第2話 やばいゼ、銀河帝国の野望!

 銀河歴360年。

 リーゼント・パラリラが妹のためにプリンを買い求めて爆走する一方、貧民街から3万km離れた銀河帝国トゥリオンでは独善的な演説が繰り広げられていた。


「なぜ、我ら帝国が唯一国家ではないのか! 現在の人類史は間違っている!」


 其処は、皇帝の御前。

 銀河帝国軍参謀メガ・ネビターンは、大将級幹部が集結する式典にて、演台上から声を張り上げる。古代の遺物であるアンティーク眼鏡で着飾る参謀は、時代が銀河歴になってもレーシック手術に踏み切れない男、


「かつて地球に存在した祖国が、統一未来国家より選抜され、神聖なるアジェンダを賜わったのは天命! ゆえに我ら銀河帝国が全人類を支配すべきなのだ!」


 ——アジェンダ。

 それは帝国の礎となった祖国が『統一未来国家』を名乗る集団より賜った未来計画書である。当初は狂人の妄言か、曖昧な予知の類だと考えられていたが、計画書に明記された未来年表は、実に詳細かつ寸分違わぬ正確さであった。

 しかし、計画書には問題が生じる。


「母なる大地である地球を失った我らが、有象無象のコロニーに囲まれること、はや三万年!」


 年表に記されていなかった不測の事態が起こったのだ。

 西暦3191年、地球に巨大隕石が衝突。太陽系を覆うエッジワース・カイパーベルトの氷海から飛び出した小惑星は、突如その軌道を変え地球を滅ぼした。


「未だ銀河統一に程遠い現状に対し、我々は間違いを正さなければ成らない!」


 プロパガンダに精通した参謀は、ナショナリズムを抱く軍人の鑑である。そのロジカルに構築された意見具申には一切の無駄がなく、主張を的確に伝えることに特化していた。


「というわけで私が解決策を考えました。はい、ドンっ!」


 それは、もはやバラエティ番組の様式。

 こうして投映された議題タイトルに、軍関係者一同は言葉を失う。


『銀河最速レースを利用して、未来にメッセージを送ろう!』


 銀河最速レース、通称ギャラクシーカップ!

 プロアマ問わず、機体制限も無し、銀河を駆け巡る三大レースの一つである。


((銀河最速レース……だと??))


 三大レースの中で唯一、アマチュア参加も可能なゆえ、クレイジーな連中ばかりが集結する特色で有名な人気レースである。当然、列席する軍関係者の脳裏には、疑問符のビックウェーブが浮かんだ。


「質問いいかね、ネビターン参謀」

「はっ! グルーゼン上級大将!」


 列席者であるグルーゼン上級大将は白髪の老紳士である。彼は隠しきれない怪訝さを濁しつつも率先し、その困難なナゾナゾに挑んだ。


「歴史の間違いを正すという立案と、そのレースがどう繋がっているのかね」

「先ずはご確認頂きたい。我ら帝国がアジェンダに記されたテクノロジーを前借りすることで、太陽系のあるオリオン腕から、このペルセウス腕まで辿り着いた事実を」

「理解している上で問う。ネビターン参謀にとっては不服かもしれんが、現状に満足すべきではないのか。母星は失えど、我ら人類が生き永らえていることは事実であり、それだけで充分に素晴らしいではないか」


 グルーゼン上級大将は、銀河に飛び出した人類にしては珍しく、良識を持った傑物である。しかし、ネビターンは発案を曲げずに解説を続ける。


「我々のテクノロジーは、地球脱出当初のイオンエンジン頼りの宇宙航行から、量子エンジンへと移行し、遂にはシールド機構を用いた空間歪曲推進にまで発展しました。しかし依然として光速は超えられず、時空間の跳躍も叶いません」


 たとえ未来計画書に明記されていても、必ず「技術発展の壁シンギュラリティ」は立ち塞がる。特にワープやタイムマシン関連は、即座に再現可能なテクノロジーばかりでは無かった。


「確かに。未だ時空間航行すら叶わぬ現状には問題がある。アジェンダに明記された予定よりも、一万年単位で計画が遅れているのは事実だが……」

「そこで私は、未来へ向けてメッセージを送る粒子加速器を発案したのです」

「事実なのかね。それは、いったい何処で建造中なのだ」

「ええ、ええ。その為にレースを利用するのですよ」

「どういうことだ」


 ネビターン曰く、粒子加速器の建造とレースには関わりがあるようだ。


「すべての問題を解決するキーワードはズバリ、生体由来の反物質です! それはアジェンダに記された知識であり、かつ我々も再現済み技術なのですが、グルーゼン上級大将はご存知でしょうか」

