馬鹿鳥インコの話
田中貴美
第1話 馬鹿鳥インコの話
俺は昔、姪っ子と一緒に行ってペットショップからセキセイインコの雛を買ってきた。
姪っ子はセキセイインコの雛が小さいうちから好きだったがあまりに可愛がりすぎて、どのセキセイインコも長生きしなかった。姪っ子はまだ小さかったし飼い方が不器用だったのだろう。
俺と行ったペットショップには2羽雛インコがいて、姪っ子は今飼っているインコとは別のインコを最初選んだのだがそれなりに成熟しているのに羽が生えていなくて、店員が言うにはこのインコは先天的に遺伝子の欠陥がありますよ。買うのをやめときなさいと忠告した。姪っ子はそれを聞いてこの雛インコは売り物にならず欠陥商品と殺処分されるかもしれないと思ったのだろう。最後には別の方の雛インコを買った。
さて姪っ子の家にやってきたミッキーというインコだが雛のうちは人間によく慣れたとても可愛いセキセイインコだったし、大きくなっても人間によく慣れたのだが、大人になり発情し尻尾を振りだしたことから男の子であることがわかった。お嫁さん候補に黄色の赤目の雛(黄色の赤目は遺伝子的に雌が多いことが知られていた)をペットショップから買ってきた。ところが雌だろうと信じていた黄色の赤目のインコも運の悪いことに男の子で二羽で発情し交尾の予行練習のつもりか二羽のオスインコは雌を欲しがり尻尾を振って欲情した。
黄色の赤目のインコも人間に慣れた手乗りでおとなしいインコだったが、ミッキーはやんちゃなインコだった。そしてある日ミッキーは姪っ子のマンションから俺の家にやってきた。ミッキーはひらたく言うと捨てられたのだ。
こっちの家に飼われだして捨てられた理由はすぐわかった。男の子として発情するだけならいいが餌をあげるべき雌インコもいないのにかごの中にゲロを出すのだ。1日だけなら我慢することができる。だが毎日するのだ。しかも雌インコももらってももういらないというほど大量にゲロを出す。大量に餌を食べゲロを出すからペットショップで買っておいた餌もすぐなくなる。
そして更に悪いことにときどき出したゲロを自分でもう一度食べるのだ。インコの胃の中には目には見えない細菌がたくさんある。鳥用の餌袋なら新鮮で衛生的に食べられる。ところが一度胃の中に入ったゲロは目には見えない大量の細菌だらけだ。その結果ミッキーという名前をやめて馬鹿鳥インコと名付けられた。馬鹿インコと言っても可愛い我が家のペットにはかわりない。一度出したゲロは不衛生だ。食べたら食中毒になるかもしれない。馬鹿インコを病気にさせないように毎日かごの下に敷いている鳥のうんこのついた紙とゲロを取りかえないといけない。スーパーマーケットに無料でもらえる生ものをしまいこむビニールを大量にもらいビニールにうんこの紙とゲロを入れる。
馬鹿インコの悪業はゲロだけではなかった。馬鹿インコをかごの外に遊ばせていたら喜んで普通に遊んで何もしないのに、馬鹿インコをかごの中に入れたまま掃除をすると自分のテントリーを守ろうとして手の平を噛みついてくる。それがとても痛い。噛まれたら半日その場所が腫れている。手の平を噛まれたら痛いからかごの外に追い出す。
それでうんこの紙とゲロを拾い集めて掃除をしているとそれを見た馬鹿インコがいないはずの雌に与えた餌だと言って抗議の鳴き声を出して怒りだす。かごの外でも発情してゲロを出す。普通のところだとまだましだ。
携帯のなにかに雌を感じるのか携帯の上にかなり大量にゲロを出す。携帯は精密機械だ。精密機械の上にゲロを出され続けるといずれ壊れる。それは大変困る。最初のうちはゲロが大量に携帯の上に山となっているのに困っていたが、ゲロを出すのを家族みんなが知っているので馬鹿インコがかごの外に出る夜は見えないところに隠している。
そして餌をやり、新鮮な水をかえ、外に遊んでいるのが好きでかごの中になかなか入らない馬鹿インコに携帯を見せてやり携帯を雌と勘違いした馬鹿インコを騙して、籠の中に入れ馬鹿インコの一日が終わる平凡な毎日が続いた。
そんなある夏の日、俺はバイクを船に乗せて北海道旅行に行った。北海道の一人旅は実に楽しかった。バイクにまたがってびゅんびゅんと風がなびく、そしてあらかじめ計画したとおりの順序で行き、予約していた安い値段の宿屋に泊まって、家から出て10日後に帰ってきた。
ところが俺がいない間に、家族は餌と水をやるだけで、うんこの紙とゲロを換えることをぜんぜんしなかったらしい。馬鹿鳥インコは腐敗して腐った不衛生な餌を食べたらしくてかなり弱っていた。
ミッキーは、馬鹿鳥インコと言ってもゲロを吐く悪い癖があるだけで他にたいして悪いことはしない。それに毎日世話をしている俺の顔を覚えていて、顔を見せると籠から出せと盛んに鳴き声をあげるし、他のものには近づかなくて俺のまわりに慕って甘えてくる可愛い鳥なのだぜ。
翌日、俺はあわてて動物病院に連れて行った。動物病院に連れて行くと1時間ぐらい待たされて、獣医の診察が始まった。
悪いことに獣医が手違いで高い診察台から落として、かなり弱っていた馬鹿鳥インコは動かなくなった。あわてて獣医が心臓マッサージとかいろいろやったけど、3分後の最後の言葉はご臨終ですと言った。
俺はもう半狂乱よ。この病院につれてきたら、動物たちはみんな殺されると叫んじまった。待合室で動物を連れていた人から見れば、俺の少しおかしいと見えたかもしれない。反対の立場だったらたぶん俺も思うだろう。診察料も払わずに動かなくなった馬鹿鳥インコを籠の中にいれて飛び出した。
家に帰って、自分の部屋に死んだ、馬鹿鳥インコ、いやこれからはミッキーと言いなおすことにする、を置いていた。一日後、庭にある柚子の木の下に、冷たくなって硬くなったミッキーを新聞紙に包んで土の中に入れて線香を焚いてあげた。
その日の夕方、ミッキーを殺した獣医が謝ってきて、折り菓子と封筒を持ってきたけど冷静な判断ができなかった俺は決して受け取らなかった。
今になって思うと獣医になるぐらい動物好きの優しい性格の人かもしれないな。もしそのとき冷静な判断ができていれば、折り菓子と封筒を受け取っていたら、贖罪の意味で獣医の心の負担が軽かったかもしれない。
俺はいまだにミッキーが高い診察台から落ちて、医者から心臓マッサージを受けてご臨終と告げられた最後の3分間は、忘れたくても忘れられない記憶として残っている。
馬鹿鳥インコの話 田中貴美 @dorudoru66
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