渇望
螢音 芳
渇望
があああっ。
宇宙船内の通路、自分の目の前にはゴリラよりも大きいエイリアンが立ちふさがり、叫び声をあげている。
自分は目に涙を浮かべながら機械銃を構えた。
宇宙を旅して1387日。
滅亡寸前の地球を出て、テラフォーミングできる星を探して宇宙を旅してきた。
旅のあいだ、様々なことがあった。宇宙船のクルーとも最初は何度も衝突した。
酸素の残量が足りなくて、管理ミスだと互いに責任を押し付けあった。マイクと自分のアイデアで克服し、マイクは唯一無二の親友になった。
宇宙船が故障し、修理中に流星群の中に突撃しそうになって、危うく命を落としかけた。それを、ずっと敵対していたケヴィンが命綱を握っていてくれた。
マリアンヌとカーラが喧嘩をして、カーラがマリアンヌを故意に脱出ポッドに乗せて宇宙船から追い出そうとする事件があった。それを自分が見つけて、二人の仲直りのためにパーティーを企画して、大成功した。
気が付けば、自分はクルーの皆からキャプテンと呼ばれるようになっていた。
「マイク、ケヴィン、カーラ、そしてマリアンヌ」
皆はもういない。全てあのエイリアンに殺されてしまった。
「みんな、生き延びて。大好きよ」そう言ったカーラは宇宙船の異常を真っ先に察知して、皆にメッセージを伝えてから殺された。
「マリアンヌと幸せにな」そう言ったマイクは宇宙船の切り離し可能な区画に自分もろともエイリアンを閉じ込めるためにハッチを閉めた。
「俺にもいい格好ぐらいつけさせてくれ」そう言ったケヴィンは閉じ込めた区画を切り離そうと、エイリアンの攻撃で火災を起こした宇宙船内の第2電源室へ突入した後、通信が途絶えた。
区画が切り離されるのを自分とマリアンヌは宇宙船の窓から確認した後、涙を流してそれを見送った。二人で仲間の喪失に涙を流して、何度もキスをして互いに生きていることを確認しあった。
そして、ボロボロとなった宇宙船は青く美しい惑星へとたどり着いた。
テラフォーミング対象となる惑星を見つけたらマリアンヌに伝えようと思っていたことを言うべく自分は口を開いた。
その次の瞬間、マリアンヌの腹部をグロテスクな緑の触手が貫いた。
「愛しているわ」
涙を流し崩れ落ちながらマリアンヌが告げる。
違う、違う、それは君が先に言うセリフじゃない。自分が言おうと思ってたんだ。なのに、なんで。
マリアンヌを殺したことを誇るようにエイリアンは、があぁあああああ、と咆哮をあげる。
涙を流しながら、機械銃を拾いあげ、狙いを定める。
「うあああああっ!」
心の底の怒りと悲しみを震わせながら、自分は機械銃の引き金を引いた。
エイリアンの死骸を前に、自分は途方に暮れていた。
ようやく、テラフォーミング先の星を見つけたのに、と青く澄んだ美しい星を窓から見つめながら口惜しさで拳を握る。
いや、このままではだめだ。
故郷の地球には自分の報告を待っている同朋がいる。
気力を振り絞り、コントロールパネルに向かい、通信をつなげる。
「コントロールセンター、こちら宇宙船A3-MUS-0U。テラフォーミング先を見つけた、応答を願う」
しかし、返事はない。
「コントロールセンター?」
訝しく思っていると、ざざっとノイズが走ると、音声が流れた。
『私は人類生存会議、議長だ。この音声記録は宇宙船が旅立って1300日後にコントロールセンターに通信をつなげたときに流れるように設定している。故郷から旅に出た諸君に告げる。生き残れ。地球はもうもたない。宇宙船が飛び立った後、間もなく地球は自壊する。我等が諸君を宇宙に送り出したのは新たな移住先を探すことではない。少しでも未来への種子を多く残すためだ。どうか、我等の願いを胸に生き延びてくれ、それでは健闘を祈る』
その言葉を最後に、音声はぷつりと切れた。
口から嗚咽にすらならない、吐息が漏れる。もう、悲しみを表現する術は尽き果てたというように。
仲間を亡くし、最愛の人を亡くし、故郷を失った。
これ以上の悲しみがあるというのだろうか。
「こんな、こんな悲しみは耐えられない、これ以上は……!」
