終点まであと三分

肥前ロンズ@仮ラベルのためX留守

他に誰も乗らない電車で、何故か金髪碧眼の男と手を繋ぐ

 何故私は、知らない男の人と手を繋いでいるのだろう?

 空いた普通電車の中、私は隣に座った人を見る。

 窓際に座る彼はこちらを見ず、ライトすら見えない田舎町の夜を見ていた。半分鏡のようになったガラスは、彼の顔を映す。

 見覚えのない人だ。麻くず色の髪はとても目立っていて、でも染めているようには見えない。切れ長の目はまるで氷のような色をしていて、顔の造りは整っているのに強面だ。いや、美人だから、余計におっかなく見えるのかな。歳は……多分、私より十歳ぐらい下だ。服装からして、大学生って感じ。


 先に手を繋いだのは、あちらからだった。

 正直、変質者なのかな? って怪しんだけど。何故だろう。この手を離すのはとても寂しくて。不愉快な感じもしない。

 別にイケメンに負けたわけじゃない。いや、ちょっと負けたかな?

 とにかく私はされるがままに、手を繋がれていた。


 終点まで、あと三分。

 彼も最後まで乗るつもりらしい。けれど、地元の無人駅にこんなイケメンがいるなんて。見たことないし、いたら噂になりそうだ。やっぱり外国の人かな。



「ふ……フェア、イズ、ユアカントリー?」あなたは何処の国の王子さま?



 間髪入れずに、ぶはっと笑われた。氷の様に固まった顔が、まるで溶けたようにほぐされる。

 今まで窓を見ていた彼は、ようやく私の方を見て、フレンドリーに話しかけてきた。



「日本語でオーケーだよ、お姉さん」

「あ、あはは。英語、苦手で。……ひょっとして、母国語、日本語?」

「まあ、そんなとこ。五歳の頃まで、この辺に住んでたから」



 地元に住んでたのかい。自分が滅茶苦茶恥ずかしい。

 でもせっかく日本語が通じるなら、このまま話してみたくなった。ずっと無言で手を繋ぐのも辛いしね。



「五歳の頃までって……引っ越したってこと?」

「ロシアにいた。父親が、ロシア人だもんで」


 そうかあ、じゃあお母さんが日本人なのかな?

 そう言えば、昔、うちの近所に金髪碧眼の女の子がいたなあ。私より十歳年下だった。私の地元は結構な田舎で、文字通り毛の色が違う子は珍しくて。あ、肌も私より白かったけど。かわいかったなあ。お姫様みたいで。でも猿みたいな男の子にちょっかいかけられて、大変そうだった。


 この子もきっと、女の子にもみくちゃにされて育ったのかも。だってこんな、女慣れしてる雰囲気放ってるし。おまけに見知らぬ私の手つないでいるし。



「お父さんの仕事の事情で?」

「いや元々、父さんだけロシアにいたんだけど、家族で住もうって話になって。それからずっとロシア」



 へぇ。単身赴任だったのかな。

 そう言えばあの子も、お母さんが多忙で、子ども館によく預けられていた。でも、皆から遠巻きにされてて、一人積み木で遊んでる姿が、なんだか寂しそうで。その割にはピタゴラスイッチもびっくりな仕掛けを作ってたけど。

 心配になって声を掛けてみたら、別に人見知りするような子でもなくて。毎日のように遊んでいたなあ。お母さんが迎えに来ると、私の手を握って、じぃっとお母さんの顔を見ていた。まだ帰りたくないって、目で訴えて。

 妹がいたらこんな感じなのかなって思って、すごく嬉しかった。

 だから、その子が引っ越しするって聞いた時、もう中学生卒業にもなるのに泣いてしまった。だってもう、離れたら会えないんだろうなって思ったから。僅か三か月のことだ、五歳のこの子は忘れちゃうだろうなって。

「また会いに行くから」そう言って泣いたあの子を抱きしめて、駅まで見送った。今でも、あの子がくれたクローバーの指輪、押し花にして栞に使っている。

 後から職員の人が、お父さんに呼ばれて海外へ行ったって教えてくれたっけ。



「どうして今、こんな田舎に? おばあちゃんちに遊びに、とか?」

「いや。博多をぶらって歩いてたら、昔遊んでくれたお姉さんを見かけて。その人を追いかけたら、ここに」



 ふーん、そうかあ。

 私も、今日博多から里帰りしてきたところなんだよね。



「ホントは、十年前にもこっちに来たんだけど。その人福岡の大学に行ってしまって、会えず仕舞いだったんだ。もう諦めてたところだったから、会えた時嬉しくて。初恋だったから」

「あー、この辺、大学ないからなあ」



 かくゆう私も福岡の大学行ったしね。高校の時の友達は、ほとんどすぐ就職組だったからなあ。

 しかし十年前っていうと……外見年齢からして当時十歳ってところ? ロシアから会いに来るなんて、すごいなあ。よっぽど特別だったんだなあ、そのお姉さん。初恋をそこまで覚えていられるなんて、そうそうないぞ。



「で、乗っている途中、何度か手を振ったり、声を掛けてみたんだけど。全然気づいてくれなくて」

「えー、そりゃ、酷い」



 こんな立派に成長したイケメンに気づかないなんて。そりゃないよ、そのお姉さん。

 そう言うと、だろ? とどこか呆れたような返事が返ってくる。



「あんまり気づいてくれないものだから痺れ切らして、触って気づいてもらおうとしたんだ。でも人によっちゃ、肩に触れられたくない人もいるじゃん? チカンって思われたくないし。だから一番安全そうな手に触ったんだけど、現在何故かそのまま手を繋ぐ羽目になってる」


 ん? 

 ……んんん?



 私は彼の顔を見る。

 彼は真顔のまま、視線を下した。

 私と彼の間にあるもの。お互い繋いだ手。



「………………私?」うっかり握った手を上げる。

「他に誰がいるのさ」ため息がちに彼は言った。




 え? つーことは、……どういうこと?

 困惑する私に追い打ちかけるように、彼は続けた。



「……やっぱり、お姉さん忘れちゃったんだ。絶対会いに行くって、約束したのに」


 しょんぼりとした顔で、イケメン君は俯く。

 どことなく、頭部に三角の耳があってへしゃげてるように見えるんだけど。あれ、ザキトワ選手が飼っている犬って名前なんだっけ? と、どうでもいいことを考えるのは現実逃避ですね、はい。

 さすがの私もわかった。この子は、思い出のあの子だって。

 でも、信じられない。

 確かにあの子がスカートを履くことはなかった。でも、でも!


「う、嘘よ……」


 私は否定した。あまりのショックに、声が震えている。

 だって……だって……。








「『ルカ』ちゃんってかわいい名前が、男の子⁉」

「ロシアじゃ男性名だよッ!!」








 同時に叫んだ時、電車の扉が音を立てて開いた。



         ◆



 後で「あーあ、あんなに女の子みたいにかわいかったのに、どーして今こんな顔強張ってんのかなー、全然違うじゃん」と言うと、「成長と、ロシアの冷気で顔が凍ったせいだと思う」と返され。

「そもそも今まで俺のこと女だと思ってたわけ?」と、からかわれる羽目になる。

 以来私は、その後なんやかんやあって出来た年下の恋人から、終点まで三分前の出来事を揶揄されるたび、「大体ロシアのせい」と呟くことにした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

終点まであと三分 肥前ロンズ@仮ラベルのためX留守 @misora2222

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