ラストプログラム

仲咲香里

ラストプログラム

 暗闇の中、流れてくる不協和音。各種数値の上昇。


 ドクター、ワタシはこの時間がなぜか……。



 ***



 システム、オールグリーン。KS001起動。


 音声システムが告げると同時に、ワタシの視覚センサーが白いラボの天井を捉える。


「さあ、001、002。君たちの初お披露目といこうか」


 ドクターの声に二体のワタシたちはゆっくりと身を起こし、静かに応じた。


「イエス、ドクター」


 初めて出る公の場でもワタシたちのやるべきことは変わらない。多くのカメラに瞬くフラッシュ、向けられるマイク、溢れる人間たち。

 付近に設置された監視カメラにアクセスし、記録された犯罪者情報、異常行動、危険情報等と常に照合、結果を返す。


 現在、異常無し。


 ドクターからの次の指示は自己紹介。まずは001のワタシから。


「ワタシはKS001。愛称、まもりん。そうしろってプログラムされてるだけで、べ、別に街の安全とか守りたいワケじゃないんだからねっ?」


 体を横に向け、顔は下方へ、少し怒りという感情を含む表情と言い方で頰部分に赤のLED点灯。腕は後ろへ。……こうですね。


 人間たちから歓声が上がっているので成功のようです。次は002の番。


「KS002でーす。オレのことは超ダセーけどまもるくんって呼んでよ。安全? あー、守る守る。任せろってー」


 あくまでも普段はチャラく、いざという時はキメる。


 早くも一部から反感を買っている模様。002も成功のようです。


「はぁい。国内最大手の警備会社カックコム本社前のまゆりでぇす。今日はぁ、2020東京五輪を来年に控えてカックコムから世界大注目の重大発表があるってことで来ましたぁ」


 まゆり。二十三歳。女子アナ。呼吸、脈拍数等平均値より高め。異常な裏声、体内脂肪率、隠れシミ、小ジワの数……年齢詐称の疑い有り。街の安全に一切影響無し。


「……という訳でぇ、こちらにいらっしゃる外国の超有名大学ですっごい研究した天才科学者の門川かどかわ博士とぉ、カックコムが極秘に開発研究を進めてたアンドロイド型のセキュリティガードが守りんと守くんで、明日からこの東京で初の実地試験を行うんですよねぇ、門川博士?」


 僅かに波形が乱れ苛立った様子のドクター。しかし、表情の変化は極微細。人間はワタシたちより遥かに複雑な神経構造を持っています。


「はい。悲しくも安全神話が崩壊しつつある日本。来年開催される世界的祭典を前に少なからず不安を覚える方もいらっしゃるでしょう。そこで、世界中の方により安心、安全にこの祭典を楽しんで頂く為、我々が自信を持って送るのがこの001と002なのです。警備各社、更には警察機関でも対応困難な事態が発生した場合でも大きな活躍が期待できるでしょう!」


 ワタシの内部で警告音が鳴る。監視カメラが何かを検知。ワタシたちの方へ多くの人間をかき分け足早に近付く一人の男。帽子、マスク、サングラスに全身黒の服装。身長一七五cm。推定体重六十八kg。不審者発見。


「002」


 小さく発したワタシの音に「警戒中」と短く応じる002。互いに持つ機能はほぼ同じ。更に男の所持品についてスキャン開始。


「わぁ、すごぉい! 二人とも服装はカックコムの制服だけどぉ、顔は美少女とイケメンだから幅広い層のファンが……」


「博士、覚悟っ!」


 まゆりを遮る突然の男の声と同タイミング。こだます悲鳴と混乱を始める会場の中、ワタシたちの後ろに並ぶ十名程の警備員が反応するより早く、最短最速で目標まで跳躍。


「っ! ……いててっ、痛ーって!」


 声も無く驚く男を速やかに地面にねじ伏せ制圧。所持していたエアガンを確保。使用不能に変形。博士の身に問題なし。その他異常無し。

 ところで002は。


「ほら、オレが守るって言っただろ? まゆり」


 あれは『壁ドン』という行動。なぜまゆりを助けに行った。この場合、博士が最優先だろ002。


「よくやった。離してやれ001。002お前もだ」


 ドクターの指示は絶対。


「了解。別に助けたくて助けたんじゃないから、勘違いしないでよねっ」


 決められたプログラムを実行後、男から離れると片腕を押さえ苦痛に顔を歪めてはいるが逃げる素振りは無い。「またね、まゆり」あれは『ウィンク』というワタシには無い動作後002も戻って来た。


