ってゆうか魔王の呪いで変な世界に転生させられたんですけど
木沢 真流
第1話
「ファ、ファ、ファ、勇者アークよ、チェックメイトだ」
魔王城の最上階。
勇者アークはあと一歩で魔王を倒すところまで来ていた。しかし現実はこうだ。
両手足を鎖で繋がれ、冷たい岩の壁に張り付けられる。もう全く身動きができない。
打つ手無しとはこのことを言うのだろう。
……くそっ、あと少しだったのに……
アークはここに辿り着くまでの長い道のりを思い出していた。
メゾノア王国の王子として生まれ、幼い頃から魔王討伐の英才教育を受けて来た勇者アーク。
アークには同じ理由で魔王討伐に向かう二人の仲間がいた。
南方に位置する温暖な気候の隣国、ホックローツ。そこの王子であるヒロシと、雪国キャンパシアの王女ノア。
三人で苦難を乗り越えついに魔王城へ辿り着いたのだ。
しかしあと一歩のところで、アークは捕まってしまった。
原因はすぐ分かった、仲間のヒロシが裏切ったのだ。
アークが魔王を睨みつけると、そのまま横に立つヒロシが目に入った。
「ヒロシめ……一緒に旅をして来た仲間を裏切るなんて、お前正気か!」
ヒロシは不敵な笑みを浮かべている。
なぜヒロシが裏切ったのか。その原因はアークにも大体わかっていた。
それはアークとノアがデキていたからだ。
旅をするうちに、アークとノアはお互い惹かれ始めた。それをよく思わなかったヒロシはこう提案した。
「なあ、気持ちはわかるよ。でも魔王討伐まではそういうのよそうや。だってほらバンド内だって恋愛禁止っていうだろ?」
しかしアークはその提案をスルーした。というか込み上げる感情を抑えられなかったのだ。ひとつひとつの戦闘が終わっては、ヒロシの前にもかかわらずキスをしたり、宿屋でもいつもヒロシは一人。隣の部屋から変な声が聞こえて来た夜もあった。
アークとノアとしてはそれ以降ヒロシから苦情が出ることはなかったから、もう慣れたのかと思っていた。
しかしそうではなかった。
ずっと根に持っていたのだ。それが最悪な形で現れることになる。
「アーク、ノア。すまないが、君たちでは世界を救えない。僕は僕なりの形で世界を救うことにするよ」
魔王が高らかに気味の悪い笑い声とも唸り声ともとれる声をあげた。
「ホワッ、ホワッ、ホワッ、仲間の裏切り。美しいものよのう」
アークは目の前に同じように鎖で繋がれたノアを見た。
ノアも同じようにすがるような目でアークを見つめる。
「おい、魔王。わかった、俺たちを殺すならひと思いにやれ!」
すると魔王は先ほどとは違って、静かにそして凍りつくような笑みを浮かべた。
「そんなつまらないことをすると思ったか。死なんて一瞬だろう、お前たちにはもっと辛い苦しみを味わってもらう」
一瞬で死ぬことさえ許さない、まさに無慈悲とはこのことだ。
一体魔王は何を企んでいるのだろうか。
「今からお前たちには異世界転生をしてもらう」
「イセカイテンセイ? なんだそれは」
「異世界に送り込むんだよ。どんな世界か……知りたいか?」
アークはゴクリと唾を飲み込んだ。
ノアも額から汗を垂らしながら不安そうな表情を浮かべる。
「まずその世界では魔法や呪文は一切使えない」
「……使えない? ということはMP0の状態がずっと続くのか? 宿屋に休んでも? それでどうやって暮らしていけと言うのだ?」
フアッ、フアッ、フアッ、人の苦しみは魔王にとって蜜の味。アークの動揺に魔王はまさに胸踊らせている様子だった。
「そしてやがて夜になったら、別の呪いがかかる」
「別の呪い?」
「そうだ、ウィザードがよく使う眠り魔法『セデス』。あんなもの比べ物にならにほどの眠気が毎日お前らを襲う!」
なんということだ! いつもなら夜になっても戦闘を続けたり、冒険を続けることができたのに。その世界では毎晩あの恐ろしい眠り魔法を受けることになるなんて。しかもその効力も比べ物にならない程強いとは……もしその状態で襲われでもしたら、一溜まりもないだろう、想像するだけで身の毛もよだつ。
「それだけじゃない。そこでは時間が経つと、腹が変な感じになる」
「変な……感じ?」
「ああ、ぎゅるぎゅる、ぎゅるぎゅる、ってな」
ぎゅるぎゅる……なんだそれは。まるで蟲でも這うのか?
