第6話 別れと始まり

「ラルガ……?」

手と膝を地面につけたまま動かない幼馴染に声をかける。

先程感じた恐怖とはまた別の恐怖を感じた。

「ラルガ……? 大丈夫?」

リブラに攻撃を放った時の顔が思い浮かぶ。

(あれは……あれは……)

「なんだよ、珍しいな。心配してくれるなんて。初めに言っただろ。大丈夫だって」

なんとかラルガは立ち上がれた。

「よかった……」

グレイシアが安堵の息をつく。恐怖は拭えぬまま。

「これからどうすればいいの? ブリース様達もいないし……」

力無く首を横に振りながらグレイシアは喋った。

「これから、どうしよう……」

そんな彼女にラルガ

「ここに作ってくれ」

「え? 今、何を」

「穴ホールを作ってくれ。ここなら出来るはずだ。あいつに感謝しないとだな」

一見すると何も変哲はないただの空間。しかし、目を凝らしてよく見ると周りとの空気と質が違うのかそこだけ空間自体が歪んで見えた。

「表と裏が衝突したここなら。しかもかなり大きな衝突。それによって、ここの空間の質が乱れている。お前なら分かるだろ」

「いや、そういうことじゃなくて……あの三人がいないのに?」

少し驚いた口調。

「逆にやらないのか? あの三人の犠牲を無駄にするっていうのか?」

怪訝な顔で問い返す。

(ラルガの言っていることは最もだ。それに三人が居なくてもやらなければいけないってことも分かる。だけど……)

「もう時間がない。裏の奴らがまだ来るかもしれないんだし」

「そんなの分かってるよ……」

(分かってる。仲間の死を悲しんでる暇がないこと。今すぐにここに穴を作ってラルガを中の世界に送り込まなければいけないことも。だけど……だけど……)

「頼んだ」

ラルガの言葉に頷いた。だけど……

(あなたは一体だれ?)

『上級技術スキル・次元の穴ディメンションホール』

(私の知っているラルガはどこか頼りなく、本人はそれを周りに見せまいと強気に振る舞う。そのせいで周りの言うことを無視して突っ走り自爆する。誰かを助けようとする時も本当はどうすればいいか分からないくせに指示を出して見当違いな方向へ導こうとする。だから、本当なら今、私たちはブリース様達を失ってしまった喪失感とか絶望で何も出来ていないはず。だけど、今のラルガは違う。動じずに的確な指示を出してくれる。これが悪いっていうわけではないし、むしろ良いことだけど。それに、何? あの力。ブリース様達でさえ倒せなかったリブラを……)

体が震える。

(怖い……ラルガどこか遠くに行ってしまったような気がする。あなたは本当に

彼なの? 信用できない……)

技術を発動させようとした手が止まる。

(一体、何を信じれば……っ!)

ふと、先程のラルガをまた思い出す。必死に私たちを守ろうとしたあの目を。あの目は果たして偽りのものだろうか。

(それにアレを使っていた……)

彼女がその姿を前に見たのは何年も前。あの時以来だ。

同時にもっと大事な事を思い出した。

(信じるしかないか)

それだけで彼を信じることが出来た。それは安直なことかもしれない。だが、彼女の脳裏には倒れてうずくまっている自分とそれを庇うように立ち、扇子を振るう彼の姿があった。不思議と怖さは消えた。その人が変わったようにみえても魂の一番奥は同じだと信じて。

そして彼女は任務をこなした。代行者として……


構えてはいたが予想以上にAGを消費してしまったグレイシアはよろけ、膝をつきそうになった。が、なんと持ちこたえ、クラクラする頭を押さえながら前を向いた。

すると、今まで何も無かった二人の目の前にぽっかりと大人がくぐれば通れそうな穴が開いていた。消費したAGに比べ、派手な演出は無かった。

その中は先が全く見えない程の暗さ。今、二人のいるこの空間よりも暗かった。

「おい、お前、大丈夫か?」

「どうでしょうね、ミラルの世界なんて知識にしかないから……」

「ミラルってお前……! まさか!」

「馬鹿ね。ただの『技術スキル』で穴が開けるわけないじゃない。等価交換の法則よ。私が虚無空間であるミラルの世界に行く代わりにあなたがナトリアに行くの」

「そんなの聞いてないぞ!」

「えぇ、言ってないわ。言ってしまったらあなたたちは別の方法を探そうとする。いい? ナトリアに行くには誰かが架け橋にならなきゃいけないの」

「くっ……」

「それにね、永遠のお別れじゃないわ。あなたがここに帰ってくる時には私もここに帰れるわ」

ラルガは俯いた。

「絶対に帰ってくる」

腕の中のものを見た後、青い目を穴ホールにしっかりと見据えてラルガは答えた。今までに見たことのない目だった。

「どうか、無事に……」

「ああ」

祈るように小さな声で話すグレイシア。静かに頷くラルガ。

その二人の胸の中から男の方からは緑の、女の方からは藍の光が漏れ、二人を覆う。

そうして、彼は穴ホールを潜り抜けた。残された彼女は目から涙をながした。その涙をすぐに拭うと

「私は一人じゃないんだよね。いつでも助けてくれた。無理しないでよ、バカ」

そう言うと清々しい表情で笑うと消えた穴のあった空間を見つめ、静かにその場から消えた

一見、それは何も普段と変わらないように見えた。が、二度と元に戻らない小さな歪みがあった。


その様子を遠くから見ていた俺はゆっくりと前を向いた。気が付くと自分も穴ホールの中にいた。そこから先は早かった。走馬灯のように色々な出来事がその壁に映し出されていく。どれにも自分がいた。中には俺の友達がいた。学校の先生がいた。家の近くに住み着いていた野良猫がいた。長身の銀髪の男がいた。もう、俺は察していた。ここがどこなのか。これは、俺の過去。ラルガと一緒に過ごした時間だ。そう……俺は……俺は……

すると、いままで、凄いスピードで駆け抜けていた映像が減速する。俺はいつも通り家へと帰っていた。そして、玄関の扉をあけ、リビングに足を踏み入れた。そこで目にしたものは……

まるで生きていないかのように倒れた男がいた。いや、それは「まるで」ではなかった。そして、その男は自分がよく知ったものだった。信じたくない自分がいた。そこに座り込んでしまう俺に対し、近寄ってくる黒い影。その影は俺の真後ろに立った。その黒い手を俺の頭に乗せた。

「さてさて、***。帰ろうか?」

よく聞き取れなかった。すると、俺の目の前に今度は白い光がやってきた。

「帰りましょう。***。」

そう言うと、白は黒に対して閃光を放った。後ろにも仲間がいるのか沢山の閃光が黒を襲った。だが、同時に黒も閃光を放っていた。これもまた沢山の。

その様子を上から見ていた俺はこの何もわからない状況下の元でただ一つだけ思い出した。とても大切なことを。

そして、俺は目を瞑った。何のために瞑ったのか、どれだけ瞑ったのかは分からない。ただ目を開けるとまるで、長い間眠っていたかのようにしばらくの間、視界がぼやけていた。次第に目が慣れてきて何があるのか認識出来るようになってきた。そこから見えることができるのは眩しいくらいの白色の天井と壁。

「目が覚めたか。」

眼鏡をかけた男が喋った。

「もう一度聞こう。お前の名はなんだ?」

俺は深く息を吸い込むとその名を口にした。

「レビン・ザルガーラ」

これが俺の名前。背負わなければならない名前だ。

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