海の底から

TARO

最高の目覚め

 日本近海のある岩礁地帯は特定観察対象となっていたが、海面の変色を確認すると、気象庁は火山噴火警報を発した。それから間もなく大規模噴火が発生した。その瞬間をとらえた映像がただちに公開され、世間をにぎわせた。

 噴火がやや落ち着き、ヘリによって上空の映像が撮影された。火山島が生じて、マグマが絶え間なく流れ続けている。そのせいで島は肥大化を続けていた。自然の驚異を思い知らせるのに十分な光景だった。

 それを見ていた研究者の一人が、異変に気付いた。ヘリの撮影クルーにズームアップを要求した。拡大された映像を見て、その場の空気が一変した。見慣れた人工物が浮かんでいたのである。

「なんてことだ」

「まさかこんなことが」

「箕輪博士だ。あの時の潜水艇だ」

「救出の準備だ! いそげ!」

「今は無理だ。危険すぎる」

 そんな光景を一歩下がって見ていた人物がいる。調査チームの座長を務める島田教授である。


 10年前、彼は海底調査のため、深海探査艇を使ってのミッションに臨んでいた。そのミッションは海底の亀裂の隙間の圧力を調査し、地震メカニズムを明らかにするものだった。海底には大小さまざまな亀裂や孔があり、その中の海水の圧力(間隙圧力という)を調べれば、日本列島のプレートの動きを探れるというものである。

 本来の彼の任務は、すでにあたりを付けた地点のセンサーからのデータを分析して過去のデータと照らし合わせる作業だった。しかし、照合の結果導きだされた今回の異常なデータは、観測機器の不具合によるものかどうかを目視で調べる必要に迫られた。だから、志願して潜水艇に自ら乗り込んだのだった。

 急遽チームが組まれ、探査艇の分野では権威の箕輪博士と乗り込むことになった。その博士の専門は深海の熱水に住む生物の生態を調べることだった。しかし、最近では未発見の深海生物を探査艇で撮影することに成功して名を上げていた。

 実際会って話してみると、博士は寡黙な職人肌で、研究一本に生涯をささげてきたような印象を持った。

 とにかく、一緒に小さな探査艇に乗り込んだ。往復四時間ほど。その間は深海の中、缶詰めになる。命綱を兼ねたケーブルで地上とは繋がっている。当時は他に緊急浮上装置のみが頼りだった。パイロットと研究者を兼ねた博士の技術は本物だった。実に手際よく、冷静に仕事をこなして行く。おかげでセンサーの確認作業は滞りなく進んだ。

 観測機器の不具合は認められず、数値の確かさが証明されると、直ちに関係各機関に分析結果が報告され、調査はそのまま続行された。

 ある日、博士は単独で潜水艇に乗り込み、熱水調査に向かった。海底の熱水噴出孔に生息する生物の生態を研究するのが博士の本来の専門だから、慣れたミッションのはずだった。しかし、博士はそのまま戻らなかった。

 まず、外れるはずのないケーブルが潜水艇側で外れた。それを検知して自動で作動する浮上装置が働かなかった。手動で操作するいくつかの緊急避難方法があるはずだが、いくら待っても船体の浮上は認められなかった。母船は捜索を続けたが発見には至らず、生命維持に確保された100時間が過ぎた。

 突然、政府から調査と捜索の中止が決定された。最新のデータが海底噴火の兆候を示していたためである。


 その時は警戒したが、結局噴火は起こらなかった。しかし、十年を経て、同じ場所で巨大な爆発が起こったのである。それとともに、行方不明となっていた箕輪博士の乗った探査艇が浮上した。おそらく、衝撃でバラストが排出されたのだろう。

 探査艇は漂い、火山から離れたところで、回収された。熱と衝撃で損傷が激しく、博士の遺体は見つからなかった。それを見て、島田教授は胸をなでおろした。

 島田教授は当時、箕輪博士が一人で探査に赴く事を知ると、ケーブルと浮上装置に細工をしたのである。

 実は、現在は島田教授夫人となっている当時の彼女が、箕輪博士に乱暴されたのである。研究者として尊敬していた人物からの仕打ちに耐えかねて、彼女は研究者の道を諦めた。それを知った彼は箕輪に近づき、復讐の機会をうかがった。

 ほとんどの記録装置は破損がひどく、回復不可能だったが、運航を自動的に記録するブラックボックスは回収された。博士の生存を続ける努力の痕跡のログが記録されたが、衝撃音とともに不意に記録が途絶えた。それから再び音声が記録された。

「ああ、眠ってしまったようだ。ウッここはどこだ?」

(爆発音)

 問題は一旦記録が途絶えてから再び記録されるまでの時間である。それが記録上は十年になるのである。つまり、博士は海底で何かの衝撃で気を失ってから、十年後、すなわち海底噴火の直前に目覚めたことになるのである。

 こんなことがあるはずがない、と記録を見た誰もが思った。報告書にはデータはそのまま記載されたが、言及されることなく半ば黙殺される形になった。

「十年眠って、目覚めたのなら、最高の目覚めに違いないね」

 島田教授は独り言を言った。

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海の底から TARO @taro2791

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