その時、白い光が自分の脳を埋め尽くした。
『A-3番、危険を感知してシミュレーションを終了します。医療スタッフが来るまでお待ちください』
機械音声が流れ、瞼の上を覆っていた何かがずれるのを感じると目を開けた。
視界の先には半透明のガラスがあり、ぴーっという甲高い音を立てて細長い楕円形のガラスの窓が上に持ちあがった。
持ちあがった先には、心配そうな表情を浮かべる最愛の人の顔があった。
「マリアンヌ…」
言葉を漏らす。
「もう、心配したのよ、なかなか起きないから!」
言葉と同時にマリアンヌの柔らかい体が自分を包み込んだ。
体温を感じると同時に、さらにつうっと自分の目から涙がこぼれた。
「夢、だったのか…?」
「そうよ、当たり前じゃない」
抱きしめながらマリアンヌが言う。その身体が震えている。
温かい人の体温、肌の感触。
自分もマリアンヌの思いに答えるように抱きしめ返す。
先ほどまでの夢が、夢であると確認するために。
そうだ、と自分は思い出す。
自分が寝ていたのは地球にあるシュミレーター用のポッドで、自分は訓練をしていたのだ。
長期間宇宙航行における不測の事態に対応できるように。
地球は危機でも何でもなく、新たに人類の友となる生物がいないか探索する旅を計画していた。その計画のメンバーに自分は選ばれ、シミュレーションをしていたのだ。
マリアンヌの身体を抱きしめつつ、もっともっとと自分は手に力を込めた。
これが夢ではなく、現実である証拠を渇望するように。
自分を安心させるマリアンヌは、自分の思いに答えるように強く強く抱きしめ返してくれた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「シナリオが夢落ちフェイズに入りました。チーフ、間もなくA3ポッドのお客様、起きられます」
「了解、案内スタッフを回す」
遊園地の疑似体験型アトラクション、『夢想体験』を管理するスタッフが、いつも通りに会話を行う。
「それにしても、この人、今回も長かったですね。前回の稼働時間からまた増えてますし」
「刺激が足りないんだろうさ。人間ってのは楽しみを追及する生き物だからな。長く辛い困難であればあるほど、それが克服された時に得られるカタルシスの感動も大きくなる」
もっともっとと刺激的な体験を求める客のニーズに応えるために『夢想体験』は、その機能を進化させ、人の脳に直接干渉して肌や体温、痛覚などの感覚まで体験できるようになっていた。それに合わせてシチュエーションも多数用意し、客の反応や脳内の予測パターンに合わせて専門のスタッフがシナリオを調整することで、より臨場感のある体験を提供している。それがより好評を呼んでおり、今や遊園地のメインアトラクションとなっていた。
「カタルシス……ですか。でも、最近うちの系列の他の遊園地で事故があったっていうじゃないですか。『夢想体験』稼働中にショック死するって」
「馬鹿なこと言うな。事故にあった人には心疾患があったって、検死結果出てただろ。そういうお客様には注意書きしてるのに、守らないからだ」
スタッフの心配をチーフは一蹴した。そうこうしてるうちに、A3のポッドの蓋が開き、接客担当のスタッフが声をかけ、案内をしていた。
「じゃあ、そろそろ僕は休憩に入りますね」
「おう、お疲れさん」
「まったく、刺激を求めるのもいいけど、毎度毎度捻りや工夫をこらさなきゃいけないこっちの身にもなってほしいよ」
スタッフがぼやきながらコントロールルームを出ていく。
スタッフが去った後で、チーフはA3ポッドの客が見ていたシナリオをモニターから眺めながらスタッフとの会話を思い出す。
(より強い感動やカタルシスを得るために、その途中過程の苦難に耐えられずショックで死んでいく……?いや、まさかな)
自分の突拍子もない予測に自嘲するようにふっとチーフは微笑むと、モニターのスイッチを消した。
渇望 螢音 芳 @kene-kao
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