「直接プログラムを書き込めるという、件のエネルギーのことか」

「そうです。レースに参加する機体の燃料に生体由来の反物質を混入させ、コース通りに宇宙空間を航行して貰うのですよ。ぐるっと回ってもらい、散布された反物質を擬似的な粒子加速器のパイプとして利用するわけです」

「その大規模な粒子加速器ならば、現実的に時空跳躍が可能なのか?」

「光速を超え、およそ8GBの情報を時空間へと発信することが可能です」


 意見具申の冒頭までは突拍子もない妄言かと思われたが、一転して列席者からは驚嘆の声が上がる。


「なるほど。人目に付かないサイクロトロン形粒子加速器の建造は利点ではある。帝国領域外へ侵攻する名目としてもレースは好都合だろう」

「肯定してくださり光栄です、グルーゼン上級大将。未来へメッセージを送ることさえ叶えば、新たなアジェンダ。または統一未来国家からの直接的な支援を受けられるやもしれません」


 つまり計画の概要はこうだ!

 銀河中が楽しみにするレースの陰で反物質を散布し、書き込んだプログラム通りに磁力を展開させることで、粒子加速器のパイプとして代替利用する。


 しかしグルーゼン上級大将は、提示された情報をただ鵜呑みにするような愚者ではない。その計画が持つ根本的な問題点を逃しはしなかった。


「最後にひとつ問おう、ネビターン参謀。そのように膨大な反物質……いや、生体由来の反物質を何処から調達するつもりかね」

「……その点は、重要な問題ではありません」

「答えよ。ネビターン」


 ここは皇帝の御前。

 追求されなければ承認決議へと移れもしたが、もはや釈明を濁したままで済まない。すると上級大将から手痛い追求を受け、やれやれと肩を竦めたメガ・ネビターンは、


「なっ……!? 何をしている、ネビターン参謀」


 どういうわけか悠然な所作で眼鏡を外し、演台上で高々と掲げた。そして、


「っ帝国には、未だコールドスリープ状態の国民が何千万も居るでしょうがあ!」


 ——ビターンッ!


 全力で台上に叩きつけられる眼鏡。跳ねるフレーム、飛び散るレンズは強肩の証。ここは帝国最大規模の講堂だが、場に居合わせた誰にもネビターンの狂行は理解できず、ただただ呆気に取られた。不快感を露わに、剥き出しの害意でヒステリーを起こす参謀ネビターンは、およそ管理職に向いていない。


「はあ、はあ……っ、彼らを材料に、反物質へと置換すれば宜しい」


 その一言で、グルーゼン上級大将の心臓に流れる血の色が変わる。大戦中にも経験した手足の痺れが、凍えたような震えを起こした。その仄暗い熱さが内臓を掻き乱す感触には、覚えがある。


「ネビターン、貴様それでも人間なのか」

「全く……理解できませんね。帝国の礎となる誉れ、真に帝国の民ならば喜んで身を捧げるべきでしょう。で、それがどうしたというのです?」


 参謀と上級大将の狭間には、確かに派閥争いが存在した。

 しかしネビターンに対して明確な殺意を覚えたのは今、この瞬間である。


 ——この外道がッ!


 グルーゼンは式典礼服に仕込んだ強化外骨格「エグゾ・カルチェス」の磁励音を掻き鳴らし、人間の動体視力を超えた機動力で舞台へと駆け上がった。

 引き抜かれた軍刀が放つは、叩き上げの閃光! しかし!


「……どうしたのです? 斬らないのですか?」


 首の薄皮をジリジリと焼くジュール熱、その刃は斬り込む寸前で留まった。


「くっ!」


 理由は明白、皇帝の御前に於ける人傷沙汰は御法度である。

 しかし実際は、ルール以前の倫理観がグルーゼンという男を縛り付けていた。


「私の意見具申は如何でしょう皇帝陛下。ご覧の通り……グルーゼン上級大将にも異論は無いようですし」


 素っ首を刎ねられそうになりながら、何を厚かましいと思うだろう。しかし斬撃が留まったのは事実。解釈によっては、いくらでも歪曲されてしまう状況にグルーゼン上級大将は陥った。後の報道ならば尚のこと、悪役として吹聴される可能性さえある。

 すると具申に対し、演説台の遥か上方に鎮座する皇帝がモゴモゴと口を開く。


「だ、第六代皇帝である私っ、ガイウス・ギャラクティスは……あの……えっと……」


 大講堂の視線が一同に集まる玉座。其処には、皇帝ガイウスという荘厳な名からは想像も出来ない、ただの子供が奉られていた。


 ——第六代皇帝ガイウス・ギャラクティス、通称「お飾りボーイ」

 先代皇帝である父と兄を、未だ真相不明の突然死により失ったガイウスは、幼くして第六代皇帝の座に就いた。

 周囲の高官からは、優れた為政者であった父の代役を求められ、銀河プリンスと呼ばれていた英傑の兄と比較されるも、残念ながら凄くカワイイ容姿くらいしか取り柄が無いガイウス。


