最悪の悪夢、最高の目覚め

中文字

最高の目覚めは、滅亡の前で

 ケインズーン王国。魔王を倒した勇者が、その功績を持って建国したと伝えられる、国歴500年を数える古き国。

 しかしその歴史も、風前の灯火となっていた。


「放てーー!」

「「おおおおおおおおおおお!」」

「押し入れ!」

「「うおおおおおおおおおお!」」


 王城の外、城壁を守るケインズーン軍と、侵略してきたヘルモス国の軍が衝突し、激しい音を響かせている。

 音がするのはそこだけではない。

 陥落した市街地ではヘルモス軍に従う傭兵たちが、市中の民たちに乱暴狼藉を働いているのだ。


「やめてええええええええええええ!」

「お父さん、お父さああああああん!」


 遠くから響いてくる民の悲鳴が、王城の中の一室で保護されている少女――ルーカ姫の耳朶を震わせ、その優しい心をズタズタに引き裂いていく。


(これが悪い夢ならば、早く覚めて!)


 ルーカ姫は耳を手で塞ぎ、体を丸めながら懇願するが、これが現実だと知らせるように戦いの音も悲鳴も止まることがない。そして持ち前の聡明さで、自分に訪れるであろう運命を悟る。


(広場に連れ出されて断頭台にかけられる。その前に、散々肉体を弄ばれるのでしょうね)


 恋愛どころか、婚約者に手も握ってもらったことのないルーカ姫は、乱暴狼藉を受けるであろう自分の身を想像して意識を失いそうになる。

 しかしここで自失しかけたことで、ある言い伝えを思い出すことができた。


『この国が存亡の危機に陥ったとき、王城の地下に封印されている剣を抜き放て。それで万難を排除することが可能だ』


 建国時に初代国王が残したという、いまではほとんどの人がおとぎ話の類だとしか信じていない、この言葉。

 ルーカ姫は、この言葉に縋るしかないと決断した。

 そして言い伝えを実行する機会は、すぐに訪れる。


「姫様。城壁が保たれているうちに、隠し通路から脱出いたしましょう」


 侍女の提案を、ルーカ姫は即座に了承した。建国王が残した剣は、その隠し通路を使わなければ到達的ない場所に存在しているからだ。

 

「いまから通路を開けます」


 ルーカ姫は、柱のレリーフ、暖炉の飾り、そして部屋の中央で足踏みをして、隠し通路の入り口を解除した。

 暖炉の煤けた奥面が横にずれて、屈めば人が入れるほどの四角い穴がでてきた。


「姫様。先行いたします」


 侍女の提案をルーカ姫は頷いて了承したが、内心では小首を傾げた。


(道順を知っているのかしら?)


 王家に仕える侍女だから国王から教えられているかもしれないし、単純に使命感から先発してくれたのかもしれない。

 どちらにせよ、城の地下にある剣に向かうと決めているルーカ姫には、彼女の行き先がどこであろうと関係はなかった。



 ルーカ姫が暗く狭い隠し通路を歩き続けると、長年使われていなかった通路なために、空気中には埃すらも朽ち果てた臭いがすることに気付く。

 一呼吸ごとに臭いに肺が蝕まれるような錯覚を感じながら、ルーカ姫はさらに下へ下へと移動する。

 やがて城の基礎部にでた。

 500年の歳月に耐えた円筒形の石柱たち。500年も雨を得られずに水分が失われて粉になりつつある土。

 そんな空間の真ん中に一本の剣――飾りが極力排された無骨な作りの剣が、地面に直接突き刺さっている。


「あれで、いいのよね?」


 ルーカ姫は地面に刺さっている剣の柄を掴むと、ギュッと目をつぶりながら懇願する。


「建国王様が残してくださった剣。万難を排除する力があるというのでしたら、いま起こりつつ悪夢を終わらせてくださいませ!」


 渾身の力で剣を引き上げる。

 演劇だと、この手の剣は引き抜かれることを阻止しようとするかのように、硬く動かないことが定説だ。

 しかし建国王が残したという剣は、少女らしいルーカ姫の細腕でも簡単に抜けるほどに、あっさりと地面から引き抜かれた。それこそ、あまりの容易さっぷりに、ルーカ姫が自分が発揮した力に態勢を崩して、尻餅をついてしまうほどだった。

 ルーカ姫は打ったお尻に痛みを感じながらも、手にある剣に喜びの目を向ける。


「この剣があれば――」


 国の危機が救えると続けようとして、剣が手中で急速に崩れていく姿に唖然とする。

 まるで地面から抜かれた瞬間に、500年の時を一気に経験したかのような、異常な崩れ去りっぷりだった。

 崩れて塵になってしまった剣の残骸を前に、ルーカ姫はただ希望が潰えた事実を認識せざるをえなかった。


「建国王様の言い伝えは、ニセモノだったとでもいうの」


 悲嘆にくれるルーカ姫の声が響いた瞬間、基礎部の地面が揺れ始める。地震など起きない地域なのに、人が立っていられないほどの激しい揺れだった。


「もしかして、この地揺れを起こすのが、剣の役割だったの!?」


 揺れによって天上からパラパラと砂埃が落ち、それがルーカ姫の頭に当たる。

 それがあたかも、城が崩壊する前兆のように感じられて、ルーカ姫は青い顔色になって頭を抱える。


(誰もいない城の地下で、崩れた建材の石に押しつぶされて死ぬだなんて)


