ラスト3分の攻防

秋月創苑

本編

「…ここまで言えば、もうお分かりでしょう?」


「生憎と偏差値は低くてね。君が何を言ってるのか、よく分からないんだが。」


「…仕方ありませんね。

 では、はっきり言いましょう。

 一連の事件……犯人は、貴方です。」

 トレンチコートに身を包んだ軽薄そうな表情の男が、口角を上げながらそう俺に言った。

 勿体ぶったセリフといい、その顔は自信に満ちており、反論する気も失せてしまう。


「そうか。……ここまでか…。

 あいつを地獄に突き落とすには、あと一手足りなかったようだな…」

 俺は力を失った腕をだらりと下げ、屋上から見える空に視線を泳がせた。


 …………

 

「はい、カーット!」


****


 俺は帰宅部期待のエース。何人たりとも、俺の帰宅を妨げられなどしない。

 だというのに俺は、学校の屋上にしょっちゅういる。

 普通許可無く入れる場所でもないし、入って嬉しい場所でも無い。


「俺さぁ、子供の頃からミステリーが大好きでさぁ。

 ラストのどんでん返しとか痺れるよなぁ。」


「はぁ。」

 クラスメートの馬場がホチキスで纏めた自家製の台本を片手に、俺に向けて語り出した。


「お前がミステリー大好きっ子なのは分かったから、早く撤収しようぜ。」

 先日体育のプール開きも行われ、夏が本格的に始まろうというこの季節、夕方とはいえ紫外線など御免被りたい。


「いやいや。ミステリーのラスト3分は、大事でしょ。」

 一向に映画研究部部長である馬場は動こうとしない。

 それどころか、夕日に染まる町並みを眺めて何やらアンニュイな表情を浮かべている。


 これは、いけない。

 実によろしくない予感がホールドオンミー。

 こういう時はさっさと逃げるに限る。


「俺、帰ってブーゲンビリアに水やらないといけないんだった。


「まぁお待ちよ、ブーゲンビリアの人。」


「誰がブーゲンビリアの人だよ。」


「ミステリーに最も大事なラスト3分。

 ……本当にこんな結末でいいのかい?」

 うわぁ。キメ顔で言ってる、こいつ…。


「良いも何も、お前の脚本だろう!?」


「いいか、はっきり言っておくぞ?

 …映画は現場で動く物なんだ。

 会議室なんてお呼びじゃないんだよ!」


「知らん!」


「生ものなんですよ?

 映画は、生ものなんですよ?

 もっと優しくしてよ!」

 誰の言葉なんだよ。

 だがしかし、刑事役の映画研究部兼演劇部の男が我が意を得たり、と言わんばかりに馬場の顔を見つめうんうんと頷いている。

 …付き合ってられない。


「そもそも俺、映研の人間じゃ無いのにな。

 なんで毎回こんな面倒な事に巻き込まれるんだろうな。」

 俺はうんざりして言ってみるが、もちろん誰一人同情などしてくれない。

 出番の終わった女生徒A、Bはお互いに持ってるチョコを分け合って品評会に忙しいし、カメラマンの後輩君はスマホをしきりにタップしてる。

 5人しかいない映画研究部に助っ人として付き合わされている俺が、最も真面目にやってる気がするのは勘違いなのだろうか。


「ようやく本入部する気になったのか!」


「違う。仮入部すらしてないからな!?」


「焦らしすぎはかえって良くないぞ?」


「焦らして無いんだよなぁ、これが!」


 とは言った物の。

 このままでは埒が明かないというのも、すでによく知っている。

 仕方なく、俺は話を進める事にする。


「…で?

 結末が気に入らないのは分かったから、どうするのか教えてくれ。」


「…それなんだけどさぁ。

 どうしようか?」

 もういい。帰る。何が何でも帰る。


「分かった。文句は今度まとめて言うから。

 とりあえず、どうするか決まってから撮り直そう。今日は帰るからな。」


「いや、その前に皆の意見も聞いてみよう。」

 あの、俺の意見は……?


「えー。別に今ので良くないー?」

 そう言うのは女生徒B。

 いいぞ、よく言った。

 緩いパーマを指でクルクルしながら言ってる姿は、お前何しに来てんだと言いたくもなるが、今はそれで正解だ。

 キューティクル万歳!


「衝撃のラストが欲しいんでしょ?

 こういうのは、どう?」

 反対に女生徒Aは楽しそうだ。

 意外とやる気勢らしい。

 そういえば以前ゾンビ物の撮影時に手加減抜きの蹴りを入れてきたのもこの子だった。

 あれは情熱の結果だったんだな。

 俺、けっこう凹んでたんだけど、誤解が解けて良かった。

 上履きの跡後が完璧に制服のスラックスに残ったのもやむなしだな!


「犯人が追い詰められてー、刑事を殺しちゃうの。」

 ……何そのB級映画。

 いや、高校生の自主制作映画なら案外そんなモンなのか?

「でえー、刑事の地縛霊が復讐するの!」


「うーん……」

 馬場は顎に手を当てて思案している。

 ちょっとだけ心動いてますよ!?


「やはり爆発では?」

 おい、演劇部。

 思った事をそのまま口にするの、良くないと思うよ?


「ラスト3分っすよね?

 刑事がカップラーメンにお湯を注いで、出来上がるまでに推理を披露して解決する、ってどうです?」

 煮詰まりそうに見えた場に、カメラマンの後輩の言葉が響いた。


 ――お前もか……


「いやいや、それコント…」


「それだーっ!!」


 ――ええー……


****


「そうか。……ここまでか…。

 あいつを地獄に突き落とすには、あと一手足りなかったようだな…」


 ズル、ズルルル……!


「私はね、あいつの本当の兄のつもりで面倒を見てきたんだよ。」


 ズルッ、ズゾゾゾゾ……


「なのに、いつの間にか私の婚約者を誘惑して…」


 はふっ、はふっ、ズルズル…


「私の両親が残した財産までも…」


 ズゾゾゾゾ、ズルッ――


「……どこで間違えたんだろうなぁ……」


「まだやり直せるさ。

 これから(ゲフッ)、充分。」

 若い刑事が俺の肩に手を置いて夕日を眺める。

 俺の瞳からは熱い涙が…

 あぁ、本当に涙が溢れてきた。


 

 後日編集された完成版には、最初のテイクが使われていた事も伝えておこうと思う。

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ラスト3分の攻防 秋月創苑 @nobueasy

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