 未来統一国家から賜ったアジェンダの意向により、古代ローマ帝国の政治形態を踏襲している銀河帝国は、初代銀河皇帝の血を引くという一点のみでガイウスという子供を担ぎ上げた。悲劇の王子という境遇も相俟って国民からの人気は高いが、一方で軍部関係者からの支持は低い。


 ことによれば父と兄を殺した真犯人が紛れている可能性もある、此度の式典。唯でさえ自分をお飾りボーイと蔑む軍兵に囲まれている現状は、やはり生きた心地がしない。


 すると口籠もる少年皇帝に代わり、オベリスクが如き巨躯を誇る機械仕掛けの二大賢人が、ネビターンの立案に対して実現性を問う。先ずは左の大賢人ソサエティが口を開く。


「ギャラクシーカップとやらには粗暴な連中が参加するようでは無いか。荒くれレーサー共が、粒子加速器に利用できるほど緻密に、広大な円形のコースを走ってくれるとは思えんが」

「既にスポンサー企業に加えて、運営サイドは買収済みでございます。優勝賞金を減額することで、状況をコントロールしやすい人数まで参加者を絞ります。あとは我々が雇う協力者に、レース展開を握るアルファとなって貰えば如何でしょう」


 すると右の大賢人イデアが質疑に割って入る。


「当然レースには、利益すら求めないタイプの実力者も参戦してくるだろう。銀河のトップレーサーを抑え、アルファとしてレースを主導権を握るなど不可能ではないのか。不測の事態により、銀河帝国が戦艦で参加するような事態にならなければ善いがな」

「そこまで懸念なさるのでしたら一層のこと、優勝景品もスターキャッチ・プリティ・マリアージュ変身セットにでも変えれば宜しい」


 なぜ銀河帝国軍参謀が、日曜朝に放送されている女児向けアニメのタイトルを正確に覚えているのか。それは、とてもプライベートな問題である。


「そんなものを欲しがる宇宙の走り屋などいないでしょうからね」


 質疑の応答を終えると、口籠もる少年に、機械仕掛けの二大賢人がヒソヒソと助言を与える。そうして萎縮しつつも美少年皇帝ガイウスは、青息吐息で声を張り上げた。


「ぎ、銀河帝国、第六代皇帝である余、ガイウス・ギャラクティスが命ずるっ!」


 ついに下される皇帝の裁断。

 すると講堂から集まる視線の中に、ガイウスは取り分け強い眼差しを二つ感じる。ひとつはグルーゼン上級大将。未だ子供である皇帝の御前で、人を斬るという決断に踏み出せなかった男の、見守るような眼差し。

 そして、もうひとつはネビターン参謀の威圧的な上目遣いである。


「こ、皇帝の恩寵としてネビターン、貴殿の具申を……」


 先程のイカれた立ち振る舞いもあり、ガイウスは不可解な恐怖を感じる。

 その一瞬。

 少年の脳裏には、冷たい宇宙空間に浮かぶ、父と兄の無残な死に様が過った。


「支持する」


 ポツリと呟かれた裁断に講堂がざわめく。

 するとネビターンは、レンズが砕けた眼鏡を拾い上げつつ声を張り上げた。


「皇帝陛下のぉ! 御意のままにぃ!」


 レースの陰で未来にメッセージを送るという突拍子もない計画は、皇帝が認める国家プロジェクトとなった。その代償としてコールドスリープ状態の国民数千万人が犠牲となる計画であるにも関わらず。


 イカれた人間に、常識など通用しない。

 他者を卑下し陥れ、大声で持論を放ちながらも、ときおり強者に靡く。

 それがメガ・ネビターンの政略手腕である。


 突如公認された不可解な計画案に、静まり返る講堂。

 すると一人の列席者が声を挙げた。


「し……しかし、ネビターン参謀の発案も忌憚のない意見では無いか?」


 忌憚がないのではなく、心ないの間違いではないのか。

 しかし、その一言を皮切りに次々と賛同の声が募る。


「一見すると冷酷にも思える決断だが、ネビターンは真に帝国の未来を憂いている。その心根の温かさを私は感じたぞ」

「そ、そうだ! 我々が銀河の主権を手にするんだ!」


 帝国の礎という名目の、生贄。

 その矛先が、いつ己の家族や友人に向くのか。


「「帝国による銀河の統一を! 帝国による銀河の統一を!」」


 その危険性からは目を逸らし、蒙昧に愛国心を叫ぶ参列者達。彼等は、真っ先に賛同の声を挙げた人物が、ネビターンの腹心である事実に気付いていない。


(待ちなさい! 国とは民だ! 人の命を犠牲とした発展など有りはしない! 加えて帝国以外の勢力を考慮にしない愚策だと、なぜ気付かないのだ!)


