ポップ・ミュージックが消し去る世界

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ポップ・ミュージックが消し去る世界

 バンドには宿命がある。

 一曲3分間に全部注ぎ込むこと。

 どうしてもそれをやりたかったんだ。


 中学の時から仲の良かった子がいじめが原因で自殺して毎日ニュースで流れてる。


「第三者委員会」


 名前はそうでも委員の志はこうあるべきでしょ?


『当事者委員会』


 わたしの音楽友達でぼっち回避のパートナーであったその子が世界から消えた。


 だから、わたしは地下シェルターに駆け込んだ。


「ヴォーカルしかできませんっ!」


 聴いたこともないバンドのメンバー募集がツイッターで流れてた。ほんとはギター・ヴォーカルを募集してスリーピースバンドをやりたいベースとドラムの男の子2人だった。


 でも、できないものはしょうがない。

 そしてわたしはバンドがやりたい。

 死んだあの子の、広大過ぎる穴を埋めるために。


「いいよ」


 地下のカフェスタイルのシェルターのようなライブハウスでバイトしながら虎視眈々とデビューを目指してるこの男の子2人は、19歳。

 わたしは高2の16歳。


容姿ルックスが良いから、いいよ」


 嘘だ。


 もしわたしの容姿が良いなら、どうして死んだあの子と2人、教室の隅っこに縮こまってなきゃならなかったの?

 どうして2人して隔日でいじめを受けなきゃならなかったの?


「女の子だしね」


 笑っちゃった。

 そっか、わたしってなんだ。


 ベースのユウくんが訊いてきた。


「何聴くの?」

「えと。日本だとミッシェルガン・エレファント」

「へえ」

「海外だとガンズとかニルヴァーナとか」

「グレイト! 何か歌える?」

「うん」


 死んじゃったあの子と2人だけでカラオケ行って、まさかこんなバンドたちの曲があるなんてことに感動して2人して絶唱してた。


 ミッシェルガン・エレファントの、「ロシアン・ハスキー」


 あの子が隣でデュエットしてるつもりで、ユウくんのベースとトモくんのドラムに身を任せて叫び散らした。


「ちょっと、すごいね」


 ドラムの音がひときわ増した。

 わたしはレクイエムのつもりで音量を上げる。


「そういや名前は?」

美露ミロ

「美しいつゆか。いい名前だ」


 こうしてギターのいないスリーピースバンドが活動を始めた。


 放課後、髪をべしゃべしゃに濡らしたままライブハウスに毎日現れるわたしを見てユウくんもトモくんも、


「どうしたの?」


 と訊いてくれるけど、


「へっちゃら!」


 と返事になってない返事だけで2人ともそのまま演奏を始めてくれる。

 ほんとは、『あいつら』から髪の毛に唾を吐きつけられて、公園の便所の水道で頭をドボドボ洗ってから来てるんだけどね。


 でも、そんなのどうだっていいんだ。

 このライブハウスがわたしの異世界。


 そして、ユウくんとトモくんをバックに歌うわたしのマイクスタンドの隣にはいつもあの子が立ってる。


 なんと日曜日にストリートライブをしたんだ。


「ミロ・アンド・バラッドです。仲良し3人組。カバーもしますしオリジナルもやりまーす」


 駅前の広場で許可とって3人で並び立つ。わたしが慣れないMCをやってると、お客さんから素朴な疑問がかけられた。


「ギターは?」

「いませーん!」


 それを合図にユウくんがベースの弦を一本しか使わない、けれども高速で正確なリズムを刻み始める。そしてトモくんが、まるでダンスするように左足と右足でフットペダルを操作しながら、気持ちのいいビートを弾き出す。


 わたしがそうする前に、まばらなお客さんたちが体をゆすり始めた。


 それを見届けてわたしもダンスを始める。


『わあああーっ!』


 という心の叫びを上げる感覚で、それでも冷静に、歌詞を間違えないように丁寧に歌った。


 青空の下で演奏するこんな気持ち。

 いつか、ロックフェスの大舞台にこの3人で・・・ううん、あの子と4人で立てたなら。


『あ』


 徐々にお客さんの輪が大きくなってきたところで、その後方に見たくない子たちが見えた。歌いながらわたしは咄嗟にユウくんの隣に踊りながら移動する。


『ごめん、サングラス貸して!』

『ええ!?』


 わたしは高速ソロパートを弾いているユウくんのサングラスを勝手にはずして、装着した。


 ヒュウっ!

