超次元ヤンキー・モーニング「パラリラ!」

レド(大型獣脚類の一種)

第1話 行くのさ。銀河の天辺へ……夜露死苦ぅ!

 時は銀河歴360年。

 地球の崩壊と共に宇宙へ旅立った人類は、ついにオリオン腕から飛び出した。テクノロジーは子供が思い描く未来さえ超越し、自家用車は四輪を捨て、もはや有人宇宙船との区別すら曖昧な時代に。ボロアパートを後にする青年は、バイクシートに跨がりハンドルを握り締めると、一息にエンジンを唸らせた。


 ヒトは何故、宇宙に進出してまで速さを求めるのか。きっと原始的で時代遅れな本能の囁きなのだろう。突き進み、生き残り、命を運ぶ。これ以上に必要なことなど無いと知っているのだ。


 なぜなら経済力、生活水準、学歴、人間関係なんてクソ瑣末ごとは、この過酷な宇宙空間に於いては完全に無力ッ! いくら生き汚い、成金ゴキブリ野郎であろうとも、自家用シャトルの窓にデブリ片でも突っ込んだモノなら皆平等、一瞬でヘブンである。そうさ、宇宙ここが天国だったのさ。


 天の川銀河のペルセウス腕を駆ける一筋の単車ぁ!

 どの族や連合にも属さない孤高の特攻隊長ぉ!

 カシオペア・バリオス7に跨がる俺はぁ!


 ——リーゼント・パラリラっ、夜露死苦ぅ!


 掻き鳴らすは、甲高く激しい縦波のエキゾースト音。

 超速回転する車輪はただの飾りだ、実はロケット燃料で飛行している。


 どうして俺がソーラーパネルの日照前にステーションを飛び出したのか。

 そりゃあ他でもねぇ、銀河の天辺に辿り着くためさ。


 って悠長に話してる暇はねぇな。

 ガス雲の津波に紛れて追走してきた奴らが、一斉に飛び出しやがったぜ!


「待ちやがれっ、リーゼント・パラリラぁ!」

「てめぇ、こぐま座連合のシマ荒らしてんじゃねぇっぞ!」

「今日こそ、イケ好かねぇリーゼントをへし折ってやるぜ!」


 すでに毎月恒例だが、一帯を仕切ってる「こぐま座連合」の奴らが狩りに来やがった。走りで振り切っても構わんが、銀河の天辺まで付いて来られたら困る。


 ——ここは徹底的に、叩きのめすしかねぇゼ!


 俺が金属バットを引き抜くと、奴らも思い思いの得物を取り出しやがった。

 チェーン、バール、鉄パイプ、そしてバターナイフ。

 独りだけ準備が足りてねぇな、きっと朝食の只中に呼び出されたに違いねぇ。


 数多の単車が光の帯を残し、銀河を駆け抜ける。デブリが纏う微弱な引力なんざ爆ぜる推進力で振り切って、掠めた小惑星の表層をサイドブースターのフレアが灼き払う。

 同じの目的地へ一斉に走る光景は、さながら購買に駆け込む学生の群れ!


 すると一台の単車が距離を詰めて来やがった。

 バンブーバンブーババンブー!

 この族車特有のコール音は、


「こぐま座連合っ特攻隊のぉ! 火星の無精髭こと星矢セイヤさまと勝負せんかぁ!」


 火星の無精髭、星矢!

 往年の名車マーズ2に跨がるアイツの武器は、鉄パイプだ!


 宇宙を駆けるバイクに跨がるくせに鈍器で戦うなんて、技術的に不釣り合いだ、アリえねぇ、認め難いと思うだろう。しかし推進原理は、かなり単純さ。

 車輪という名の飾りがクルクル回っている、唯のミサイルだと思ってくれ。


 ——開発段階のある時、スペース・バイク会社のスポンサーは告げた。


「では搭乗者であるライダー用の宇宙服か、空気の層を保持するためのシェルター機構が必要ですね」


 この時代において、趣味に特化するもバイクのカテゴリーは航空宇宙産業製品である。その競合相手は最先端の技術が詰め込まれたエコカーであった。

 EVA(船外活動)の準備作業を必要とせず、一気圧に保たれた車内は快適かつ、燃費に関しては帝国の戦闘機ハイペリオンさえ上回るとされる。

 しかし開発担当者であるマゼラン・ゼブラ・モヒカン・モヒートは反論する。


「息なんて我慢して止めてりゃあ良いだろうがッ、夜露死苦ぅ!」


 お判りの通り、彼がヤンキー文化を銀河に広めた元凶である。結局、マゼランが提案した無謀の強要は不採用となり、安全性を考慮した宇宙特攻服スペース・とっぷくと呼吸機が採用されたわけだが——


 そんな理由で俺達の得物も鈍器で十分なのさ。

 俺達は別に、戦争をしてぇワケじゃねぇからな。


「追いついたぜぇ、リーゼント・パラリラぁ! このまま車体ごと押し潰して、キラめく宇宙の一番星にしてやるぜ!」


 言い回しが謎に素敵な火星の無精髭、星矢!

