勇者の最高の目覚め

けんざぶろう

師匠

「隙あり!!」


「そんなもんねぇよ」


 僕の完璧なタイミングで振り下ろした訓練用の木剣を簡単に避けながら頭に掌底を叩き込む師匠。


「なんで、あのタイミングで避けられるんですか!? 動きが人間じゃないですよ」


「お前が弱いからだよ。 ……だが最後の攻撃のタイミングは良かったな。 まず俺以外は避けられないだろうから自信をもっていいぞ」


 僕は、掌底を叩き込まれた場所をさすりながら、どこか誇らしげな気持ちになる。


 僕の師匠は強い。 単独で竜種を撃破したり、王国トーナメントで武器を使用しないで優勝したり。 とにかく様々な伝説を残している。


 そして、その師匠の唯一の弟子が僕だ。 子供の頃から、憧れていた師匠から教えを乞うだけでも誇らしい気持ちでいっぱいになる。


「よし、今日はもう訓練は終いだ。 飯食いに行くぞ」


「はい!!」


 立ち上がり師匠の後ろへ付いて行く。 師匠は森の中、道なき道を軽々移動しているが、常人なら30秒で迷子になるだろう。 かく言う僕も、最近になって、ようやく師匠のペースで森を移動できるようになった。 


「どうして師匠はそんなに強いんですか?」


 移動中に聞いた、何気ない僕のこの質問に師匠は首をかしげる。


「知らん、俺が強いのは生まれつきだ。 むしろ何で毎日鍛えている騎士団や冒険者が俺より弱いのかと聞きたいくらいだ」


「師匠でも分からないことがあるんですね。 じゃあ何で僕なんかを弟子に取っていただけたのですか?」


「お前は弱いが筋は良い。 あと3年もしたら俺に武器を使わせるくらいになるかもしれない逸材だ。 出会いは偶然だったが、その縁を切ってしまうにはあまりにも惜しかったから弟子にした。 ……不満か?」


 不満に思うわけがない。 僕にとって、師匠は尊敬すべき人で目標だ。 誇らしい気持ちになると、師匠に急に抱き寄せられた。


「し、師匠!?」


「何だ、テメェは!? 俺じゃなく弟子を狙うとはいい度胸してるじゃねぇか」


 師匠が珍しく殺気立っている。 よく見ると先ほどまで僕がいた場所は、消し炭になっていた。 方法は分からないが何らかによる攻撃だろう。 なんにせよ、師匠がいなかったら確実に僕は死んでいた。


「すまないな、旨そうな匂いがしたのでね。 だが匂いは、そっちのガキではなくお前さんの方だったようだ」


 師匠の目の前には、漆黒の翼に真っ赤な目をぎらつかせる男が立っていた。


「魔族、しかも亜種だな俺を食いたい――」


 師匠の話している途中で魔族の指から無詠唱で魔術が飛んできた。 師匠が剣で魔術を斬りつけ力を分散するが余波でさえ周りは消し炭になる。


「話の途中だろ!! それにお前、この世から消すような魔術使ったら倒しても俺を食えないだろう馬鹿なのか?」


「人間にしてはやるな、だが死ね」


 僕なんかでは、理解できない魔術や剣技が交錯する。 周囲を吹き飛ばし近づくだけで暴力の嵐の余波が体力を奪う。


「師匠、がんばれ」


 あまりにもハイレベルな戦いに、手出しができない僕は、拳を握りしめながら師匠を応援する。 すると、背後から嫌な気配を感じた。


「腹減った。 アイツより先に、お前を食うか」


 振り返ると同時に目の前に赤い血しぶきが舞う。


「あぶねぇー。 お前、弟子になんてマネしてくれんだ、ボケッ!!」


 師匠は剣で真っ二つに魔族を斬り捨てた。


「まさかテレポートが使える個体とはな。 気が付かなかったわ。 大丈夫か馬鹿弟子、ケガはないか」


 ケガはない。 師匠が間に入って撃退してくれたから僕は無傷だ。 でも。


「し、師匠、腕が…左腕が…」


「大丈夫だ。 左腕がなくても俺はイケメンだからな」


 ワザと、おどけて見せる師匠の左腕はもうなかった。


「ごめんなさい。 僕が、もっと気を付けていれば」


「気にするな。 さあ飯を食いに――」


 言葉を続けることなく、師匠が力なく倒れこんだ。 


「ふむ、強いな。 これを食えば俺もより強くなれるだろう」


 何故か倒されたはずの魔族が師匠の心臓をえぐり取っていた。 師匠の死体に魔族は歯を立てる。 そうだ、俺はこの時は生き残ってしまったんだ。 魔族に相手にされないほどの小さな存在。 それが、この時の俺だった。


 魔族を憎んだ。 自分の弱さを呪った。 その日からひたすらに強くなるために修業をした。 そして……そうだ。 俺はこの時の魔族をようやく追い詰めて……あれ? それからどうしたんだっけ?


『なるほど、俺ってああやって殺されたのか、ダッサ。 今見るとダサすぎるんですけど』


 考えに耽る俺をよそに、ふいに師匠の声が背後から聞こえた。


「師匠? えっ? 今食べられて? へっ?」


『混乱してる混乱してる』


 ニマニマと笑顔を見せながら近寄ってくる師匠はまさしく俺の知ってる師匠だった。


「師匠は確かに死んで? えッ? 生きてるんですか?」


『バッカ、お前死んだに決まってるだろ? いくら俺が強くたってあんな状態で生きてる訳ねぇーだろうが、それに俺が死んで何年たったと思ってるんだよ。 お前もすっかり身長が伸びて今ではほとんど変わらねぇな。 どれちょっと横に立ってみろよ』


 一方的に言葉を投げかけられると肩をつかまれ何故だか身長を比べられた。 すると無意識のうちに涙が溢れだす。 痛いからではない嬉しいのだ。


「師匠」


『うーわ、泣くなよ気持ち悪い』


「だって師匠が!! すみません。 俺、師匠に直接謝りたくって今まで」


「いや別にいいよ、俺のミスだし誤る必要なんかねぇよ」


「で、でも」


『確かに、お前をかばって死んだんだ。 俺も、後悔がないとは言わん』


 師匠の言葉で胸がズキリと痛んだ。


『生きていれば、このクソ魔族を俺がボコボコにできたんだが、今では、それはかなわない。 だから、コイツは俺の代わりにお前が倒せ。 それでチャラだ許してやるよ』


 ポンポンと肩をたたかれる。 その手が俺に力を与えてくれる気がした。


『それに、魔王となって世界を脅かすコイツを倒せるのは、お前だけなんだろ? ほら、いつまで寝てやがる。 さっさと起きろよ。 お前にはお前のやることがあるんだろ』


「はい、師匠。 ありがとうございました。 行ってきます」


『おう、絶対に勝てよ』


***


 地面の、冷たい感覚で目を覚ます、見ると体は血だらけ、今すぐに死んでもおかしくないほどに傷づいていた。


「ほう? 今の一撃を食らって死なぬとは、意外だな。 人間はもっと脆い生物だと思っていたのだが? だが、もう死に体だな、止めを刺してやろう」


 不敵な笑みを浮かべる魔王が魔術を放ったが、コレを剣で斬りつけて力を分散する。 


「今の一撃を弾くか、まだ楽しめそうだな」


「当たり前だろ、 師匠にテメェを倒せと言われたからな、久しぶりにあの笑顔が見れて、最高に気分がいい。 覚悟しろよ魔王、今の俺は最強だぜ」


 ニヤリと笑みを浮かべて、俺は魔王と再び剣を交えた。

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