夢の再現
城崎
話
ふと手から、何かが落ちた。目の前には辺り一面に緑色の血が飛び散っており、その真ん中には人だったらしいものが転がっていた。緑色の液体をすぐに血液だと思ったのは、この空間が夢だからだろう。夢の中で夢を見ていると自覚するのを、明晰夢といっただろうか。
『夢では死んだ方が良い。もしも殺されそうになったら、自分から殺されに行くくらいがちょうど良い』。
昔、同級生がそう語っていたのを、どうして今思い出すのだろう。聞いた後に気になって自らも調べてみたら、死ぬ夢は自らの状況が好転すると書いてあったような気がする。
好転。
手のひらから転がり落ちたものが何かは分からないが、状況から考えればこの人を殺してしまったのは自分だろう。夢で人を殺すのには、一体どんな意味があるのだろうか。あまり良い意味ではないような予感がする。なにしろ、人を殺してしまったのだ。現実世界であれば、立派な犯罪である。しかも、流れている血液の色が緑色ときた。自らは一体、何を殺したというのだろう。そもそも、どうしてこんな状況を認識しなければならないのだ。どうせならば、覚めてしまえればいいのに。そう思っている間にも人らしきものは歪んでいくので、どれも答えは分かりそうにない。
とにかく、教室へと戻ろう。
どうしてだか、そう思った。そう思った途端、目の前に見覚えのある廊下が現れる。灰色をした、中学校の廊下だ。けれど、校内は小学校の間取りをしていた。歪んだ記憶の再現をするのだなぁと、ぼんやり思う。ポツリポツリと教室が抜け落ちたような廊下を歩いて、教室前へとたどり着いた。透明の窓から、一斉に同級生がこちらを振り向く。しかし一様に『違う』とでも言いたげな顔をした後、バツが悪そうにこちらから目線を逸らした。その様子に胃がキュッと締め付けられるのを気のせいだと思い込み、扉を開ける。
「ねぇ、梨花ちゃんは?」
扉の近くにいた見知った顔が、そう問いかけてくる。その言葉で思い出した。自らが殺したもの、それは梨花ちゃんだ。優秀で、可愛らしくて、みんなをまとめるクラス委員長を務めている、あの梨花ちゃんだ。みんなは、梨花ちゃんが帰って来ることを期待していたのだろう。どうして梨花ちゃんではなく私が帰ってきたのだろうと思い、あんな視線を向けてきたのだ。
どうして? 自分にも分からない。その場で崩れ落ちるように足元が歪み、そして視界が黒で染められた。
○
「歩」
目を覚ますと、目の前に見知った顔があった。いや、見知っているだけではない。自らにとって最も愛おしい人の顔だ。彼は困ったような顔をしながら、こちらを覗き込んでくる。
「おはよう」
「……おはよう」
「いきなり呻き出すからビビった。どうした? 怖い夢でも見たのか?」
そう言われて、さっきまで思い描いていた夢が一瞬にして消えていった。握りしめていた掌が、ゆっくりとほどけていく。
「そうかも。でも、もう何も覚えてない」
そう言って笑えば、彼は朝から元気に声をあげて笑い返してきた。
「そっか。夢って儚いよな」
「そうだね。それより、いい匂いだね。今日は何を作ったの?」
ベッドから起き上がり、彼の元へと向かう。
「ポーチドエッグ。気に入ればいいんだけど」
「木原くんのご飯なら、なんだって美味しいよ」
「そう? ありがとう」
彼の手を握る。その手にはたしかに血が通っており、温かかった。
夢の再現 城崎 @kaito8
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