 ルーカ姫は死ぬのは嫌ではあった。だが、体を辱められた後に断頭台にかけられ、その死後も死体を晒されること末期と比べたら、まだ上等な死に方だという考えも起きた。


(建国王様の言い伝えは、もしかしたら、王家の者の死体を誰にも発見させないようにするための方策だったのかも)


 そう考えて、崩落を受け入れようという気分に、ルーカ姫はなる。

 しかし、その決意をあざ笑うかのように、地震は突如止まった。

 再び静かになった空間で、ルーカ姫はたまらず叫ぶ。


「なんなの! 期待させるだけ、させておいて!」


 大声が壁と柱に反響し、残響が少しずつ消えていく。

 ここまでの行動は徒労だったとルーカ姫は判断し、城の外へ脱出するために隠し通路の上階に戻ろうとする。

 しかし、上の階から人が走る足音が聞こえてきた。明らかに複数人の足音。そして間違いなく、この城の基礎部へと近づいてきている。


(隠し通路の出入口が見つかったの? それとも脱出路の先から逆に辿られたの?) 


 ルーカ姫に真実は分からないが、絶体絶命であるとは分かった。なにせ、この場所は袋小路なのだ。

 ルーカ姫はどうするべきか迷い、剣が刺さっていた場所で座り込むことにした。特に意味はない行動だった。



 上階を走る足音が近づいてきて、やがて階段に多数のヘルモス国の兵士が現れた。その後ろには、隠し通路を先に逃げたはずの、あの侍女の姿があった。

 ルーカ姫は即座に察する。


「あなた、裏切ったのね」

「違うわ。もともとヘルモスの人間なの」


 衝撃の事実に打ちひしがれるルーカ姫に、侍女はさらに追い打ちをかける。


「城壁は壊れ、王族は全て死んだわ。残るはあなただけよ、姫様」


 侍女が手を振ると、剣を抜いた兵士がルーカ姫に近づく。

 ルーカ姫がもはやこれまでと諦めかけたとき、突然に哄笑が響いた。


『クカキキキキキ! あの勇者の血筋が、もうこの少女だけだとは。寝起きに耳に入る情報としては格別に上等!』


 突然の声に、ルーカ姫、侍女、そして兵士たちは周囲を見回す。

 全員が目をさ迷わせていると、座り込んでいるルーカ姫のスカートが、下からの黒い風に噴き上げられて持ち上がり、真っ白なショーツが現れる。

 顔を真っ赤にしてスカートを抑えるルーカ姫を他所に、黒色の突風は少しして人型となり、貴族服を身に着けた黒髪黒瞳、そして黒角と黒い翼を持つ異様な男性へと変わる。


「んん~♪ 憎き者の子孫が滅びかけ、目の前には朝食が沢山。いやぁ、最高の目覚めですねえ」

「誰だ、貴様は!」


 侍女が誰何した直後、意識の意図が切られたかのような虚ろな表情になり、唐突に地面に倒れた。

 侍女だけではない、兵士たちもバタバタと同じように倒れてく。

 ルーカ姫が呆気に取られている中、黒い人物は楽しそうだ。


「寝起きの食事で十分な量の魂が得られました。しかし外に、たくさんの命の気配。ふふふっ。我が身の復活を祝っての食い放題とは。勇者の末の娘というのに、気が利いていますねえ」


 男の言葉を耳にして、ルーカ姫は思わず問いかける。


「あなたは、何者ですか?」

「おやおやぁ? 知らずに封印を解いたということは、我が身を利用する意図はなかったということ。これはさらに感謝しなければいけませんねえ」


 そう一人で納得してから、男は大仰な身振りで礼をする。


「お初にお目見えいたします。我が身は、過去に勇者によってこの場所に封印された、しがない悪魔。名前は――ニーツとでも」

「悪魔……。それに名前が『何者でもない』ですって?」

「おや。古語をご存知で。流石は勇者の末裔。賢いですねえ」


 ニーツはルーカ姫に微笑みかける。


「憎き勇者の末裔といえど、解放してくれた恩があります。さあ、望みを一つお言いなさい。大丈夫。恩返しなので代償は取りませんとも」


 女性なら全員が見惚れてしまうほどの、甘い笑顔。

 初心なルーカ姫は思わず熱に浮かされてしまい、つい望みを口にしてしまう。


「我が国を襲う兵士を倒してください」


 その言葉を耳にした瞬間、二ーツは笑顔の質を悪魔らしい被虐に満ちたものへ変化させる。


「よろしい! かつて義心からこの身を封印した勇者。その末裔が人殺しを依頼する! おお、素晴らしい! この運命のイタズラに、憎き神へ感謝を捧げたい!」


 「クカキキキ」と特徴的な笑い声を上げながら、ニーツは手を横に伸ばし壁へ向ける。 

 その一瞬後、不可視の力によって分厚い石壁が一面に渡って破壊され、城の外にある庭と繋がった。


「さあ、勇者の末裔が望んだ通りに、兵士を殺し尽くしましょう! そして我が身が開放されたことを、全世界に伝えましょう!」


 ニーツは背中の翼をはためか、壁の穴から外へと飛び出し、空中へ。目覚めたことが嬉しいように空を飛び回りながら、手に生み出した炎や毒の煙で、ヘルモス国の軍の蹂躙を開始する。

 ルーカ姫はその光景を呆然と見ながら、再び「悪夢なら覚めて」と願う。

 だが、ルーカ姫にとっての悪夢は、まだまだ始まったばかりであった。

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