永遠の眠り
英知ケイ
永遠の眠り
「どうしてこんなことに……」
私はベッドの上の彼女、ユリンを見て嘆息する。
既に三日目、あらゆる手を尽くして彼女を目覚めさせようと努力しているが、全く起きる気配が無い。
いつも私につっかかってくるユリン。
大人しくしてくれていれば、もっと可愛く思えるだろうに。
常々そう思っていた。
眠る彼女の横顔は、頬のあたりにまだ少女の雰囲気を残しつつも、唇や睫に大人の女性の魅力をたたえている。
吸い込まれそうになる、と言っても良い。
綺麗だよ、ユリン。
彼女の黒髪を撫でながら、私は呟く。
彼女は私と同じく、我が国が誇る大魔道士フレイ=ニダヴェリールの弟子たる魔法使い。
それもあって、彼女とは様々な冒険を一緒にこなしてきた。
無茶な師匠の依頼を、私の炎魔法、彼女の氷魔法と類い希なる機転を合わせてこれまで達成してきた。
不覚だった。
このところ南大陸でずっと追いかけていた不死者。
人に似せて人の世に混じり、人の魂を喰らう者達。
とある古城が奴らのアジトであることを突き止め、私とユリンの二人は準備万全で向かい……向かったはずだった。
不死者は死なない。
だから滅するしかない。
唯一有効なのは究極魔法『
もちろん私とユリンでは使えないから、術のスクロールを師匠から譲り受けた。これがあれば広げるだけで魔法は発動する
そして、追い詰めた敵の王ノーライフ・キングにそれを喰らわせた。
その時、半ば消えゆく奴の目が光ったのだ。
私が横からのびる手がユリンのものであることに気付いた頃には遅かった。
『クリム……よかった……』
目の前で彼女の体は闇の炎に包まれ、力なく崩れ落ちる。
最後、私に向かって潤んだ瞳で微笑みながら……。
彼女は私の代わりに、呪いを受けてしまったのだ。
私は、ユリンを抱きかかえて急ぎ師匠の館に戻ると、師匠に彼女の状態について相談した。
「こんなことになるとは。本当にすまない」
師匠曰く、ユリンの受けた呪いは『
対象となった者の心にカギを掛け、夢の中から出られなくするのだという。
カギとは、呪いに掛かったときにその者が思い描いていた望み。
現実でそれが叶えられれば、自ずと呪いは解かれる。
呪いにかかった者は眠ってはいるが、実は意識は覚醒しており、外界の様子を見ている。
この事実は、その昔とある国の王女が同様の呪いにかけられて、百年の眠りを経た後、王子のキスで目覚めたことで判明したのだという。
彼女は、素敵な王子とキスすることが望みだったと言うことだ。
実はその場にいた王子は複数いて、先にキスした王子では目覚めなかったという噂もあるから、望みはかなり厳密に適用されるらしい。
いや、本人審査ということか?
……王女様はかなりの面食いだったということだな。
ともかく呪いのカギは、心の中にあるため、外部から
ユリンの呪いを解くには、彼女の心のカギを開ける必要がある。
さて問題は、ユリンが何を望んでいたかだ。
……見当もつかない。
考え込んだ私は師匠のフレイに尋ねる。
「師匠、ユリンの望むものとは、いったい何なのでしょうか?」
「クリムよ……本当にわからぬのか?」
この問いかけは何だろう。
私にはわかって当然のことだというのだろうか。
……少し考えてみたが、やはり思い浮かばない。
弟子として師匠に嘘は言えない。
ここは素直なところを伝えよう。
「はい、全く思い浮かびません」
私の言葉に師匠は深いため息をつく。
失望させてしまっただろうか。
私は何も思いつかない自分が悲しくなる。
そんな私を哀れに思ったのか、師匠は言ってくれた。
「ユリンからお前に欲しいもの、してほしいことを言われた覚えはないか?」
私の背中に電撃が走った。
「なるほど、わかりました師匠」
「よし、行け、クリムよ!」
私は師匠の館を辞すと、国中を駆けずり回った。
そして、ようやく彼女の言っていたモノを手に入れたのだ。
「ユリン、これだよな、お前の望むもの」
私が用意したのは、彼女の大好きな赤い色のローブ。
今着てるのはそろそろボロが出てきているから、この戦いが終わったら新しいのにするんだ、と例の古城に行く前に言っていた。
以前『何で赤が好きなんだ?』と聞いたら、何故か真っ赤になって教えてくれなかったな。
赤といえば炎の色。私の得意な炎魔法の色だ。
氷魔法命のユリンとしては、弱点にあたる炎が気になるのだろうか?
