朝顔の種
目の前で彼女が、カップラーメンへとお湯を注いだ。どこからヤカンを持って来たのか、どうしてここでカップラーメンを食べようと思ったのか。そもそも、何故この時間にカップラーメンを食べようと思ったのか。その他数件を疑問に思ったが、彼女が俺を相手にして素直に答えてくれるわけもないだろうと、口を噤んだ。彼女はスマートフォンを数回タップした後、こちらへと画面を突き出す。画面上には、3分のタイマーがセットされていた。既にスタートボタンは押されており、刻々と時間は過ぎていく。
彼女は、なんでもないように言った。
「3分。私を楽しませる話をして」
「3分か。文章だと、大体1500字くらいだね」
「知らないわよ。とにかくこのラーメンが出来るまでの間、時間を潰せたらいいの」
「スマートフォンでゲームでもやっていればいいじゃないか」
彼女のこちらを睨む視線が鋭くなった。
「どうしていつもは頼んでもないのに耳元で延々と喋り続けるのに、こういう時は喋ってくれないの?」
「天邪鬼だからね。需要があると分かると、供給を控えてしまうのさ」
「それ、すごい迷惑。いいからほら、なんでもいいからさっさと喋りなさいよ」
「こうやって喋っている間にも、時間は過ぎていっているじゃないか。君が俺になにかを話したっていい。好きなもののことだとか、嫌いな人のことだとか」
「嫌よ。なんであんたみたいな奴に、自分のことを話さないとならないの? 大体、何よその話のチョイス。弱味握る気満々じゃない」
「君の弱味なんて、興味がないよ。握ったところで、使えやしない。君のことが知りたいだけなんだ」
「後半の言葉の嘘臭さったらないわ。あんたなら、どんな情報だって使えるでしょうに」
「おやぁ? 君は俺のことを、随分と評価してくれているんだね。これは非常に喜ばしいことだよ」
「朝顔の種」
彼女の言葉に、込み上げていた笑いが一瞬で引っ込んでしまった。露骨な表情の硬化はよくないと分かっていながらも、彼女の口から出てきた言葉に思わず真顔になってしまう。
「私のようなつまはじき者にも、話が届くくらいよ。学校中で、知らない人はいないんじゃないかしら」
ピピピピピ。小気味好い音が鳴り始める。もう3分経ったらしい。彼女がタイマーを止め、カップラーメンの蓋を開けた。先程から微かに漂っていた良い匂いが、より広がる。
「いただきます」
「……育ちがいいね?」
「そんなこと、初めて言われたわ。帰ったら親に感謝しないと」
箸を割り、麺を食べ始めた。育ちが良い彼女は、食事中に会話をしないだろうか。しないならばいいなと思いながら、小さく呟く。
「君には、知られたくなかったんだけどなぁ……」
しかし、そうはいかないらしい。彼女は箸を一旦置き、口を開いた。
「別に、どうも思わないわよ。そのくらいやってそうだなって想像が、現実になっただけだもの」
「本当に? 引いてない?」
「あの話を聞いて、引くなって方が難しいのだけど?」
「それもそうか」
「そもそも私は、あんたのことをラーメンタイマーくらいにしか思ってないわ」
「生活必需品?」
「無くたって代用できるってことよ」
「それは、ありがたいことだ」
急いで駆けつけて君の手を握るとまだ少し温かい 城崎 @kaito8
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