風の音

ポムサイ

風の音

 歓声がこだまする。

 男子のリレーが終わって赤組との点差は20点。勝敗は最後の女子のリレーに託された。

 各学年2人の計6人で走り、私は3年生でアンカーを務める。

 1年生の2人は赤組と互角の勝負を展開した。レースが動いたのは2年生の1人目、赤組の走者をグングンと引き離す。2人目もそのリードを守ってバトンは3年生1人目、私の友人でもある香歩に渡った。

 更に赤組走者を引き離す香歩。勝利を確定する距離を取れそうなその時、アクシデントは起こった。

 最後の第4コーナーで香歩は砂に足を捕られ転倒してしまった。すぐに立ち上がった香歩だったが、手から離れたバトンを探し、辺りをキョロキョロしている。バトンの在処を白組の生徒達が口々に教えるが大音量と焦りで香歩は未だにそれを見付ける事が出来ないでいる。

 その間に赤組走者は香歩を抜いて行った。その時やっとバトンを見付けた香歩は急いでコースに戻った。

 赤組のアンカーへとバトンが渡る。その数秒後、今にも泣き出しそうな顔で香歩が私にバトンを差し出す。


「ごめん!美加!!」


「大丈夫!!任せて!!」


 絶叫にも悲鳴にも似た香歩の言葉に私は笑顔で答えた。赤組アンカーの背中はまだそんなに離れていない。いける…。

 私は加速するために歩幅をいつもより小さくして回転数を上げた。そしてスピードが乗ったところで今度は歩幅を大きくして更にスピードを上げる。

 アンカーはトラックを2周するのだが、1周目第3コーナーを越えた辺りで徐々にではあるが、先行する走者の背中が大きくなってきた。

 レースは2周目に入った。私は少しずつ距離を詰めていた。

 第2コーナーを回る頃、赤組のアンカーは1度後ろを振り向き私の姿を確認するとギョッとした表情をした。彼女の想定以上に距離が縮まっていたようだ。彼女は最後の力を振り絞る様に更にスピードを上げた。それでも私のスピードには及ばない。

 2周目第3コーナーを回る頃には私は彼女の後ろにぴったりと着いていた。歓声が私達を包む。


「美加ーーー!!頑張れーーー!!!」


 さっきは涙を堪えていた香歩が涙で顔をぐちゃぐちゃにして叫んでいる姿が視界に入った。私は心の中で「うん」と答え、追い抜くために外側に体1つ分移動した。

 残り30メートル。余計な力が抜けて自分でも今までで最高のフォームだ。呼吸も安定している。顔に当たる風は心地良く耳の辺りでびゅうと音に変わる。

 追い抜き様、相手が私の顔を見るのを感じた。私は前だけを…ゴールだけを見ていた。ピンと張られたテープが太陽の光を受けてキラキラと輝いている。

 私はトップスピードのまま胸でテープを切り走り抜けた。地面が揺れているような錯覚さえ起こすような沸き上がる歓声。

 ゴールからだいぶ離れた場所で止まった私に皆が駆け寄ってきた。


「美加~~~ありがとう~ありがとう~。私のせいで負けなくて良かった~。ありがとう~。」


 香歩は私の服で涙を拭いているんじゃないかと思うくらい抱き付き顔を埋めて号泣している。


「任せてって言ったでしょ?ほら泣き止んで!」


 歓声は止まない。私はその中心でそれを身体いっぱいに浴びていた。





「……美加ちゃん…美加ちゃん。」


 私を呼ぶ声がする。


「美加ちゃん。こんな所で寝ちゃダメでしょ?そろそろ帰ろうか?」


 私を呼んでいたのはお母さんだった。私は公園で本を読んでいたのだが、暖かい春の日差しにウトウトしてしまっていたようだ。


「あっ、お母さん…。」


「あら?何だか凄く晴れ晴れした顔してるね。何か良い事でもあったの?」


「うん。最高の気分だよ!だってね…。」


 先程の夢の話をしようとして私は言葉を止めた。この話をしたらきっとお母さんは笑顔で「良かったね」って言ってくれる。でも悲しい気分になるんだ。


「だって…何?」


「良い夢を見たの。でも、良い夢って人に言わない方が良いって言うでしょ?だからお母さんにも言わない。」


「あら残念。聞きたかったなぁ。」


 お母さんは残念と言いながらも笑っていた。


 あの夢は今から3年前の記憶…。中学最後の体育祭での思い出だ。あの時の私は誰よりも速かった。これから出来るかもしれないけど今のところ私の人生最高の思い出…。


「さあ、行こうか。」


「うん。」


 お母さんの声に私は返事をした。そして腕に力を込めて車椅子を前に進める。

 

 あの日の風と同じように春の風が心地良く私の顔に当たり耳の辺りでびゅうと音に変わった。

 

 

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風の音 ポムサイ @pomusai

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