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須々波 啓太

第1話

 「すんません、さっきこんなのが届いたんすけど」

 編集作業中のディレクターのところにアルバイトのADが小包を差し出した。

「おー、サンキュー」ディレクターは差出人を確認しようとしたが、何も書かれていない。彼は包みを開けずに外から感触を確かめた。

「――多分アレだな」

「見なくても分かるんすか?」やや大袈裟にアルバイトは驚いてみせる。

「お前は新人だから分からないだろうけど、たまに来るんだよこういうのは」

 包みを開けてみると、ディレクターが想像した通りに中には60分の8ミリビデオテープが入っていた。

「うわっ古そー。ってかこれがあの募集してたヤツなんすね。本当に来るんだ、こういうのって」

 ここで制作している映像作品は「怪奇ビデオハンター」なる、心霊映像を紹介・取材するホラーDVDシリーズだ。

 その作品の最後には必ず「投稿映像を募集している」旨の告知をしている。といっても、本気で募集をかけているわけではない。「怪奇ビデオハンター」はフェイクドラマとか、モキュメンタリーと呼ばれるジャンルのもので、要は作りものの心霊映像を扱う作品だからだ。ところが、たまにこうして視聴者から本当に投稿が送られてきたりする。

「なんか、ラベルが中途半端に剥がれてますけど。『冨治川三喜男 最後の』までしか読めないっすね。テープ以外には何も入ってないし、とりあえず再生してみます?」

「だな。大したものじゃないとは思うが……」

 デッキにテープを挿入し、再生ボタンを押した。

 画面に映し出されたのは、どこかの山中での登山の光景だ。中年男が息を切らせるそぶりもなく、なかなかの健脚で足を進めている。一方、映像の撮影者は息が荒い。『だいじょうぶか?』などと声を掛けられても取り合う様子もなく、ただ必死で山道を歩く。

「なんか映ってます?」食いつくように画面を見ているADは聞いた。

「いや、今の所は特に何もないな」ディレクターは首を横に振る。

「この男が冨治川三喜男なんすかねぇ」今の所は動画内で名前が口にされることもなく、その判断材料はない。

 テープが半分を過ぎても、画変わりは特に無かった。中年男は相変わらずの足取りの軽さ。撮影者の方は息が荒くなる一方で、時折り足を止めるようにもなってきた。

「何見せられてんすか、これ。何も起こんないですけど」ADは飽きてあくびする。

 テープも終盤に差し掛かった頃、遂に山頂に到着。周辺の景色をぐるりと撮影した後、カメラのレンズは撮影者を捉えた。

『はぁ、はぁ……景色は良いけどかなり疲れたな』

 初めて映り込んだ撮影者の青年は、達成感で嬉しそうではあるが疲労は隠せない。

「冨治川三喜男と比べてだらしないっすね、若いのに」ADは中年の方が冨治川だと既に決めつけていた。

「でも結局何もなかったっすよね」

「見ろ。まだ終わってないみたいだぞ」

 テープも残り3分、というところで登山の映像が終わる。そこで一瞬ザラついたかと思うと、次に映し出されたのは病室だった。

 ベッドを囲んで、すすり泣く人たち。その中には、登山映像の撮影者である青年もいた。看護婦はそれを沈痛な面持ちで見ている。ベッドの上にいるのは、登山中には疲れも見せなかった中年男。


 映像はそこで終了した。


「なんなんですかね……これ」ADは戸惑いを隠さずに首を捻った。

「確かに最後のシーンはちょっとギョっとしたけど、別に変なのは映ってなかったでしょ? えくとぷらずむとかいうのでも撮れてるのかと思ったけど、ベタなオーブすらなかったし」

 ADは同意を求めてディレクターに顔を向けた。ところが、彼はADとは全く違う反応だった。眉をひそめて唸り、顎に手を当てて考える仕草。

「え? なんかありました?」

「何も気付かなかったのか、お前は」聞かれてADは腕組みする。

「うーん……ああいう映像に重ね撮りとかするかよフツー、ってのは思いましたけど、それ以外には特に。本当になんかありました?」

 ディレクターが呆れて言葉が出てこずにいると、ピンとこないアルバイトは「自分の仕事に戻ります」と言ってそそくさと部屋を出て行った。

「そこまで考えといて分からないのか……」

 その後ろ姿を見て一人つぶやく。

「新しいスタッフ探すかな」


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