 上級大将の悲痛な説得は掻き消され、届くことはない。

 かつての大戦に於けるグルーゼン上級大将への恩義よりも、彼等には目先の利益の方が輝いて見えるようだ。


 すると膝から崩れ落ちたグルーゼンに、ネビターンが歩み寄り、肩に手を添えた。その行動を傍から見えれば、労っているようにも見えるだろう。互いに意見を交えた健闘を讃えているようにも見えただろう。

 しかしネビターンは喧騒に紛れるよう、小声で告げた。


(あなたは御勝手に、盲信する平和や正義とやらに陶酔しているが良いさ)


 皇帝の意向を笠に着るネビターンは、酷く歪んだ笑みを浮かべる。


「くはは、はーっははは!」


 コールドスリープ状態の国民数千万に、永遠の眠りが迫る。

 こうして皇帝が認める国家プロジェクトという名目で、ネビターンの陰謀が推し進められる事態となったのだ。


 ——その一方、廃棄指定された宇宙ステーション「ティエラ」の廃墟街では、スーパーの特売チラシを握りしめて駆ける花・パラリラが、カラフルなパッチで補修された薄いドアを開け放ち、ボロアパートの一室へと飛び込んだ。


「お兄ちゃーん!」


 あまる勢いで押し倒され、側頭部を壁に強打するリーゼント・パラリラ。しかし真に妹想いのヤンキーならば、この程度の流血は気にならない。それよりも超新星のような妹の笑顔から察するに、今日は輸入肉が安かったのだろう。

 いや待てよ。

 ふと兄の脳裏に不安が過ぎる。妹もおませな年頃である、もしかして、もしかすると好きな男子でも出来たのだろうか。


「ふぐぅ」

「えっ!? どうして泣き出したの!?」


 そんな予感だけで、兄の涙腺は決壊するのだ。決して心の病気などではない。


「あ〜ん、ごめん痛かったね。お兄ちゃん、よちよち」


 小さく柔らかな手が患部に触れると、妹の優しさが染み渡る。決して傷口を直に撫でられての痛みではない。すると考えを改めた兄は、勝手に意を決した。


「お兄ちゃんはッ、花の幸せを心から祈っているからな!」

「え〜……いきなりの祝辞。困惑しちゃうよぉ〜」


 はにかむ花は、ハッとすると。握りしめた特売チラシを顔面に擦り付ける。


「そんな事より! お兄ちゃんって、スペースバイクで走るの好きだよね!? レースとかには出場しないの!?」


 チラシの片隅「遺伝子めっちゃ改良済みニンジンがゲロ安い」というキャッチフレーズの下には、ギャラクシーカップの広告。何故か、賞金である百億キャッシュが斜線で消され、1000万キャッシュまで減額されている。


「えっ。俺は自由に走ることが好きだし……何よりこの大会、宇宙用に違法改造したスーパーカーや、ジャンク品から製造された戦闘機やら海賊船も出場するヤバめの大会だゼ?」


 搭乗者が剥き出しのバイクなんかで出場したら普通に死ぬぅ!


「そっ、そっかぁ。ごめんね、お兄ちゃん。変なこと聞いて……」


 期待に満ちていた晴れやかな表情から一転し、今にも梅雨入りしそうな妹の表情に思わず慌てる、リーゼント・パラリラ。そんな兄の瞳は咄嗟に、一位の景品欄に書かれた「スターキャッチ・プリティ・マリアージュ」変身セットを捉えた。


(変身セット? ……これは、いつも花が観ているアニメのやつだゼ)


 リーゼント・パラリラは知っている。

 普段から妹の花が、自分の欲しい物さえ我慢して家計を遣り繰りしていることを、そんな妹が笑顔で持ってきたチラシが意味することは一つ。


「……当然っ! 出場するに決まってるんだゼ! ぶっち切りで優勝してみせるからな、花!」

「わーい! さっすが、お兄ちゃんだよ!」


 愛する妹のために兄は、どれほど愚かしくも全力でツッパらねばならない。

 強大な陰謀が渦巻く、銀河最速レース。

 通称ギャラクシーカップの開催は一ヶ月後に迫る!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

超次元ヤンキー・モーニング「パラリラ!」 レド(大型獣脚類の一種) @RETRO_ORDER

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