全ての人の三分間

滝川創

全ての人の三分間

 少年はカップラーメンにお湯を注いでタイマーをセットした。

 スタートボタンを押して深くため息をつく。

 窓から外を見ると、優しい陽差しが風にたなびく白いTシャツを照らしていた。

 彼はその景色をボーッと眺めていた。

 少し経って彼はテレビをつけた。

 テレビでは飢えている子ども達への支援募金を呼びかけるCMをやっていた。

 彼はチャンネルを次々に変えていった。

 料理番組、ドラマ、スポーツ、経済、バラエティと一通りチャンネルを変えたが、面白そうな番組がなかったので彼はテレビの電源を消した。

 テレビの画面が消えたその後も彼はリモコンを片手に黒い画面の向こう側をぼんやりと見つめていた。

 外から聞こえた鳥の鳴き声でふと我に返ると、彼はタイマーを手に取って液晶画面を覗き込んだ。

 あと一分。

 彼はタイマーを置くとカップラーメンの容器を眺めた。

 まだできないかなー。

 たった三分で確実にカップラーメンはできるというのに、その少しの時間が何だか無意味な時間に感じた。

 そして、やっとその時は来た。

 彼はタイマーのストップボタンを素早く押すとカップラーメンのフタを勢いよく開けた。




 彼がカップラーメンの完成を待っていた三分間。

 そのほんの少しの時間で、ある男は後に何十年も人々の生活を支えることになる発明品を思いついた。

 それは彼にとって、彼の人生を代表する三分間だった。


 ある若い女性はデートに遅れてしまい、道を駆けていた。公園で待っていた彼の元へ着いて遅刻を謝ると彼は爽やかな笑顔を浮かべて、「僕もついさっき来たところさ」と言った。

 それは彼女にとって、彼に強く惹かれた恋の始まりの三分間だった。


 ある中年男性は会議開始三分前にお腹を下してトイレにこもっていた。

 大切な会議だということで、焦りに焦って体中から汗が噴き出していた。

 だが、腹具合は相変わらず悪いままで立ち上がることが出来ない。

 腕時計を見ると会議開始三十秒前だった。

 それは彼にとって、絶望の三分間だった。


 ある社会人なりたての男は会社のビルの屋上に立っていた。

 もう疲れてしまった。

 自分の持っているもの以上の物を求められて、必死にそれを達成しようとするのを繰り返す日々に心が壊れてしまった気がした。

 彼は屋上の柵を乗り越えようと足をかけた。

 そこで彼は後ろに引き戻された。

 後ろを振り返ると、そこに立っていたのは彼が秘かに想いを寄せていた遠い存在だと思っていた人だった。

 彼女は泣きながら彼のそでを引っ張っていた。

 それは彼にとって、人として生き返った三分間だった。


 ある女子大生は講義をさぼって海辺に立っていた。彼女は街の騒音から離れたかった。

 彼女の頭上をカモメが一羽、高い鳴き声を響かせながら通り過ぎてゆく。

 水平線には小さなヨットが一艇、ポツンと浮かんでいるのが見える。

 彼女は目をつぶって潮風を肌に感じた。

 それは彼女にとって、平穏の三分間だった。


 ある男は登山の途中、足を滑らせて崖から落ちかけた。

 なんとか近くにあった木の根を掴んだために転落は防げたが恐ろしい瞬間だった。

 それは彼にとって、命を失いかけた三分間だった。



 ある初老の女性は自分の肥満体型を悩んでネットで痩せるための器具を探していた。

 効果がありそうな器具を見つけたがそれは高価な物だった。

 それを買うぐらいだったら数週間分の食料を買えるくらいのお値段だ。

 だが、彼女はそれだけのお金を払ってでも自分の体に着いた脂肪を落としたかった。

 彼女は購入ボタンをクリックした。

 それは彼女にとって、贅沢の三分間だった。


 ある街の広場では数人の男女が大食い競争の決勝を繰り広げていた。

 最後まで残った強者達が制限時間残り三分で一位を競っていた。

 それぞれが目の前に用意された大量の料理を滅茶苦茶な勢いで味わいもせず、口に押し込み胃袋へ詰めていく。

 選手達は次々と口に入れた食べ物を吐き出して、食べ物が床に飛び散った。

 お腹が苦しくなりすぎて気分が悪くなる選手もいれば、動けなくなる選手もいた。

 それは彼らにとって、自分の限界を超える三分間だった。


 ある男は美食家として有名だった。彼はその時レストランにて、出された料理を一口食べるなりその皿を下げさせて「私は本当に美味しい物しか食べない」と発言し、「この店の料理はひどい味だ。こんな物食えるか」と罵りの言葉を残して店を出た。

 それは彼にとって、いまいましい三分間だった。



 ある貧困な生活を強いられている四歳の女の子はその時、地面に力なく倒れて食べ物のことを考えていた。ただ、口にできるものが目の前にあればと考えながら、その消えかかった命の炎を燃やそうと必死だった。

 だが、少しすると彼女はまぶたを閉じ、その炎は音もなく静かに消えた。

 それは彼女にとって、最後の三分間だった。



 この世界では同じ三分間が全ての人に流れている。そして、それは人によって様々な意味をもつ。

 

 あなたはどんな時間を過ごしますか。


 あなたがこの文章を読んでいるうちに過ぎた、その三分も皆と同じく変わりのない三分間。



 私はその三分間を、この文章を読むことに使ってくださったあなたに感謝しています。

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全ての人の三分間 滝川創 @rooman

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