限界バトル!

snowdrop

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「本日の企画は、限界しりとりワンフィフスです」


 進行役の部員がタイトルコールしたあと、机を横に並べて座る部長と書紀が儀礼的に手を叩いた。

 目の前には、トランプと四角い対局時計が置かれている。


「ワンフェス?」

「ワンフィフスです」


 部長のボケに進行役の子が真面目に返す。


「限界しりとりってなんです? 知らないっすけど」


 書紀が右手を軽くあげて質問する。


「限界しりとりとは、高校生クイズで史上初の二連覇を達成したクイズ王が考案したしりとりです」

「俺は動画を見た。しりとりはそもそも、自分の知識と教養が現れるゲームだから、クイズプレイヤーとしての知識の差が、出てくる単語の違いを産む楽しさがある。なにより、普通にしていては出てこない単語がたくさん出てくるのも面白い。まだ、やったことはないけどね」


 部長は腕を組んで書紀をみた。

 そうなんだ、と書紀は頷く。


「ルールの説明をします。引いたトランプの数字分の言葉でしりとりを行います。各々十五分の持ち時間のなかでしりとりし、時間が先にゼロになった人が負けとなりますが、今回はワンフィフス、持ち時間を三分間に設定しました」

「最初からクライマックスに設定することで、考える時間を与えず、持てる知識を出しながら勝つための戦略をどう立てて実行するか、実戦的な体験ができるわけだね」


 部長は渋い顔をしながら笑みをもらした。


「しりとりは『リ』からはじめます。トランプは『2』から『ジャック』までを使用します。ジャックは、十一文字以上でなければなりません。各自、一回までパスができます。濁点、半濁点はつけ外しができません。長音は一文字に数え、長音で終わる場合は、その前の文字でしりとりを続けます。小さい文字も一文字に数え、小さい文字で終わる場合は、その文字からしりとりを続けます」

「文字数をカードの数で決める以外は、普通のしりとりと変わらないのか」


 顎を撫でながら、書紀はつぶやく。


「今回は残り時間が一分を切ったのち、こちらから時間を教えます。それまで、どれだけ時間が経過しているかは教えません。対局時計がそちらから見えないように置いてあるのはそのためです。先攻後攻はジャンケンで決めます。勝ったほうが先攻となります」

「とにかく、やってみないことには始まらない」

「ですね。部長、やりますか」


 最初はグー、と両者は拳を出し、じゃんけんぽんで手を変える。


「先攻は、書紀からです。ではスタート!」


 部長が対局時計のボタンを押すと同時に、書紀はトランプの山札からカードを一枚引いた。

 数字を見ようとひっくり返すと、絵札だった。


「えー、『リのジャック』。いきなり十一文字以上か」


 指折り数えてみるも、なかなか浮かばない。


「むずいぞ。えっと……リモートコントローラー」


 言い終えて、書紀は対局時計のボタンをパチッと押す。

 部長はカードを一枚めくる。


「俺は『ラの4』。ライバル」


 すぐに対局時計のボタンを押す。

 書紀はカードをめくる。


「早速『る』攻めだ。『ルの9』か、えっと……ルイ十三世」


 慌てて答えて対局ボタンを押した。

 部長はカードを一枚引いた。


「よしっ、『イの2』。椅子」


 速攻で対局ボタンを押し返す。

 書紀はすばやくカードを一枚取る。


「えっと『スの3』、スキル」


 書紀も負けじと対局ボタンを押した。

 部長はカードをめくる。


「ほお、『る』攻めだな。『ルの3』。ルンバ」


 答えて、対局ボタンを押す。

 書紀はカードを引く。


「んー、『バの5』か。濁点はつけ外しができないんだったよね。ば……」

 

 指折り数える書紀に、部長が話しかける。


「バからはじまる弦楽器がありますよ、ほらほら」

「それって、『ン』で終わるヤツじゃないですか」

「べつに『ン』で終わっても、『ン』ではじまる言葉で返すだけだから。ルールは知らんけど。どうする?」


 部長は進行役に訊ねる。


「今回は、普通のしりとりのルール同様、『ン』で終わったら負けとします」

「じゃあ、バキューム」


 苦笑いしつつ、書紀が対局時計のボタンを押した。

 部長はカードを引く。


「俺のターン、『ムの8』か。えっと……」


 指折り数えて考えるも、すんなり出てこない。

 時間がすぎる。


「えっと……ムハンマド・アリー」


 対局時計のボタンを、部長は慌てて押した。

 それを横目に書紀がカードをめくる。

 札の数字を見ながら部長に質問をした。


「ところでムハンマドって?」

「ムハンマド・アリー朝の創立者」

「なるほど。『リの4』……リコール」


 書紀は、うれしそうに対局時計ボタンを押した。

 一瞬、目を細める部長。

 カードを一枚引く。


「二度目の『る』攻めだな。『るの5』か。ル・アーブル」


 嬉々とした顔で部長も対局時計ボタンを押した。

 カードを引く書紀は、数字を見て目を細める。


「ここにきて、『ジャック』か……パス使います」


 書紀はカードを机の上に置いて、対局時計のボタンを押した。


「まじかっ。パスされて、『る』返し返しをされるとはっ」


 首をひねって、部長が山札からカードを一枚引く。


「『ルの7』ね。えっと……ルポルタージュ」


 パチン、と対局時計のボタンを掌で押す。

 書紀はカードを一枚めくった。


「『ユの7』、ユーチューバー」


 対局時計のボタンをバシッと押した。

 部長はカードを一枚とる。


「うわっ、『バの10』か」

「10の場合、ピッタリ十文字でおさめないといけません。ジャックは十一文字以上なので、限界しりとりにおいて、十文字が最も難しいといわれています」


 進行役の解説を聞きながら、部長は天井を見上げて考える。

 時間がどんどん過ぎていく。


「たった今、部長の持ち時間が一分を切りました」

「まじかっ」


 残り時間を告げられた部長は、指を折り数えて『バ』からはじまる十文字を探し続ける。

 

