夏の日の思い出

新巻へもん

あれから何年

 あ。私、今夢を見てるんだ。

 ミキはぼんやりと思う。ときどき、こういうことがある。夢を見ているんだと感じているんだけど、夢から覚めない。分かっているんだけど、自分の好きなように行動できるわけじゃない。


 うだるような暑さの中、ミキは木の洞の中にしゃがみこんでいた。目に入る手の大きさは見慣れたものよりずっとずっと小さくて色黒だ。これは小学生の頃?


 学校から帰ってくるとランドセルを放り投げて、外に遊びに行った。今よりもまだ雑木林がいくらか残っていた。そこで毎日遊んでいたから、お陰で夏は真っ黒に日焼けしてた。ヒロ、トモミちゃん、アッキー、クロベエ、……。あれ? あとは誰だったかなあ。


 あの日は、いつも以上に暑かった。サッカーをやって散々走った後に、ケイドロしようぜ、となって、ドロボウ側になった私は木の洞に隠れたんだった。藪をかきわけて誰かがやって来て、じっと縮こまっていたら、誰かは去って行った。


 へへ。ここにしばらく隠れていよう。サッカーで走り過ぎて疲れちゃったし。しゃがんでいるのにまだ心臓がドキドキしている。さっきのサッカーではヒロのチームに負けちゃったからケイドロでは負けられない。


 あれ? ヒロったら昔は運動できたような気がするなあ。サッカーで2点も取ってたし。昔? え? 昔って何? これは今のことだよね。ピンク色の時計を見る。今は4時15分。

「遊びに行くときは必ず腕時計をしていきなさい。5時半までには帰るのよ」

「ママ。分かってるって」


 この時計。気に入っていたんだけど、ぶつけて壊しちゃったんだっけ? 壊した?

そんなことない。ちゃんと秒針が動いている。


 ケイドロを始めたのが4時10分だから、あと15分隠れてたらドロボウチームの勝ち。うふふ。勝ったらヒロ悔しがるだろうな。サッカーのとき大威張りしてたからいいお返しだ。あれ? なんだかぼーっとしてきちゃった。ここ、風が通らないから熱いなあ。そろそろ、牢屋の様子見に行った方がいいかな。ふっと意識が遠のく。


 あれえ? なんだか体が揺れている。私誰かに背負われてるの? どうしちゃったんだろう。ぼーっとする。ちょっと気持ちが悪い。目が見えないや。やっぱり、私は夢を見ているんだ。


「あら? どうしたの?」

「お、おばさん、ごめんなさい。気がついたらミキちゃんが倒れていて…‥」

 誰が泣いているの? この声は……。


 あ。お母さん。どうしたの? そんな心配そうな顔をして。なんだかお母さん若い。ねえ、お母さん。なんで、涙を流しているの? あ。胸が苦しい。息がうまく吸えないよ。お母さん……。 


 ***


 体がガクンと揺れて、ミキの意識は急速に泡沫から現実へと引き戻される。目を開けると電車のロングシートと正面に座っている女性二人連れの姿が目に入ってきた。二人は顔を寄せ合って何か話し込んでいる。


 あ。やっぱり。夢を見ていたんだ。でもどうして、女性二人が斜めなの? 意識がはっきりしてくるにつれて、ミキは斜めになっているのは自分なのだと気が付いた。そして、自分の側頭部が何かに寄りかかっていることも。適度な弾力があるこれは?


 頭をまっすぐにして、そちらの方向を見るとヒロと目が合った。少しトロンとしている。あ、そうだ。今日は二人で水族館に行った帰りだった。連日の残暑で寝不足のところ、空調の効いた車内で寝てしまったらしい。


 胸が苦しいような気がして見下ろすと、今度は真ん丸の目が見返してくる。水族館で買ったぬいぐるみを落とさないようにしっかり抱きかかえすぎていたようだ。思わずクスリと笑ってしまう。


「まだ、駅につくまでしばらく時間があるよ」

「うん……」

 ミキはまた頭をもたせかける。


「ね。昔、熱中症で私が倒れたことあったでしょ。あのとき私を家まで運んでくれたのはヒロだったんだね……」

 ミキは肌に感じる温もりと微かな汗の匂いに包まれながら、そっと目を閉じた。

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