夢であるべき物語
紫月 真夜
さようなら
――何があったのだろうか。
体感数分前までは、僕と彼女は仲良くしていて。いつもよりも少しだけ遠いショッピングモールに来て、二人で買い物していたのに。
「ごめんなさい、最後まで一緒にいてあげられなくて」
その言葉を最後に呼吸をやめ、力を抜いた目の前の彼女。彼女の腹の部分には一つの大きな切り傷があり、その周囲は彼女の唇の色に似た紅色に染まっていた。
決して現実ではないという確信は秒ごとに薄れていく。夢であることを願うばかりの今。
彼女の呼吸が止まったと同時に、白かったこの空間が黒く染まっていく。目の前に浮かぶは彼女との沢山の思い出。二人でお花見をしたこと、夏祭りに浴衣で行った時のこと、紅葉が見れるお寺や神社を巡ったこと、クリスマスに一緒にケーキを作ったこと。……真っ白なベールに包まれた彼女と一緒にバージンロードを歩いたこと。
些細なことでも思い出すだけで涙で視界が覆われる。彼女を刺した人に対する怒りがふつふつと沸き上がってくる。と同時に、一人になってしまったと実感してしまい、孤独感に襲われる。
昔から、ひとりぼっちだった。学生のときも、会社に入ってからも。そんな僕を闇から引きずり出して、光で照らしてくれたのが彼女だった。
そんな彼女と出会ったのは、会社に入社してからだった。といっても、子供の頃、家が近所で仲良かったから出会ったこと自体は随分前だが。
それから、一軒家で一緒に生活して。休日の朝は僕がご飯を作ったり、昼と夜は一緒に作ったり外に食べに行ったり。そんな毎日が当たり前に楽しくて、ひとりぼっちだった時の寂しさを忘れていた。
どうか夢ならば覚めて欲しい。そう祈った瞬間、耳元に響く騒音によって現実に引き戻された。
*
アラームを止めて、悪夢を見ていたせいで乱れていた呼吸を整える。喉が異常に乾いていたので、ベッドサイドに置いていた飲み物をごくりと飲み干した。
「はぁ、はぁ……さっきのは、夢?」
目の前にこびり付いた紅に怖くなって、隣を探る。いつもなら隣にいる彼女が、今日はいない。残っているのは、ぬるい体温だけ。
ぐちぐち考えていても仕方ないと、カーテンを開き布団を整える。リビングダイニングに繋がるドアを開けると、香ばしい珈琲の香りが広がる。キッチンを覗くと、やはり彼女がいた。
「おはよ。一緒に起こしてくれて良かったのに……寂しかった」
「おはよう。ごめんね、気持ち良さそうに寝てたから起こせなくって。……どうして泣きそうな顔をしているの?」
「悪い夢を見たから。
仕方ないなぁ、離れないから大丈夫だよ。そう言いながらの彼女の微笑みがとても優しくて、美しくて。夢から覚めることができて良かったと心から思う。夢の世界は確かに良い。けれど、僕の居場所はやっぱり現実だ。綾乃と一緒に、この素晴らしい世界を生きていこう。そう思えた体験だった。
夢であるべき物語 紫月 真夜 @maya_Moon_
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