君を殺す罪
昼休み終了のチャイムが鳴っているのを気にせず、階段を悠々と歩き進める。半開きになっている扉を見て、思わず口元が緩んだ。そこに彼女がいると確信した俺は、扉の先を目指して歩みを続ける。風が少し冷たいが、致し方ない。ドアノブに手をかけ、屋上へと出た。半開きだった扉を、音が鳴るまでしっかり閉める。
予想通り、目的の彼女はフェンスへともたれかかっていた。
「やぁ」
声をかけると、スマートフォンを触っていた手が一瞬だけ止まる。けれどすぐに、軽快な指さばきへと戻った。こちらへと目線も向けないまま、嫌そうな表情を浮かべる。
「もう来ないでって言ったじゃない」
「天邪鬼だからかな。来るなって言われると来たくなっちゃうんだよね」
そのまま彼女の隣へもたれかかろうとすると、彼女はこちらとは逆の方へと行き距離をとってきた。このまま彼女の方へと進んで行き、追い詰めようとも考えたが、まだ5限目は始まったばかりなのでやめておく。彼女とは違い、手持ち無沙汰な自分に出来る暇潰しは彼女との会話だけだ。それを失うわけにはいかない。
「授業、始まってるけど?」
「君がそれを言うのかい?」
声を立てて笑えば、ようやく彼女の視線が持ち上がった。黒い目が、俺の方を見つめて来る。
「この空間では私以外、誰も言ってはくれないでしょう?」
「そうだね。君はやっぱり優しいよ」
「馬鹿みたい」
そう言うと彼女は視線を落として、一際大きく画面をタップした。カツンと、爪と液晶がぶつかる音が鳴る。かと思えば舌打ちをしながら上へとスワイプすると、スマートフォンを乱暴に胸ポケットへとしまった。彼女のジトッとした目が、こちらを見つめる。
「あなたのせいで、ゲームのランキングトップから陥落したじゃない。責任を取って、私の気分を落ち着かせるくらい面白い話をして」
「あれは俺が小学4年生だった頃かな」
「やっぱりやめて。あなたのことは、知りたくないから」
「どうして?」
「なんとなく」
「俺のことを知れば知るほど好きになっちゃうから?」
バカバカしいとでも言いたげに、彼女は深いふかいため息を吐き出す。本当にバカバカしい。そんなことはないと分かっているからこそ、彼女の目を見つめたまま彼女へと近づいた。
「俺は、別に構わないけど?」
彼女の長くて美しい髪の毛を手に取る。今度の彼女は、遠ざからなかった。ただ、鋭い視線をこちらへと向けてくるのみ。彼女の瞳に映る俺は、ひどく楽しそうな表情をしていた。あぁ、とても楽しい。
「しょうがない。俺の友達の友達から聞いた話でもしてあげよう」
ポケットから彼女のために持ち歩いている櫛を取り出し、彼女の髪を梳かす。彼女の髪はいつも綺麗で整えられているので、これはもはや娯楽の一種だ。
「それは創作って解釈してもいいってことね?」
「実話さ。ただ、認識に誤差があるだけで」
「はいはい。そこはもうどうでもいいから、もったいぶらないで早く話しなさいよ」
わざとらしく肩を竦めてみるも、彼女はそんなことを気にしてはくれない。早くと急かす言葉が続いたので、俺は口を開いた。
「それは今日みたいに雲が空を覆い、肌寒い風が吹く季節だったらしい」
「そんな気候を記憶しているだなんて、そのトモダチとやらは随分と陰湿なのね」
「まぁ、否定はしないよ」
「あら、意外ね。てっきり否定すると思ったわ」
「目の前にいるならともかく、今のここには君と俺しかいないからどうでもいいのさ。続けるよ?」
「ん」
「友達はその日、1人で家にいたらしいんだ」
「待って。その話ってもしかして怖いの?」
「うーん、人によるかな。おや。もしかして君は、怖い話が苦手だったのかい?」
「悪い?」
「いや、別に。俺だって、幽霊は怖いしね」
「あら、あんたに怖いものがあるなんて驚きだわ」
「俺をなんだと思っているのさ?」
「変人」
「お、意外にもまだ人ではあるんだね?」
「あんただって人間だから、ここから落とせば死ぬでしょ」
彼女はそう言って、フェンスの向こうを指差した。向こうには空気があり風があり、その下にはかたいグラウンドがある。
「さぁ、どうだろう。この高さだからな。落ちたって生きてはいるんじゃないか?」
「死ねないの」
震えるような声で、彼女はそう呟いた。問うような口調だったが、それは自分に問っているのか俺に問っているのか分からない。
「死にたいのかい?」
「えぇ。とっても」
「俺は、君を殺す罪を背負って生きたっていいよ」
俺の軽々しい口調で、どこまでの感情が彼女に届くだろうか。本心だと直接口にしたところで、いや、したとしたのならば尚更、彼女はその言葉を信用しないだろう。別にそれでいい。
「あなたは、私を殺すことを罪だとも思わないでしょうに?」
「はは、そうかもしれない」
彼女はまた、死ぬ場所を探すために死期を延期するだろう。そろそろ学校から出て、どこかのビルにでも行くかもしれない。そうなると探すのが億劫だなと、客観的に思った。
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