 しかし奴が跨がるマーズ2には決定的な弱点がある。

 狙うは前輪の付け根。可動箇所が多く、工学的に脆い!


「オラッ、星矢! 前輪の付け根、砕いたらぁ!」


 俺が背後に振り抜いた金属バットが、鈍色に光るッ。


「……んなにぃいいいいッ!!」


 単車がハンドル下部からへし折れ、バランスを崩す星矢!


「貴様ぁ〜っ! こんど学校で授業のノート見せてくれって頼んでも、絶対に見せてやらんからな〜っ! 覚えてやがれぇ!」


 すると推進力が落ちたマーズ2を、集団が一気に抜き去っていく。

 ぽしゃった味方に目もくれないとは連合の奴ら、銀河のハイエナに違いねぇ。


「悪りぃな星矢! テメェじゃ、まだまだ天辺には遠いゼ!」


 俺が星矢の特攻を沈めるや否や、他の特攻が追随する!

 この背後から漏れ聞こえる洗練された心地好い大型バイクの駆動音は、


「ヒャッハ撩乱デースっ! その程度の速さでワタシに敵いマスか?」


 言わずと知れた高速車種、ポラリス・ハーレー!

 跨がるのは、温和な外国人留学生の須藤ストウトレック!


 しかし先頭を走るパラリラの単車を一向に捉えることが出来ない。

 認めがたい現実と違和感に、ストウは眉を顰めた。


(変デース、パラリラが乗る単車エンジンは12,000回転が限界のハズ……)


 するとストウは、ハッと目を見開いた!


「まさか、クァンタムエンジン……デスか?」

「よく気が付いたな須藤! 今日という日をお前らに邪魔されねぇようにサブのブースターにクァンタムエンジンを四機! タコ糸で括りつけたのさ!」

「コイツっ、走りに命を賭けてやがるデース!」

「だからアバヨ!」


 俺が背後に振り抜いた金属バットが鈍色に光る。

 奴が跨がるポラリス・ハーレーにも決定的な弱点があった。

 それは可動箇所が多く、工学的に脆い……


「前輪の付け根ぇ!」

「うわああああッ! この前、買ったばかりなのにヒドいデース!」

「悪りぃな須藤! テメェでも、まだまだ天辺には遠いゼ!」

「も〜っ、今度のテスト範囲の内容、ぜったいに教えてあげませんカラ〜っ!」

「……ふ、硬派なヤンキーは常に孤高だゼ」


 実力のある特攻隊員がやられたとなりゃあ次は、ヤツが来る。

 それはスペース・カブに跨がる、こぐま連合の特攻隊長!


「リーゼント・パラリラぁ! 次は、ようやく特攻隊長であるオレ様が……」

「前輪の付け根ぇ!」

「まだ名乗りさえ上げてないのに〜っ!」


 お決まりのようにクラッシュする鏑木かぶらぎハジメ。猛烈な縦回転に振り回された首筋はヤバい方向に折れ曲り、急激な減速によって後方に弾き飛びながらも、奴は渾身の勢いで叫んだ。


「グギギギッ……それはさておきぃ! フウちゃんから花ちゃんへ、学級委員のプリントを書き終えたから明日の朝っ、初等部の先生に提出しに行こうって伝言をぉ……頼まれていたからぁ、妹さんにぃ……夜露死苦ぅ!」

「散り際に何を言ってんだ、オメェは!?」


 あまりにも内容が具体的な断末魔。

 まるで正気の沙汰じゃねぇ。何故、このタイミングで伝えようと思ったのか。しかし鏑木ハジメの精神的健康を気遣っている余裕はねぇ。タイムリミットが迫っている。こぐま連合特攻隊長を蹴散らした俺はアクセルを踏み込み、ブースターを加速させると、一気に奴らを引き離した!


 孤高の走りに、金属バット!

 誰も俺には追いつけねぇ!