 と指笛で冷やかしてくれるお客さん。

 でも、わたしはそれどころじゃない。

 サングラスで少し翳った青空の映像の向こう側、が、バンドにさして興味も示さず、わたしにも気付かず素通りしてくれたので、ほっ、とした。


 想像以上の盛況だったストリートライブを終え、3人でファミレスで打ち上げした。


「ねえ、美露ミロ。どっちがいいんだ?」

「はい?」


 トモくんの問いかけの意味が分からなかった。

 わたしが長閑にカプチーノの泡をずずず、とすすっていると、ユウくんが真顔で言った。


「そんなん、俺に決まってるよね。ねえ、ミロ?」

「え。なにが?」


 まさか、とは思うけど、絶対ないだろうという確信でもってまだまだとぼけるわたし。


 トモくんが、まあいいや、と呟く。


「あのさ。俺もユウもいい年した男だからさ。いつか友情なんてもので満足できなくなるからな」

「お? トモめ、挑戦的な。いいよな。その時ゃ、解散してさ。んで俺の彼女になって、2人でユニット組んでデビューしようぜ? な、ミロ?」

「お、お代わりしてくる!」


 わたしはけたたましい音を店内に立てるカプチーノ・マシンで、溢れるぐらいにカップに注いだ。


 次の日、わたしは初めてライブハウスの出演に穴を開けた。


ミロ:ごめん、行けなくなった。マスターにもごめんなさいって伝えて。


 LINEで2人にこれだけ送信して、わたしはまたクラスの『あいつら』のいたぶりの輪の中に引きずり込まれていった。『オマエのくせにバンドなんかやりやがって』って。気づかれてたんだ、やっぱり。


 そして、わたしは、次の日の朝を、絶望的な気持ちで迎えた。


『今日が終わったら、ほんとに全部終わりにしよう』


 わたしはあの子の待つ異世界へ出発するつもりだった。

 方法はあの子と同じ、空を飛んで。


 だから、高い発射台を、通学の途中で見上げて探した。

 頭に唾を吐かれたり殴られたりするからいつも俯いてるのに、飛んで異世界へ行くためのビルを探して空を見上げるなんて。

 ああ・・・・


 教室に着いて席につく間もなくわたしはいたぶりの輪に引きずり込まれていった。


 いいんだ。

 今日が終わったら、もう・・・


「なんだ君達は! 警察に通報するぞ!」

「いいからいいから」

「シケた校舎だねえ」


 え?


「おはよう、ミロ」

「大丈夫か、ミロ?」


 アコギをぶら下げたユウくんとカホンを抱えたトモくんが廊下から教室に入って来た。そしてその後ろからライブハウスのマスターまでスマホを片手に入って来た。

 わたしの頭に唾液を垂らしていた子たちが、びくっ、とした感じで後ずさる。


「ライブ画像の配信はマスターがやってくれる」


 そう言ってトモくんはカホンを床に置いてその上に跨がる。両手のひらで激しくビートを刻み始めた。


 マスターが、スマホでその動画をライブ配信し始める。


「ちょっと、あなたたち、許可も無しに!」

「ならアンタは誰に許可もらってミロのいじめを黙認してるんだ」


 ユウくんも教頭を無視してアコギを搔き鳴らし始めた。

 ユウくんがわたしに向かって叫ぶ。


「ミロ! デビュー用に練習してたこの曲、今演っちゃおうぜ!」


 決めた。


 これが、この学校での最後の3分間だ。


 わたしはあの子に語りかける。


『気が変わっちゃった。ビルじゃなく、今、ここで飛ぶよ。この曲でさあ!』


 わたしが作った詩の最初のフレーズをわたしは全員に向かって・・・あの子と一緒に・・・怒鳴るように、スコーンって歌った。


「潜みし湖面の淵から跳べっ!」


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