「えっと……化けの皮を現す。よっしゃー、十文字」


 対局時計のボタンを押してから、パンッと手を叩いて拳を握る部長。

 書紀はカードを一枚引いた。


「えっと、『スの5』。スクロール」


 冷静に対局時計のボタンを押す。

 部長はすぐにカードを引く。


「『ルの9』ね。残り時間はあと何秒?」

「三十秒を切りました」

「時間すぎるの早っ、累卵の危うき」

 

 急いで答え、慌てて対局時計のボタンを押した。

 書紀はカードを引く。


「『キの5』ね。ぼくの残り時間はどれくらいですか?」

「残り時間、一分を切りました」

「やばいなあ。えっと……じゃあ、キャラメル」


 パチン、と対局時計のボタンを押した。

 部長は急いでカードを引く。


「また『ル』かよ。パス!」


 部長は急いで対局時計のボタンを押し返す。

 書紀はカードを一枚引いた。


「『ルの4』ですね。ルーブル」


 落ち着いた動作で対局時計を押す書紀。

 対してあとがない部長は、慌ててカードを引く。


「くぅーっ、『る』返しの『る』攻めかよ。えっと『ルの6』……六文字」

「残りあと十秒」

「あ、あった、ルーズベルト!」


 対局時計のボタンを急いで押す。

 時間に若干の余裕がある書紀は、冷静にカードを引く。


「ほお、『トの8』ですか。えー、ちょっとまって」


 カードを持って、書紀が首を傾げる。

 指を折りながら言葉を探していく。


「残り三十秒。思いつかないまま終わる可能性もあります」


 進行役が盛り上げながら、時間を伝えた。

 部長は手を合わせながら、「頼む、頼む……」と、時間が過ぎるのを祈っていた。


「……お、あった。トラディショナル」


 書紀が対局時計のボタンをうれしそうに押した。

 急いで部長がカードをめくった瞬間、目を大きく見開いた。


「ここで『ルの10』かよ」

「残り五……四……三」


 進行役が、カウントダウンをはじめる。

 顔をしかめながら、部長は必死に言葉を探す。


「ルートヴィッヒ四世!」


 あと二秒、というところで部長は対局時計のボタンを押した。


「ギリギリでしたね」

「危ねぇ~」


 ほっと息を吐く部長をみながら、顔を顰めて書紀がカードに手を伸ばす。


「頼む!」


 サッと一枚めくって数字を見る。


「『イの3』、祈る」


 書紀が対局時計のボタンを押すと同時に、部長がカードを取る。

 数字を見たその瞬間、


「はい、終了~!」

「うわああ、くそっ」


 終わりを告げる進行役の声を聞きながら、部長はめくったカードを投げ捨てた。


「今回の限界しりとりワンフィフスは、書紀の勝利です!」

「やったぜ! はじめてのゲームで部長に勝ったぞ」


 胸をなでおろしながら、ゆっくりお辞儀する書紀。

 机にうつ伏せる部長は、力なく拍手を送った。


「最後はなんだったの?」


 書紀が、床に落ちたカードを拾う。

『ハートの10』だった。


「最後に『10』はきついですね」


 書紀のねぎらいの言葉を聞きつつ、部長は上体を起こした。


「短時間で、十文字は無理っ。パスの使い所をもう少し考えるべきだったな。でもまあ、これだけの『る』攻めを、俺は頑張ったよ」

「しりとりにおいて、『ぬ』に続いて少ない言葉の『る』攻めは基本だから」


 書紀の言葉に、そうだよねと部長は息を漏らした。


「一度、守備に回るとなかなか攻撃に転じることはできない。なにせ、はじめから時間がないから、一気に畳み掛けていくしかない。そのためにも、『る』ではじまる言葉を文字数ごとに洗い出しておぼえておく必要があると感じた。もちろん、他の文字も、文字数ごとに書き出しておいたほうが戦いやすい気がする。対策を立てるためにも、実戦形式の練習は大事だね」

 

 部長は筋を伸ばそうと、体の前で伸ばした左腕を右に倒し、右腕で抱え込むように引きつけはじめた。


「ちなみに書紀の残り時間は、あと十秒でした」


 進行役が告げると、書紀は口角を上げて微笑んだ。


「ぼくも危なかったか。心の中で祈ったお陰だね。つい口から出ちゃったけど」

「あー、だから3文字のとき、『祈る』って言ったんだ」

「そうそう、偶然ね。ぼくも時間がやばくなってるって思ったから、つぎ部長が答えたら、勝てなかった」

「知識の女神だけでなく、運も書紀に味方したわけですね」


 お見事でした、部長は改めて、書紀の勝利を拍手で称賛した。

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