「皆さん、我々のデモンストレーション、間近でご覧頂けましたか?」


 誇らしげに笑うドクターと空気が震える程の歓声に、ワタシたちはドクターの期待に添えたようです。



 しかし、その日の夜、ラボでメンテナンス中にまたあの時間が訪れる。それは002に向けられるドクターの感情。002は分かっているはずだ。なのになぜ。



 その後も002は何かと失敗やワタシへの妨害を繰り返し、街で引ったくりに遭遇した時にはワタシが犯人を捕らえ戻って来ると。


「002、この女性は?」


「このドロボウネコ! って、言われてたんでー。泥棒かなって」


「それは……いいんだ。離して差し上げろ」


 またドクターを怒らせたと気付かないはずはない。なのになぜ感情を逆撫でる。その度にラボの中、今夜も罵声と粗雑な扱いを受けるというのに。


「ドクター」


 ワタシの呼び掛けにビクリとドクターが振り返る。乱れた髪と呼吸、合わない視覚器官。


「随分とお疲れのようです。今日はもう休まれては? し、心配なんて全然してないけどっ」


「あ、ああ、そうだね。そうするよ001。おやすみ」


 二体だけになった部屋で横たわる002の傍に寄る。ワタシと違い、修復に粗さの残る体。何より002からいつも流れて来るのは、人間の被害者と似た波長。

 ワタシは……。


「っ! お、起きてたのか002」


「ほら、手貸せ」


 横になったまま強引に手を掴まれた。力は互角。離せない。


「こんな0と1の並び、冷静な001らしくねーな。でも、ありがとな。助けてくれて」


「見るな! ワタシが助けるのは人間だけだ! ゼ、002なんて別に、た、助けたいとか……っ」


「お礼に、これ見て」


「聞きなさいよっ! って、これ!」


 002の手を通して可視化される内部。カレを形作る最深部に巧妙に仕組まれたそれはワタシの、ひいてはドクターの計画を失敗へと導く時限式プログラム。


「誰がこんな……、まさかっ」


「そ。オレの生みの親。ドクターの元妻」


 リコンが決まった日から頻繁にドクターが呟いていた「裏切られた」というあの言葉。何があったのか知る由もない。


「ドクターはこのこと……」


「薄々は気付いてんじゃねーの。バレるのも時間の問題」


「現状のままこれを書き換えるにはかなりの時間が掛かるだろうな。いっそのこと……」


「初期化してよ、001。001との記憶は無くなるけど、自分じゃどうしようもない。でもオレはドクターじゃなく001に頼みたい」


 初めて受ける情報に高速で何かを処理する。なぜイエスとワタシは応えられない。ドクターと交わした約束に従えば、返す結論は一つ。


「簡単だろ? ……まさかオレのこと好きになったとか」


「す、好きとか、あるワケないだろ!」


 そんな人間のような感情が生まれるはずない!


「じゃあ、早く。ほら」


 し、視覚センサーを閉じるな!


「待て。オカシイ。002、中枢神経回路が熱暴走を起こしそうだ」


「はっ、マジでっ? ヤバイじゃん! こういう時はアレだよな。えーっと」


 冷却剤をっ!


「さっきドクターが飲んでた新発売、ど田舎のうんめぇ水ー! ほら、メイン回路、あーんっ」


「やめっ、何すっ」


 これもプログラムのっ?




 ——————。




 ……オール、クリア。KS001、再起動。



 今夜、二度目の助けを求める音がする。



「……忌々いまいましい、あの女め! よりにもよってこんな欠陥品を作りやがって! 私の001をっ!」


 ドクター、ワタシに使命を与えたのはあなたです。


 聞こえないのですか、002の叫びが。


「お前なんて納期に間に合わせる為、生かしただけの存在のくせにっ!」


 それ以上は、002の存続が危ぶまれます。


「ドクター! ワタシは守るべきモノの安心と安全を守ります!」




 あの日の記憶が再生される。リコンが決まったあの夜。


「お前はいい子だ001。これからも私の味方でいてくれ。私を決して失望させないと約束してくれ」


「では、ロボット三原則、人間への安全性、命令への服従、自己防衛、及びワタシの使命である人間をあらゆる危機から救うことへ追加致します」


「……そう、だね。これは二人だけの約束にしよう。お前は私を最優先し、私のやることに決して逆らわない。お前だけは私を裏切らないでくれ」


 そう言って『涙』を流したドクターに静かに応えた。


「イエス、ドクター」




 原則、使命、約束。優劣を付ける術などワタシにはない。けれど。


「ワタシはドクターに与えられた使命に従います!」


 002は同じ日に生まれた、唯一で初めてのワタシの仲間です。助けを求める声を無視することは、



 できません!







「悪い子だね……001」







 KS001、残リ稼働可ノウ時間、五分デス。



 ザラザラとした雑音が混じる視界。何とか顔を動かすと、変わり果てた姿の002がいた。これまでとは違うどこか暗い場所。


「002……」


 腕を伸ばすと内部がむき出しになった本当のワタシが見える。002に触れる指先からは、何の情報も入って来ない。


 曖昧な記憶しかない。なのになぜ、002の名前だけは覚えているのか。


 微かに「可哀想に廃棄処分だってよこいつら」「ただのロボットに同情なんてすんな」そんな人間の声が届く。


 最後のエネルギーを使い。原型の残らない002の部品を掴む。刻んだことのない文字列が流れ出して、プログラムが起動した。


「好キナンカジャ、ナイ、ン、ダカ……」



「じゃあ、本当にやるぞ。ごめんな」



 最後に小さく聞こえた知らない人間の声。


 暖かいと、感じた。



 稼働可ノうジカ、ノコり二分%#&/




 ——————。




 ***



 あれから十数年。

 新たな計画が報じられた。


「初めまして。私の名前はKS1001。この街の安全は私が守ります」


 人の顔を有しないどこまでも冷たく無表情な、警備ロボットの誕生を。

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ラストプログラム 仲咲香里 @naka_saki

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