そんなことはどうでもいいか、今は呪いの解除だ。
しかし、広げて見せても、枕元に置いても一向に反応がない。
「クリム……」
部屋に入ってきた師匠が、意味ありげな表情で私を見た。
皆まで言わぬのが師匠の優しさ。
つまり、違うということなのだろう。
「ローブでは無かったと言うことですね、師匠」
「よし、行け、クリムよ!」
私は師匠の館を辞すと、国中を駆けずり回った。
そして、彼女の言っていた別のモノを手に入れたのだ。
「ユリン、これだよな、お前の望むもの」
私が用意したのは、彼女の大好きな赤い薔薇の花。
一輪であればその辺りの花屋でよかったのだが、部屋中を覆いつくさんと、数集めるのにかなり花屋を回った。
部屋中を新鮮な薔薇の香りがつつむ。
しかし、ユリンが起きる気配は無い……。
おかしい、なぜだ、絶対にこれだと思ったのに。
古城へ行くときに、お守りだよと言って帽子につけてたじゃないか。そして、私の帽子にもつけてくれた。
私が『すぐにダメになるぞ』と言ったら、『また買わなきゃ。また買ったら何度でもクリムの帽子につけてあげるからね』って言ってた。
私は普段お前からもらってばかりで何もしてやってない。
だからこういう時こそと頑張ってみているが……ダメみたいだな。
あきらめかけた私の肩がポンポンと軽く叩かれる。
「師匠……」
師匠の無言の笑顔に私への励ましを感じた。
「私はあきらめません、師匠」
「よし、行け、クリムよ!」
私は師匠の館を辞すと、国中を駆けずり回った。
そして、彼女の言っていたさらに別のモノを手に入れたのだ。
「ユリン、これだよな、お前の望むもの」
私が用意したのは、赤い宝石のついたリング。
そんじょそこらの赤い宝石ではない、
今回の呪いに対しては無意味かもしれないが、ことここに至っては藁にもすがりたいというものだ。
今回は、短絡的に最近の彼女の台詞から追うのでは無く、師匠宅での住み込み弟子時代からの記憶を振り返ってチョイスした。
もう、これがダメなら正直打つ手はない。
私はベッドの脇に座り、シーツをめくって彼女の左手を出すと、恐る恐る、その薬指にリングをはめた。
ちなみに、自分ではどの指にするべきかわからなかったのでこれは師匠に相談している。心の臓に最も近いとかで良いそうだ。
……ダメか……
私は彼女の左手を抱えながら嘆息する。
ぴくりともしない。
残念だよ、ユリン。
私では、お前を目覚めさせることはできなかったみたいだ。
こんなにずっと近くにいたのにな……。
至近距離から眺める彼女の顔は、とても綺麗だった。
瑞々しいその唇は蠱惑的な魅力を放っている。
かの王女もこんな感じだったのだろうか。
王女……。
ここで私は一つの可能性を思いつく。
……
いや、だめだろう、それは。
私などがしてはいけない。
それはユリンの大切な人のためにとっておくべきものだ。
まてよ、でもユリンがもう最初の一回は済ませてしまっている可能性もある。
それなら問題ないのではないだろうか?
だめだ、そういう問題じゃない。何を考えてるんだ私は。
でも……試してみたい。
師匠はさっき出かけていない。
目覚めなかった場合、目撃者がいなければ無かったことにできる。
それにもし目覚めても、彼女にとって私は兄弟みたいなものだし、ノーカン扱いにされるのではないだろうか。
よし、
いくぞ。
……
……
……王子じゃなくて、ごめんな。
そっとそっと顔を近づける。
途中で鼻が邪魔になるのに気がついた。
どうすればいいんだこれ?
そうか!
少し傾けながら
桜色の彼女の唇に
自分の唇を触れさせることに成功した。
……
柔らかい。
「ふ、ふひむ!?」
彼女の目が開いた!
しゃべってる!!
……目覚めたんだな!!!
……
……ああ良かった。
「ふひむ~~~~ふひ~~~~~~」
彼女は、そのまま飛びついてきた。
彼女の体に触れないようにと半端な姿勢をしていた私は、バランスを崩した。
天と地が、ひっくりかえる――
……
「っていう夢をみたんですよ。実はキスが呪いを解くカギだったっていう」
途中までの展開は、もう私にとっては屈辱モノではあったが、最後にユリンを目覚めさせられたのが嬉しかった。
最高の目覚めだ。
しかし、そんな私になぜか師匠もユリンもそっけない。
夢だから問題ない……よな?
「頭から血が出ておったからの、気になって回復魔法をかけ過ぎたかも知れぬ。許しておくれ、ユリン」
「いいんです、今回は完全に私のせいですし、リングもローブも部屋いっぱいの薔薇もありますから……」
なぜかまた、すすり泣いている。
何か嫌なことがあったのだろうか?
よし、ここは最高の目覚めで最高の状態の私が一言でやる気を出させなければ!
「ユリン、泣いてたら美人が台無しだぞ。最高の目覚めが台無しになっちまうだろ」
「クリム……もしかして覚えてるの?」
「もちろんさ!」
「えっ!」
彼女の目が大きく見開かれた。
涙も……止まっている。
その隣にいる師匠も頷いている。
これは期待されてるのか……
仕方ないな。
「さっさとノーライフ・キング倒しにいかないとな。お前の機転に期待してるぞ」
「「そうじゃないだろー!」」
師匠とユリンの声が重なる。
何が違うんだ?
不死者は早めに倒さないと増えるでしょうが。
二人の発言に疑念を抱きつつ、ふと見ると、ユリンの着ているローブが新しい。
あれ、いつの間に買ったんだろう?
永遠の眠り 英知ケイ @hkey
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます