吸血鬼が私の血を狙っています。
雪桜
吸血鬼が私の血を狙っています。
あぁ、どうしてこのようなことになってしまったのでしょう。
初めまして、皆様。
私は町外れの小さな教会でシスターをしています。
年は18です。親はおりません。生まれて間もない頃、この教会の前に捨てられていたそうです。
雪の降る寒い日だったそうですが、きっと神の御加護があったのでしょう。凍え死ぬことなく、教会の神父様に拾われた私は、その後すくすくと成長し、この教会のシスターとなりました。
私は、とても運が良いのです。
これも全て神様のおかげでございます。
ですが、その運も尽きてしまったのかもしれません。雷が鳴り響く夜、私は一人の青年を教会の中に招き入れました。
とても整った顔立ちをした青年でした。年も私とそう変わらないかもしれません。無口で無表情で、だけど、どこか妖艶な美しさをあわせ持つ青年でした。身なりも決して悪くはありませんでした。
ですが、この大雨の中、その青年は傘もささず、ずぶ濡れになって、この教会にやって来たのです。
お腹が空いていると言っておりました。数日、何も口にしていないそうです。
頬や身体には、切り傷もありました。誰かに傷つけられたのでしょうか?
声だって、とても弱々しいものでした。それこそ、今にも死んでしまいそうなほどに……
「どうしたのですか、こんな雨の中……!」
こんなに傷ついた青年を、見捨てることなど出来ませんでした。私は青年を教会の中に招き入れると、濡れた身体を乾かすためタオルを用意しました。
蝋燭の火が灯る礼拝堂は、温かみのある色で満たされていて、二人の姿を優しく照らします。
「今すぐ、傷の手当を──」
ですが、私の運もそこまででした。傷の手当をしようと救急箱から消毒液を取り出した時、私は押し倒されてしまいました。
激しい雨の音が響く礼拝堂で、私の両脇に手をついて覆い被さった青年は、不敵な笑みを浮かべて、こう言います。
「あんたの血、吸わせて」
切れ長の瞳が赤く光ったのが見えました。その瞬間、理解しました。
私はこれから死ぬのだと。目の前の青年は──吸血鬼だったのだと。
✝︎✝︎✝︎
「血を、ですか?」
私は問いかけました。
出来るなら間違いであって欲しいと思ったからです。ですが、彼は容赦なくこう告げます。
「俺は、吸血鬼だからな。人の血を飲まなきゃ生きていけない。しかしバカな女だ。こんな夜更けに、わざわざ男を招き入れるなんて」
確かに迂闊すぎました。いくら傷つき弱りきっているとはいえ、相手は男性です。しかも吸血鬼でした。
自分の愚かさに、私は首にかけた十字架をキュッと握りしめました。押し倒されているせいか、逃げることはできません。
青年は、食事の準備をしているのか、私の服を容赦なく乱すと、噛みつきやすいように肩を剥き出しにします。
「……美味そうだな」
そう言って舌舐めずりをした青年は、まるで、ご馳走を前に喜ぶ子供のよう──
あぁ、どうして、このようなことになってしまったのでしょう。
きっと私は、このまま死んでしまうのですね。できるなら、最後にもう一度──
「あの……」
「?」
「もしよければ、3分だけ待って頂けませんか?」
「──は?」
思わず出た言葉に、青年は噛み付こうとしていた私の首元で低い声を発しました。
「……3分?」
「はい。3分経ったら私の血を全て差し上げます。ですが、最後に3分だけ時間を頂きたいのです」
食事を中断させられ、青年は少し不機嫌そうでした。でも、聞き入れてくれたのか、目と鼻の先だった距離が一旦遠のきます。
「3分、だな」
「はい!ありがとうございます!」
ぱっと、顔が明るくなります。
良かった。これで、最後にもう一度だけ、神様に祈りを捧げることができます。
「3分で、何をする気だ?」
「はい。神様にお祈りを」
「お祈り?」
ですが、その言葉に、吸血鬼はより一層不機嫌そうに眉を顰めました。
「神のために、最後の3分を使うのか?」
「はい。私は今まで神様に生かされてきました。ここまで生きてこれたのは、全て神様のおかげです。ですから、最期の時も神様を思い死んでいこうと」
私は十字架を手に、そっと目を閉じます。ですが、祈りを捧げようした瞬間、手にしていた十字架を奪われてしまいました。
「な、なにをするのですか、返してください!」
「悪いが、その望みは聞けない」
「え?」
「神に祈って何になる。俺に捕まった時点で、もうあんたは神に見捨てられてる。大体ここまで生きてこれたのは、全部あんたの力だ。3分は待ってやる。でも、最後の3分は自分のために使え」
「自分の……ため?」
そのように言われて、私は困り果てました。神に祈る以外に、やりたいことなどあったでしょうか?
「そう……言われましても」
「ないなら、探せ」
「で、では、もしあなたが3分後に死んでしまうとしたら、最後の3分間であなたは何をしますか?」
「何って……そうだな。美味い
「まぁ、それは素敵ですね!」
名案です!と明るく声を発した私に、吸血鬼は一瞬驚いた顔をしました。
「いや、俺の言ってる"美味いモノ"ってのは」
「私はシチューが一番好きなのです!野菜をたっぷりいれて、少し大きめに切った鶏肉と一緒に、柔らかくなるまでじっくりと煮込むのです。そのまま食べてもいいですし、パンを浸して食べるのも美味しいのですよ!あ、でも、3分でシチューを作って食べるのはムリですよね」
「…………」
私は、うーんと考え込みます。
3分後には死んでしまう。ですが3分で出来ることなど限られています。
「どうしましょう……あ!」
「決まったのか?」
「いぇ、あのつかぬ事をお聞きしますが、血を吸われたあと、私はどうなるのでしょうか?」
「どうって?」
「やはり全身の血を吸い尽くされて、ミイラのように干からびてしまうのでしょうか?」
私は顔を青くし、青年を見あげます。すると青年は少しだけ笑みをこぼしました。
「は、亡骸は美しいままでありたいってことか? あんたも女なんだな」
「いえ、私の亡骸などどうでもいいのです。でも、
「…………」
すると吸血鬼は、ひどく神妙な面持ちでこちらを見つめ、少しだけ沈黙したあと「また、神様か」と、ボソッと呟いたのが聞こえました。
吸血鬼は、神様が嫌いなのでしょうか?
✝︎✝︎✝︎
「うーん。3分て難しいですね」
「……」
礼拝堂の中には、この世の最期に3分で出来る"何か"を必死に探すシスターと、それを見て欠伸をする吸血鬼が一匹、赤い絨毯の上に座り込んでいた。
(もう、一時間か……腹減ったなー)
目の前で悩む、美味しそうなシスターを見つめながら、吸血鬼は思う。
この女と話している限り、3分後など永遠に訪れないのではないかと
「……なぁ」
「はい」
「とりあえず、その3分はおいといてさ」
吸血鬼はシスターを見つめます。
「今すぐ俺のために、シチュー作ってくれない?」
吸血鬼が私の血を狙っています。 雪桜 @yukizakuraxxx
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