人類滅亡まで最後の三分間

あき

最期まで、自分らしく

ピー---!


耳をつんざく笛の音が響き渡る。


心を急き立て不安を掻き立てるようなその音に僅かの苛立ちを覚えながらも、俺は逸る心を抑え込む。


勢いよく沸き上がる蒸気。

ぐつぐつと音を立てる液体。


――もう十分だろう。

俺はけたたましく騒ぐ「ヤカン」がかけられていた「コンロ」の炎を消し去った。

ヒュウ――、とあれほど煩かった音が消えると、今度は空恐ろしいほどの静寂が訪れる。


まぁ、こんな時だしな。


町全体が活動をやめてしまったような静けさも、今は気にならない。


皮膚を爛れさせるほどに煮え滾る液体を、あらかじめ目の前に用意しておいた白き器に流し込む。


3分。

たった、3分。


俺に与えられた、最後の時間――。



まさかのリアル ディープ・インパクト。

しかも巨大隕石の落下先は日本近海の太平洋ときたもんだ。


政府が、世界がさじを投げ苦渋に満ちた表情で発表した人類最後の日。最期の時間。

世界中の人類を滅亡させるほどの巨大な隕石が衝突する瞬間までの、残りの時間。


まもなく、その瞬間がやってくる。


その、最後の、3分。


あまりにも短く、あまりにも尊い。


そんな3分だからこそ、全てをかける価値がある。


俺は湯気を漏らす器を、丁重に用意しておいた盆に乗せる。

その盆を両手でしっかりと保持し、持ち上げ、移動を始める。


目的地は、あの約束された地。

俺にとって唯一の安寧の地。


盆を持つ手が震える。

前に出す足がもつれる。


だが、俺は決して違えない。


その手を。

その足を。


心は熱く、しかし頭は冷静に。

長年に渡り培い、養ってきた思考力は決して身体を裏切らない。


この3分を無価値に貶めてなるものか。


そして。

だから。

ついに。


俺は辿り着いた。


何よりも尊いと思える、そう信じ疑わぬ最後の地。

俺の心をすべて詰め込んだ、俺だけの空間。

後ろ手に扉を閉め、机の上に、盆を置く。


閉じた蓋から漏れ出す湯気。

抑え切れない芳しい香りが室内に漂う。


————。

時計を見ると、湯を注いでからちょうど2分30秒。


いつも通り。

完璧な時間だ。


湯量は既定のラインより少しだけ下迄、待ち時間は2分と30秒。

これこそが、俺の信じる黄金規定。


そっと蓋をはがす。

室内に広がる湯気と香り。

蓋の上で温めておいた調味油を一滴残らず搾りだせば、その絶妙な辛みを覚えている口内にたまらず唾液が溢れ出す。


パキン、と綺麗に分かれた割り箸。

先を持ってゆっくり割ればきれいに分かれると知ったのはいつだったか。

箸を器に差し込み内容物を滞留させるようにかき混ぜる。

絶妙に解れていく最後の晩餐。


そう。

目の前にあるは――買い置き特売98円也の、安物カップ麺。


こんなものが?

そう、こんなものが。


最期まで平常運転。

それがこの理不尽な最期への、俺の意地だ。


思わず口角が上がり、顔がにやける。


さぁ、では。


いただき――

 

 

 

 

あ。

食う時間、忘れてんじゃん。

 

まったく、俺ってやつは。

本当に、最期まで、締まらない。

 

くっくっく、あはは……。

自分の間抜けさに、思わず苦笑する。 

 

でも、ま。

こんな自分も嫌いじゃないんだな、これが。


ともあれ。

最期は笑ってさよならだ。



あばよ、人類。



またな。

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人類滅亡まで最後の三分間 あき @akkie70

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