おお、勇者よ……は聞き飽きた
螢音 芳
勇者、憤慨する
「おお、勇者よ。死んでしまうとは情けない!」
城の広間で勇者の死を聞いた王様が言い放った。
『ふざけんなぁぁぁっ!』
現実とは違う次元から、魂の状態で勇者が叫んだ。
現在、レベル58、様々なクエストをクリアして成長し、各地のダンジョンを踏破して住民からのお願いを聞いてここまで辿り着いた。またいつもの様に住民の願いを聞いて、火山内部の溶岩が数メートル近くにあるようなダンジョンで中ボスと1時間近い死闘をして、敗れたのだ。
そんな苦行をこなしたのに、「死んでしまうとは情けない」とは、一体なんだ。何様だ!
『王様に決まってるでしょう?』
勇者のモノローグに対して、背後からツッコミが入った。振り向くと、そこには天の御使いがいた。
『また、懲りずに下調べもせずに突貫したんですね。で、耐熱装備も用意してないから継続ダメージの中で戦闘して、ご愁傷さまということに…』
『し、仕方なかったんだ! アビリティ買い込みすぎて金欠だったんだから。それに、行けると思ったし』
視線を逸らしながらふてくされるように勇者が口を尖らせながら呟いた。
『で、今回はどうするんですか? 復活できるように神殿に手配しますか?』
御使いが事務的に問いかける。御使いの役割は勇者がスムーズに復活できるよう案内することであった。
いつもだったら、悔しくて即再戦に勇んで向かうのだが。
『ちょっと、考えさせてくれ』
対して、勇者が待ったをかける。先程の王様の言葉を聞いて憤慨したと同時に、勇者の心の中で支えにしていた何かがぽっきりと折れてしまったのだ。
『復活って、新鮮なうちに行わないとゾンビ化してしまうのですが……』
御使いが困ったように言うと、う、と勇者が一瞬呻くが、またむっつりと黙り込む。今回の怒りは相当に根が深い。
『このまま復活しないとなると、天国へそのまま連行という形になるのですが』
じゃらりと棘のついた天国という言葉とは不釣り合いなゴツイ首輪を天使が取り出した。
『天国に連行って、なんだよそれ!』
『いやあ、いろいろ途中で逃げられると困る事情がありまして。もう一度本当に確認しますが、未練はないですね?』
『未練、か……』
そう言えば、レベルが上がったら入れるエリアに美人な戦闘民族が住んでる集落があったのに、行ってない。獣人族の集落も行ってない。行ってたらきっと猫耳幼女がいたはずだ。さらに鍵開けのアビリティのレベルアップまでもう少しだったのに、開けられていない宝箱がたくさんあるし、物色してないあのお姉さんやあの熟女のタンスもまだまだある。
『うおおおお……』
『なんか、激しく迷ってる内容が俗物過ぎてこのまま連行した方が世のためになる気がしてきました』
勇者が頭を抱え込んで悩み、御使いがその様子をジト目で見ていた、その時。
〈ナラバ、我ラとトモに来ルカ……?〉
地の底から這い出てきたような声が二人のところへ響く。
『い、今のは?』
『ああ、魔王軍の勧誘ですよ。死んだ戦士や勇者の魂を魔物に加工しようとしてるんです』
御使いが野良猫を追い払うようにしっしっと手を払うと、不気味な気配は遠ざかった。
『なんで、勇者や戦士の魂が魔物に?』
『単純ですよ、皆貴方のように疲れ果ててしまうんです。情けなくて落ち込んで、やるせない気持ちが民衆や国王への恨みに変わる。貴方だって抱いたでしょう?王様への恨みを。そして、復活を躊躇してる』
『……なんだよ、それ。そんなの、全部アイツが悪いんじゃないか!』
孤独に旅を続けて、雨の日も風の日もダンジョンを踏破して、野宿して、命のやり取りをして、そして死ねば情けないと貶される。そんなの、たまったものではないじゃないか。
『魔王軍が増えてる元凶があの王様ってんなら、懲らしめてやる!』
『あ、待ちなさい!そもそも今の状態では声も何も届かないというのに…!』
そう言うと、勇者は勇んで謁見が終わった王様の元へと飛んでいき、その後を御使いが追いかけた。
『おいこら、このク…』
「なんてことを仰るのですか、陛下!」
勇者が食ってかかろうとする前に、超絶美形なこの国の騎士団長が王様に詰め寄っていた。
「なぜ、この国のために命を投げ出した若者にさらに鞭打つような言葉をかけるのですか!」
