5限目の屋上

昼休み終了のチャイムが鳴っているのを気にせず、階段を悠々と歩き進める。半開きになっている扉を見て、思わず口元が緩んだ。そこに彼女がいると確信した俺は、扉の先を目指して歩みを続ける。チャイムが鳴り止んだ。風の音が、微かに聞こえる。日差しはあるのに風が吹いているせいで少し冷たいが、致し方ない。ドアノブに手をかけ、屋上へと出た。半開きだった扉を、音が鳴るまでしっかり閉める。

予想通り、目的の彼女はフェンスへともたれかかっていた。

「やぁ」

声をかけると、スマートフォンを触っていた手が一瞬だけ止まる。けれどすぐに、軽快な指さばきへと戻った。こちらへと目線も向けないまま、嫌そうな表情を浮かべる。

「もう来ないでって言ったじゃない」

「天邪鬼だからかな。来るなって言われると来たくなっちゃうんだよね」

そのまま彼女の隣へもたれかかろうとすると、彼女はこちらとは逆の方へと行き距離をとってきた。このまま彼女の方へと進んで行き、壁際へと追い詰めようとも考えたが、まだ5限目は始まったばかりなのでやめておく。彼女とは違い、手持ち無沙汰な自分に出来る暇潰しは彼女との会話だけだ。それを失うわけにはいかない。

「授業、始まってるけど?」

「君がそれを言うのかい?」

声を立てて笑えば、ようやく彼女の視線が持ち上がった。彼女のジトッとした目が、俺を見つめる。

「この空間では私以外、誰も言ってはくれないでしょう?」

「そうだね。君はやっぱり優しいよ」

「馬鹿みたい」

そう言うと彼女は視線を落として、一際大きく画面をタップした。カツンと音が響く。かと思えば舌打ちをしながら上へとスワイプすると、スマートフォンを乱暴に胸ポケットへとしまった。彼女の黒い目が、こちらを睨みつける。

「あなたのせいで、パズルゲームのランキングトップから陥落した。責任を取って、私の気分を落ち着かせるくらい面白い話をして」

「あれは、俺が小学4年生だった頃かな」

「そういう話はやめて。あなたのことは、知りたくないから」

「どうして?」

「なんとなく」

「俺のことを、知れば知るほど好きになっちゃうから?」

「それはない」

「そう。それなら、話してもいいかい? 自分語りっていうのは、案外楽しいからね」

「私は私の気分を落ち着かせろと言ったんだけど、聞こえなかったの?」

苛立った声に、まぁまぁと落ち着くように促す。けれどそれは逆効果だったらしく、俺を見る彼女の視線の視線の鋭さが増した。やれやれと、肩を竦める。

「これは推測なんだけど、君は多分、俺といる限り気分が落ち着く事がないんじゃないかな?」

「そうだよ。だからもう来るなって言ったわけ」

「否定しないんだ? それなら言うけれど、君は本当は、俺にここにいて欲しいんじゃないかな?」

「……何が言いたいの?」

「君は俺のことが気になっている。その気になっている感情が何か分からないから、俺を見て苛ついているんだ」

痛いところを突かれたように、彼女の表情が歪んだ。

「ちなみにあけすけもなく言ってしまうけれど、その感情は恋だ」

ゆっくりと、彼女へと歩みを進める。

「あなた相手に、そんな純粋な感情を抱くと思う?」

「俺も不思議だ。けれど、分からなくはない。君は君が思っている以上に、純粋なんだ」

彼女は遠ざかることなく、その場で立ち竦んでいた。呆然とした後、頬が赤く染まっていく。この場合の照れる箇所は『純粋』だろうか。

「あなたは、それでいいの?」

「俺は、別に構わないけど?」

彼女の長くて美しい髪の毛を手に取る。そのままキスでもしようかと思ったけれど、瞬間、風が吹き彼女の髪を俺の手から奪い取った。

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