 加速するGが全身に襲い掛かる中、秘められた本能が目覚める。それは宇宙へ飛び出した愚かな人間だけの特権。湧き上がるアドレナリンは心臓を燃やし、雁字搦めの日常を振り払う。溢れ出るドーパミンは脳を満たし、首元を締め付ける無念と、輝くはずの未来を黒塗りにされた絶望を吹き飛ばしてくれる。


 当然、光速なんて超えられねぇ。

 それでも走りが覚醒する、そんな気がしたんだ。風の代わりに星の光を振り切って、カラメル色の小惑星帯をぶっちぎった俺は、


「行くのさ。銀河の天辺へ……っ、夜露死苦ぅ!」


 すると眩い光が全身を包み込んだ。かつて地球に住んでいた御先祖達が思い描いた天国よりも遠い場所、ここは銀河系のペルセウス腕だゼ。

 そうして香り立つは、濃厚なバニラの匂い——


「ミルキー・プディング本店へようこそ!」


 ようやく辿り着いたぜ、銀河の天辺へ。


「あのぅ……極上ふわふわプリン2つ、でよろしくぅ」

「畏まりましたぁ! 極上ふわふわプリン2つ!」


 赤と黄色を基調とした制服に身を包んだ店員さんが眩しいゼ。

 言っておくが、全然ビビってねぇからぁ! しかし借りてきた猫のように行儀よく努める俺とは対照的に、明るく清潔な店内は活気で満ち満ちていた。


「「極上のふわふわプリン2つ、ありがとありゃーすっ!」」


 天の川銀河でも有数のパティスリーである『ミルキー・プディング本店』

 一番人気の極上ふわふわプリンは異次元の柔らかさと称される。


 ——命懸けで目的を果たした俺は、一転して安全運転で帰った。

 それが硬派ってモンだゼ。


 しばらく飛ばすとラグランジュ・ポイントに浮かぶ、小惑星に結合された宇宙ステーション「ティエラ」が有視界距離に入る。セントリフュージ方式(遠心分離)の旧型で、傍目からは真っ二つに折れた円柱の片割れ。銀河帝国トゥリオンから廃棄指定を受けており、砕けた断面の空気漏れを辛うじて中央隔壁が防いでいる。


 哨戒中の帝国フリゲート艦を横切り、大型補給船の搬入用エアロックを潜ると、広大な居住区画の片隅に廃墟群が窺える。不審者や流れ者の往来すら無い寂れた街並みに、ぽつり佇むボロアパートの駐車場へと滑り込んだ俺は、カラフルなパッチで補修された一室へと向かい。

 軋む扉が物音を立てぬよう慎重にドアノブを回した。すると、


「お兄ちゃん、遅いよぉ〜!」

「うっ……ごめん、ごめん!」


 ボスッという鈍い音と共に、腹部に飛び込む黒髪。あどけない幼顔に心配を滲ませながら、妹がぽかぽかと俺を叩いた。


「今朝起きたら、お兄ちゃんが何処にも居ないんだもん! すごく楽しみにしてたのに、約束もぜんぶ夢だったのかと思ったよぉ〜!」

「心配かけてごめんなっ、花」


 妹の名前は花。

 ——花・パラリラ。


 幼いながらに家事をこなし、清楚で頭も良く、友達も多い。錆び付いた街でジャンクパーツに埋もれるヤンキーの俺とは対照的だ。

 控えめに言って宇宙の宝だぜ。


「けれども安心しな花っ、約束通り買って来たゼ!」


 不安にさせて怒らせちまったけれど、悲しい想いをさせたかったわけじゃねぇ。花をなだめるべく、俺がパティスリーの袋を取り出すと、呆気にとられた丸い瞳が流星のように輝いた。


「覚えててくれたんだ! えへへぇ、嬉しいなぁ」

「なにせ今日は、月に一度のハッピープリンデーだからな!」


 小さなちゃぶ台を囲み、二人で手を合わせると、異次元の柔らかさにスプーンが入る。すると花は大切そうにひと口、


「う〜ん、おいひぃ!」


 満遍の笑みで、頬を緩ませた。バリ不思議だぜ、俺はまだ一口も食べていないってのに、どうしてこんなにも幸せな気持ちになんのかな。


「朝からお兄ちゃんと一緒に、プリン食べられるなんて最高だよぉ!」

「へへっ、妹の笑顔が眩しいゼっ!」


 俺は妹の為なら、いつだって気張れる。

 だから来月も目指そうぜ。

 銀河の天辺(ミルキー・プディング本店)を……夜露死苦ぅ!


【次回予告】

 なぜか舞台はプリンから世界へ!


 さて、廃墟も同然の宇宙ステーションに巣食い、ささやかな幸せを糧に生きる時代遅れの走り屋、リーゼント・パラリラ!

 奴は大いなる宿命に導かれるまま銀河三大レースへと挑むのさ、べいべ!


 待ち受けるは勝利の栄光か、それとも過酷な敗走か。

 考えるな! 本能に従え! お前はアクセルを踏み込むだけのマシーンだッ!

 実況と観衆は、ド派手なクラッシュを求めているぞ!


 第2話『やばいゼ、銀河帝国の野望!』に続く。

 要チェックだ、べいべ!

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