ふたりぼっちのVRMMO
梧桐 彰
ふたりぼっちのVRMMO
バーチャルリアリティ空間に飛び込んで、そよ風が吹く草原に着地。僕の横に、愛用の長い長い槍が浮かんでいる。
マスター・オブ・ハンドウェポン。それがこのゲームのタイトルだ。視覚聴覚だけでなく、痛み以外の触覚や質感もばっちり再現できる、いわゆるVRMMO。本人は部屋の中にいるのに走ったり跳んだりできる、プレイヤー同士の対戦型ゲームだ。
そして目の前に、僕と同じサイズのめちゃくちゃに長い槍。その隣にちっちゃな美少女。今日もラクシュだけがログオンしていた。
「ラクシュミー・シャンディラ。決闘を申し込む」
「サク・キサラズ。このあたしを相手に選ぶとは、見どころがあるわね」
彼女はいつもと同じ、オレンジと黄色のサリーを身に着けていた。僕は和服。このゲームは自分の容姿をそのまま使うけれど、服は好きなのを選べる。彼女も普段は洋服らしい。
「なに格好つけてるのさ。ゲームで」
「そっちこそ。って言ってほしいんでしょ?」
お互いにふふっと笑う。
僕は18歳。来年からは大学へ進学する。インド人のラクシュは同じ年だけだけどもう大学生。2人は違う言葉で話しているけど、人工知能翻訳のおかげで、ほとんど遅延なしの会話ができる。
「今日で終わりだね」
「面白かったのにね。このゲーム」
言いながら、ラクシュが槍の穂先を空へ向けて振った。
「面白いって言ってるの、僕たちだけだよ」
「まあねー。じゃ、ラストバトル行く? あと2分。1回だけだけど」
「いいよ。でもお気の毒。僕は50勝、ラクシュは49勝。僕の負けでも勝ち越せないね」
「やなヤツー。記念の100戦目に負けて、残念な気分で引退するといいよ」
2人でもう一度笑って、距離をとってからお互いの槍を前に出した。その先端をカチリと鳴らすのが開始の合図だ。同時に、宙に試合時間を示す巨大な時計が現れた。
「いくぞ、ラクシュ」
「来い、サク!」
あと2分。あともう少しで、このゲームは終わる。引退するのは僕たちの意志じゃなくて、ユーザーが少なすぎてサービス終了になるからだ。開始からたった1年しかもたなかった。理由は簡単で、これはとてもつまらない過疎ゲーなんである。
このVRMMOはリアルのスポーツに近くて、仮想空間だけどリアル身体の能力を駆使して戦うようにできている。武器はナイフとか剣とか盾とか槍とか薙刀とかの、手持ちの武器だけ。弓や銃や手裏剣はナシ。もともとは武器の異種格闘技を作るのが目的で、ケガのない新しい格闘技にしたかったみたいだ。始まるまではeスポーツとスポーツの融合とかで、一部では話題になっていた。
そこまで聞けば、まあ面白そうかなと思う人も結構いるだろう。
ところがリアルに近づけすぎたせいで、このゲームは開始数週間で、調整が絶望的になった。槍が強すぎたのだ。
僕も始めてから知ったけれど、リアル準拠にすると、1対1なら手に持つ武器は長いほど強い。『懐に入れば』だの『盾で受けてしまえば』だのそれなりに思いつくかもしれないけど、近接戦でもたぐり寄せて刺すことはできるし、連続で突けばなかなか受けられない。しかも設定で、槍より長い武器は作れない。
僕がこのゲームを始めた去年の5月には、すでにみんな、槍に勝てそうにないって気がつき始めていた。チャットの話題といえば槍がチートすぎる話ばっかり。気にしてないのは僕くらいだ。受験勉強の合間、1日1回だけ体操がわりに体を動かすのが目的だったから、このゲームでよかったのだ。
ログイン時間が限られるからトップ狙いはとっくに諦めていたし、背景とかアバターの衣装デザインとかは悪くないから気楽に楽しめた。しかも偶然最初に槍を選んだからそこそこ勝てたし、もらったボーナスでその槍をどんどん長くしたら、それだけの理由で強くなった。スポーツ大嫌いな僕が始めて勝てた競技だった。
夏休みに入ると少しだけユーザーは増えたけど、それでもやっぱり槍は最強だった。二刀、大盾と片手長剣、投網と手槍、この3種類が比較的食らいついたけれど、やがてそれも消えていった。最後に残った投網を相手した時も圧勝だった。
「離脱します。槍ゲーとかマジ勘弁」
捨て台詞を残すと、そいつは武器を投げ捨ててログアウトした。
そのあたりでもうユーザーはいないようなものだった。大人数戦とか手裏剣導入のプランもあったけど、それが実装されるより前に撤退が決まった。似たようなゲームでもっと面白いのがたくさん出てきていたのが理由だった。
そして秋に入るころ。夕方6時のユーザーは、僕以外にはたった一人だけになっていた。それがラクシュだ。
初めて会ったとき、僕たちはお互いに身長よりはるかに長い、ギャグみたいにひょろっと長い槍を持って向かい合った。
「残ってる人、やっぱこうなるよねー」
真っ白い健康そうな歯を見せて笑顔。独特な民族衣装。小柄な小動物系の見た目なのに、形のいい胸をはって堂々とした態度。頭はよさそうだけど冗談も通じそう。槍の柄で軽く地面を突いた姿へ、僕は珍しく、自分から声をかけた。
「槍同士だけど、勝負いいかな?」
「いーんじゃない? ほかに相手もいないし。来なよ、イケメンメガネ君」
これが僕たちの最初の会話だった。
それから毎日、僕は彼女に会いにいった。ラクシュミー・シャンディラという彼女の名前は本名で、インド共和国テランガーナ州ハイデラバードという、一度も聞いたことのない街の生まれだった。彼女も槍を選んだのは偶然だって自己紹介した。
あの時から今日まで、遠く遠くに間をとって、長い長い槍をぶつけ合うゲームももうすぐ100回。その間に長さはリミットまで伸ばしてどっちも5メートル。歴史の教科書で見たスイス軍の傭兵みたいになっていた。
「ほいっと!」
「おうっ」
やたらにしならせて相手の背中を狙う戦術とか、地面にぶつけて跳ね返らせながら胴体を狙う方法とか、僕たちの中にはもうかなりのノウハウがたまっていた。片方が変な方法で勝つと、次は相手がその方法を使ってくる。それをさらに上回る新しい方法を探す。いつのまにか、この槍だけゲーの達人みたいになっていた。
今日はラクシュが鞭みたいに柄をしならせ、らせんを描いて手首を狙うテクニックを使ってきた。慌てて両手をひっこめる。
「あっぶな!」
「ちぇっ、やるな?」
リアルと違って腕力は求められないから、変な技も派手な技も編み出せる。もう僕らの対戦は槍と槍が作る、あやとりみたいな不思議な遊びに発展していた。
もうすぐこのゲームが終わる。ラクシュと会えなくなる。国も違うし、これで最後かもしれない。メアドも電話も聞いていない。受験で忙しかったのは確かだけど、突然、もうちょっとだけ話をしたかったと思い始めていた。あと1分で終わりなんだ。なんかものすごくもったいない気がした。
「ラクシュ! 僕さ!」
残り30秒で、思わず声を出した。
ところが、それをさえぎってラクシュも大声を出した。
「ね、サク! あたしの最後の切り札いくよ!」
大声で突然、そんなことを言ってきた。まだ新技を考えてたのか。ぐっと構えなおして腰を落とした。あと15秒。
「切り札?」
「うん。一回しか使えないヤツ!」
そんなのあったかな。チートどころか特殊スキルもないゲームなのに。
「あたし4月から留学するんだ。東都大に!」
「えっ?」
僕が合格した大学だ。
「スキあり! 作戦成功!」
ラクシュの槍が僕の心臓に命中した。勝利判定の花火がラクシュの上にドンと鳴って、直後に真っ暗になった。
リアル世界に引き戻されて、僕はヘルメットみたいなデバイスを外した。目の前に勉強机。胸には刺された感覚。でも痛みじゃない。かーっと体が赤くなってくる。4月になったら、彼女に会えるんだ。
サク対ラクシュ。戦績、100戦50勝50敗。ラストバトルは僕のハートのど真ん中を貫く、文句なしの完敗だった。
【了】
ふたりぼっちのVRMMO 梧桐 彰 @neo_logic
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