騎士団長の言葉は、真っ直ぐな怒りが込められていて、国のために命を賭した勇者のことを思い、本当に怒ってくれているということが伝わる。
『まさか、こんなふうに怒ってくれる人がいたなんて……』
勇者は騎士団長の義憤に感激する。
「そうだな、私はひどい王様だ」
対して、王様は自嘲するような笑みをうかべた。同意する言葉に騎士団長が驚いて口を噤む。
「私とて、こんなことを言いたくはないさ。今度の若者こそやり遂げてくれる、そう信じて送り出すのに、訃報は届く。その度に民衆からは希望が失われ、彼らに失望を抱く。だから、先に言うのだ、死んでしまうとは情けない、と。そう言えば、民衆はなんて酷いことを言う王だ、と私に怒りを向け、死んでいった彼らへの怒りを少しでも減らせる。起き上がってきた彼らのことを民衆が同情して支援してくれるだろう」
『「王様…」』
初めて聞いた事実に、騎士団長と勇者が呟く。
「それに、こうして民衆が彼らへの失望を口にする前に私が言えば、疲れ果て荒んでしまった若者達の恨みは私にのみ向けられる。王城、王都ならば屈強な兵士や設備も揃っていて迎撃できる。狙われるのは、私のみで十分だ」
(そう言えば、どの魔物も各地で悪さはするけど、力を付けたら真っ先に王城へ向かおうとしてたのは、このためだったのか)
「こんなことを言うても、彼らには何の慰めにもならぬよ。彼らの旅は過酷だ、それをどうして我らが責め、なじることができようか。私にできるのは、あの酷い一言に、願いをこめることだけだ」
「どうか、この言葉で奮起して諦めないでほしい、と」
『あ…』
「心折れれば悔しいとすら感じぬ。だが、もしこれで悔しいと感じてくれれば、それは未練がある証拠だ。私への恨みは大いにけっこう、それで彼らが帰ってこれるなら」
王様の表情は疲れながらも、慈愛に満ちた、笑顔を浮かべていた。
ぐ、と勇者は唇を噛んだ。
その時だ。カンカンと鐘楼の鐘が鳴った。魔物の奇襲だ。
窓を巨大な影が覆ったかと思うと、広間に赤い竜が窓を突き破って侵入してきた。それは勇者が1時間以上死闘して倒しきれなかった竜だ。
竜が、ガアッと叫びをあげる。
〈コノ恨ミ晴ラスベシ…〉
元は人間で勇者だった者の怨嗟の声が炎の吐息とともに吐き出される。
「騎士団長、城の者を逃がせ!」
「王様、それはなりませぬ!」
「いいから行け! 命令ぞ!」
王様が騎士団長に命じ自分が囮になろうとするのを見て、勇者は頭を掻きむしった。
『ああもう、このツンデレ王様は!! おい、御使い、今すぐ俺を起こせ!』
『ええっ!? 無理ですよ、もう時間切れです!』
『ならいい!自分で起きる!』
『じ、自分で起きるって……!?』
そう言うと、魂を輝かせながら竜と王様の間に勇者は飛び込んだ。
広間が眩い光で溢れる。
光が収まると、そこには目に闘志をやどらせた勇者が竜に向けて剣を構えていた。
「この野郎やってやる! リベンジだ!」
その様子を見ながら、やれやれと御使いがため息をついた。
神殿を介さずに復活したということは、勇者として本当の意味で目覚めたという証拠だった。
『本当に、“ 目覚めた ”のですね』
勇者ならば、本当は神殿を介さずに復活することができるのだが、それには欲とか混じり気のない純粋な戦う意志が必要なのだ。
ただ、旅をして意志を鍛え、勇者の資質を育てていくのだが、それまでに彼らは幾度となく死んでしまう。その救済措置として神殿というシステムが作られたのだが、悪循環を生み出してしまうこととなった。それでも神も王も信じ続けた。いつか、本当の勇者が起き上がることを。
『今度もダメかと思ったんですが、いい場面に出くわしましたね。その運の良さ、シチュエーションが揃うのも勇者の資質といったところでしょうか……』
嬉しそうに御使いは呟くと、天国へと返るべく飛び立った。勇者は未だ竜と戦っているが、その結果はわかっているというように。
この後、竜を倒した勇者は再び旅に出たが、一度も死ぬことも無く、魔王討伐を果たしたという。王様があの台詞を口にすることは二度となかった。
おお、勇者よ……は聞き飽きた 螢音 芳 @kene-kao
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます