父の背中にはチャックが付いている
椎名富比路@ツクールゲーム原案コン大賞
光の巨人
父の背中には、チャックが付いている。
「あー、あの巨人、背中にチャック見えた!」
「飛ぶときピアノ線で吊ってるじゃん」
「うーん、CGショボいねー」
TVの向こうで、光輝く国からきた巨人が、火を噴いて街を焼く怪獣と戦っている。
ガキの頃、光の巨人はみんなのヒーローだった。
しかし、成長していくにつれ、アラを探す奴らも増える。
一緒になって見ているオレは、ただ見るしかない。黙って正座しながら。
「あの中には、父ちゃんが入っているんだ!」
どれだけ、オレはそう言いたかったか。
こいつらに、父がどれだけ偉大かを伝えたかった。
父の職業を、家族間以外で語るのは禁止されていた。
スーツアクターだとバレると、周囲から「芸能人のサインもらって来い」だの、「スタジオ見学させろ」だのと要求される恐れがあったからだ。
オレは、父を誇らしく思う。
ここまで育ててくれたんだから。
周りがバカにしても、オレは父に味方した。
太い腕で殴られ、ビルに激突した。
怪獣が巨人をストンピングする。
だが、巨人は怪獣の足を掴み、逆に投げ飛ばす。
バカにしていた奴らも、最終的にはTVの前で手に汗握っている。
巨人の必殺技を浴びて、怪獣が爆発した。
「やったー!」
オレも、友達に交じって「ワー、やったー」っと叫ぶ。
そのたびに、オレは爽快になった。
父の入っている巨人の番組は、40年前から放送されている変身ヒーローシリーズの最新作だ。
「エネルギー消費が激しいため、三分しか地球上にはいられない」
という設定がある。
コスチュームはだんだんと洗練されていき、今ではスマートなフォルムになっている。
オレも誇らしい。自慢の父ちゃんだ。
次回で最終回。
父があの巨人のスーツを着るのも、これで終わりだという。
なのに、不幸は突然訪れる。
それは、オレが見学させてもらったときに起きた。
巨人に入っていた父が、高所から転落したのだ。
ラストバトルの途中、ピアノ線が切れたのである。
そのせいで、父は背中から勢いよく、地面に激突してしまった。
父を誘導したスタッフさんが、メガホンを持った人に怒鳴られている。
父の側に集まる仲間たち。
その誰もが、絶望的な眼差しで父を見ていた。
もう無理だ。代役を。
そんな言葉さえ聞こえてきて。
「俺にやらせてください!」
父は、手をあげた。まだやれると。
「できるのか? 病院に行った方が」
監督さんが、父に呼びかける。
「子どもたちが、待っているんです。最後まで俺が入らないと」
もぞもぞと起き上がりながら、父がオレを見た。
父は知っているのだ。
自分の仕事を、オレの友達が悪く言っていることを。
もし、父じゃない人に中身が変わったら、見る人にすぐ伝わってしまうだろう。
そう考えたのである。
なぜだ? 自分の身が一番大切なのに、オレのことを心配して。
父が立ち上がる。
痛みを堪えているのが、オレにも分かった。
やめて欲しい。でも、言えなかった。
あんな楽しそうな父を見てしまったら。
「父ちゃん!」
いてもたってもいられず、オレは父に向かって叫んだ。
「三分で終わらせてくるからな」
そう言って、父はスーツのマスクを被った。
再び、監督さんがメガホンを取る。
父の、最後の三分間が始まった。
◇ * ◇ * ◇ * ◇
あれから、父はスーツアクターを引退した。
痛む背中をおして撮影したため、無理がたたってしまったのである。
現役を退いたが、それでもオレにとっては立派な父親だ。
あの時の父は、間違いなく輝いていた。
現在は、後輩を育成する側に回っている。
訓練するメンバーの中に、オレも混じっていた。
オレが着るのは、輝く巨人シリーズの最新作である。
今度はオレが、誰かの「輝く三分間」になる番だ。
(終わり)
父の背中にはチャックが付いている 椎名富比路@ツクールゲーム原案コン大賞 @meshitero2
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