『水の国』が協定を結んだという。俺達は『風車の国』の兵士だった。


「自国の協定交渉が上手く行かなくて痺れを切らした『火山の国』が、水の国に侵略を仕掛けたんだ。この街は国境の街だったんだが……」


 協定により間近な風車の国が援軍に訪れたのが現状だとトルガは言った。


「じゃあ、この街は火山の国が……酷いな」

「いや……それが、デカイ地震があったんだよ。で、火の国の軍は岩で進路を阻まれて……」

「地震……。じゃあ街の人は全員……」

「いや……半数以上は助けられたみたいだぞ?お前もケガした甲斐があったんじゃないか?」

「は……?何の話だ?」

「あ~……はいはい。それも覚えてないのか。お前が真っ先に街に飛び込んだぜ?」


 揺れる大地を駆け街に辿り着いた俺……ヒューロは、恋人を見付けて街の外に避難させたのだそうだ。それから街に戻り避難誘導を続けた……らしい。

 恐らく、倒れた建築物に挟まれてケガをしたのが現状みたいだ。


「それも恋人の為とは男だねぇ……」

「恋人……?」

「………。恋人まで忘れてんのは流石に不味いよな。良し……最低限だけ教えてやるから後は自分で何とかしろ」


 そういって立ち上がったトルガに引き起こされた俺は、添え木のされた足を引き摺りながら難民用の兵站へと向かう。


 そこには千人規模の難民が居た……。


 その中の一角、炊き出しを行っている者達を指差したトルガはニヤニヤと笑っている。


「あの青いショールを羽織っている娘がお前の恋人、アンネフィーちゃんだ。お前はアンて呼んでた。じゃあ上手くやれよ?隊長にはケガしてるって伝えとくからよ?」


 トルガは俺の背をバシリと叩き送り出したが、如何せん足が痛い。後で仕返しをしようと考えつつアンネフィー……恋人の元へと向かった。


「ア、アン」

「ヒューロ!どうしたの、そのケガ!」


 頭の包帯と添え木を見たアンは駆け寄って俺を抱き締める。ちょっと脚が痛い。


「ケガはないか?」

「うん。ヒューロのお陰」

「そっか……。なぁ、アン。え~っと……」


 恋人と言われると緊張する。記憶がない俺からすれば、初めて見る可愛い娘だ。


「……どうしたの?」

「いや……実は頭を打ったせいか記憶が怪しくて……」

「まさか……私のことも?」

「……ゴメン」


 嘘を吐いてもすぐにバレる……そう思って正直に答えた。でもアンは笑顔で赦してくれた。


「私を助けてくれたから許してあげる。でも、今から色々聞かせるから思い出したら言ってね?」


 アンは手を取り静かな場所に俺を誘った後、二人の出会いを語り始める。


 出会いは『水の国』。協定を結ぶ王族の為に護衛として来訪し、『水の国』兵士長の誘いで夕食を御馳走になった。その際に紹介されたのがアン……。

 それから何度か水の国に訪れる内に親しくなった。


 アンは一つづつ思い出を語る。その内、俺の中から僅かに記憶が蘇った。


「アンが好きなのはパルナスの花だっけ……?」

「!……うん」

「誕生日に指輪を……」

「思い出したの?」

「うん……。結婚の約束も……。全部思い出した……」


 頭の中の靄が晴れアンへの想いが溢れ出す。出会って一年程だが、その愛しさは嘘じゃない。


 そう……俺はアンの為にこの街に来たんだ。


「アン……」

「何……?」

「『風車の国』に行こう。ここは危険だ」

「どうしたの、急に?」

「急じゃないよ。ずっと考えてた。火山の国が攻めて来ようとしてただろ?兵士長は王都……一人じゃ心配なんだ」

「……ヒューロ」

「それに、最近地震が多いだろ?だから……」


 その時……再び大きな揺れが襲う。立っていられない程の揺れ……しかも長い。


「ヒューロ!」

「大丈夫だ!俺はアンを絶対に離さない!」

「うん!」


 長い地震は収まる様子が無い。生まれて初めての大地震は、更に続く。そして……。


「見ろ!火山の国が!」


 兵の一人が山を指差せば、山が崩れ溶岩が噴き出していた。


「駄目だ、アン。此処から離れるぞ!」


 脚を引き摺りながら少しでも高台へ……。しかし、やがて『水の国』の大地も崩落し海から水が押し寄るのが見えた。


 このままじゃアンを守れない……。


 押し寄せる水が兵站を、難民や騎士を……親友のトルガさえも飲み込んで行く……。


 時間がない……。俺はアンと俺の手をしっかりと縛る。


「俺はアンを絶対に離さない。二人で生き残ろう!」

「ええ……ヒューロ」

「絶対に……」


 そこで俺とアンは水に飲まれた……。無慈悲に水の中で掻き回されながらもアンを抱き締め続ける。やがて暗い海に沈み始めたところで俺の意識が途切れた……。




「……うっ。こ、こは?」


 目を覚ましたのは白い部屋。ベッドに横たわっている俺はまだ呆けている。


「ヒロ……!ヒロ!良かった……」


(ヒロ?……。ああ……)



 俺は本当のことを思い出した。


 俺の名前は星野ヒロ……恋人とデートの最中、信号無視の車に跳ねられたんだった。

 咄嗟に突き飛ばした恋人……藤田杏は、俺の手を握っている。無事で良かった。


 ここは病院……俺は意識不明だったのか……。


「今、先生を呼ぶね?」

「いや……もう少し……手を握っていてくれないか?」


 見ていた夢は只の夢か……それとも前世の記憶かは判らない。少なくともあんな歴史を俺は知らない。


 でも……本当に良かった。『アン』が無事で……。


 どうか……繋いだこの手だけは夢でないことを祈る。



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繋いだ手を……。 喜村嬉享 @harutatuki

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