魔王は続けた。
「もしそのまま放っておくと、次第に苦しみもだえ始める。そして何か食べ物を求めさまよい始める」
「食べ物? 食べ物なんて食べなくても生きていけるはずだろう? たまに気分転換だったりMPを回復するために摂取するだけだったのに。それを食べないともだえ始めるなんて……まるで乞食じゃないか!」
アークの怯える様子に、魔王のテンションは最高潮となった。
「そうだ、乞食だ! そしてその食べ物を得るためにお前は必死に頭を下げるだろう、そして仕方なく誰かの命令を受け入れるだろう、食べ物をください、食べ物をくださいってお願いしながらな!」
そんな……なんという惨めな……生きていることを忘れてしまいそうだ。
地獄だ、まさに地獄。これならいっそこのまま死んでしまった方がいい。
アークの顔から完全に色が消えた。そんな彼の顔を見て、魔王は高らかに笑い声をあげた。
「安心しろ。極め付けはな、お前たちはそこを地獄なのに地獄だと気づかない! むしろ快感すら覚えるかもしれない、滑稽だろう、ははははは」
その姿を想像して笑いが堪えられなかったようだ。
「魔王め……せめて私だけにしろ。ノアだけは解放してやれ! それで十分だろ?」
「そんなこと私がすると思ったか? 二人仲良く地獄を彷徨うがいい!」
魔王はその大きな人差し指を突き出すと、アークとノアに向け、こう叫んだ。
「だぁぁぁぁぁぁぁ!」
それと同時に
「うわぁぁぁぁぁぁ」
ほぼ同じタイミングでアークとノアは凄まじい衝撃を受けた。
そしてそのまま意識を失った。
*
ジリリリリリリリ。
けたたましい騒音で俺は目がさめた。
……はっ、ここは?……
頭がぼんやりしている。俺は何をしていたんだっけ?
すると遠くから声が聞こえて来た。
「あー君、遅刻するよ〜」
え? 今の声は?
そう思って、扉を開けると、そこには一人のスラリとした女性の後ろ姿があった。エプロンを巻いて、何やら手を動かしている。その影が振り返った時、俺は思わず叫んでいた。
「のあ……ちゃん?」
「やっと起きたの? 早く準備しないと、ほら〜髪の毛もぼさぼさだよ?」
あれ、なんで彼女が?
「あの……俺たちどうして、ここに? えーと、魔王につかまって……」
「はあ? 魔王? 何寝ぼけてんの、大丈夫? あー君が今日は仕事始めだから、一緒に寝泊まりして、朝起こして欲しいって言って来たんでしょ?」
……うーん、そう言われればそんなこともあったような気がする。
そんなぼんやりした頭のまま椅子に座る。するとあの魔王の話は……
その時だった。のあちゃんが俺の背後を指差し、目を見開いた。そして口元に手を当て、怯える表情を見せた。
「きゃあ! あー君、後ろ! ヒロシがいる!」
何だと? 俺は反射的に、何か武器になるものはないかと見回した。そして目の前にあった新聞紙を丸める。
叫び声の相手はすぐ分かった。ヒロシだ。
俺は思いっきりヒロシを殴った。殴った、何度も何度もそして踏みつけた。
それだけではダメだ、ヒロシ全体をまるで記憶から消すかのように新聞で全身をくるみ、何度もくるみ、そして駄目押しにさらに踏み潰した。
そしてそれをゴミ箱に入れる。
「ありがとう、あー君。あー君の家にヒロシがいるなんて」
「ごめん、今度ホイホイ買ってくるよ」
のあちゃんの家ではゴキブリのことをヒロシと呼んでいる。ゴキ、五木、ひろし、だそうだ。
ふう、と一息ついてから椅子に座る。
「うわぁ、フレンチトースト。めっちゃ美味しそう、のあちゃんのフレンチトースト、はちみつかけると美味しいんだよね」
ぎゅるるるる。お腹から変な音がした。
「どうそ、召し上がれ」
「じゃあいっただっきまーす、もうお腹ぺこぺこ——」
そう言って貪る俺をのあちゃんは暖かな眼差しでじっと見つめる。
「初日なんだから、しゃきっとしてね。でもすごいよね、あの有名企業の華王に就職なんて。でも無理は禁物だよ?」
「うん、必死に働いて、のあちゃんを食べさせてあげられるよう頑張ってくるから」
のあちゃんはほんの少し頬を赤らめた。
「そうね、ありがと! じゃあ、お先に行ってるね」
「もう行っちゃうの?」
「だってほら、今日の大学の講義一限からだから、もう出ないと。仕事終わったら連絡ちょうだいね」
そう言って去っていくのあちゃんの後ろ姿を俺はずっと見つめていた。
ほんの一瞬だけ、このボロアパート「メゾン・ノアール」が天国に見えた。
——最高の目覚めだ……こんな日が永遠に続けばいいのにな——
俺はそんなことをぼんやりと考えていた。
ってゆうか魔王の呪いで変な世界に転生させられたんですけど 木沢 真流 @k1sh
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