打上花火 「KAC6」
薮坂
牡丹花火
「あっつー……」
8月中旬。めちゃくちゃ暑い真昼間。扇風機の前に陣取っていても暑い。そりゃそうだ、扇風機が運んでくる風は生温い風。風に当たると少しは涼しく感じるけれど、周囲がこんなに暑いのだから仕方ない。
とある離島という辺鄙なところに住む私は、とにかくこの暑さに辟易していた。海風が湿った空気を運んできて、不快指数が上がりっぱなし。なぜ私の家族はこんなところに住んでいるのだろう。
冷蔵庫のライムソーダを飲もうとした時、そこに貼っていたカレンダを何となく見てみると。今日が街の花火大会の日だと言うことに気がついた。
街と言ってもそこまで都会じゃない。よくある地方都市、よりもかなりランクが下がる街だ。でも、この街の花火大会は結構気合いが入ってる。
去年からこの島に住みだして、その夏の花火大会を初めて見に行ったけど。とても鮮やかで迫力のある花火だった。
今年も見たいな。去年は独りで見たけれど、今年はアイツがいる。だからアイツを誘ってみよう。そんな流れで、私はスマホで電話をかけたみた。
クラスメイトで、なぜか高校生にもなって冒険に命をかけているアホ。完全な変わり者のワタルにだ。
「もしもし、ワタル?」
「どうしたユリ。最近よく電話をかけてくるじゃないか。そんなに冒険がしたくなったのか」
「いやそれはない。ていうかそろそろ冒険から離れろ。あたしも別に冒険好きって訳じゃないからね」
「隠さなくていい。むしろ誇っていいところだぞ」
「誇るか、アホ。あんたくらいだからね。高校生なのに冒険冒険いってるアホは」
私はワタルを一蹴してやった。いや違う、またやってしまった。ワタルをいじったり突っ込んだりするのがつい楽しくて、いつもこんなやり取りをしてしまう私。
今日は花火大会に誘いたいのだ。いや別に、ワタルに恋しているとか、そんなのでは断じてない。私はワタルを友達として気に入っている。一緒にいても全く気を遣わず済むし、アイツをいじるのは面白いし。
だからついついやってしまう。数少ない友達だから、本当は大切にしたいのだけど。
「で? 今日は何の用なんだ」
「あぁそう、それ。今日さ、街の花火大会でしょ。一緒にどうかなと思って」
「あぁ、花火大会だな。でも悪いな、珍しく先約があるんだ」
「先約?」
もしかして。最近ウワサになっている松木さんとの先約だろうか。数少ない友達のユカコがこの前、わざわざラインしてきたのだ。ワタルと松木さんが仲良く楽しそうに、どこかに出かけていたってことを。
その時は別に、大して思うことはなかった。でも。
こうしてワタル本人から「先約がある」なんて聞いてしまうと。胸が少し、ちくりと痛む。
「その、先約ってさ。もしかして松木さんと?」
「あぁ、ルコとは冒険仲間なんだ。言わなかったか? あいつクラスでは目立たないけど、なかなか面白いヤツなんだぜ」
ワタルの声色が僅かに明るくなる。返す私の言葉は、少し暗い。この気持ちに説明をつけるのは難しい。それはなんて言うか。友達が新しい物に心惹かれて、私から離れて行ってしまう。そんな喪失感。
「……そう。なら今日ワタルは、松木さんと花火大会に行くんだね」
「まぁそうなんだが、目的は花火じゃない。花火大会の日だけに現れるという、伝説の型抜き屋台。そこの、抜いたら1万円が貰える最高難度の型に挑戦しようって企画だ。去年ルコが挑んで惨敗したらしいからな、今年はリベンジだ。これもひとつの冒険だろ? なんなら、ユリも参戦するか?」
ワタルは純粋に、私を誘ってくれている。それは間違いないと思う。一緒に楽しもうと、誘ってくれている。
でも。私はそれに「うん」とは言えない。私はワタルみたいにそこまで鈍感じゃない。
松木さんがどういう気持ちでワタルを誘ったのか、わからないけれど。それは好意の気持ちであるに決まっているのだから。
「あたしは、パスするよ。松木さんに悪いし」
「ルコはそんなの気にしないぞ」
「あたしが気にするのよ。とにかく、楽しんでね」
「おいユリ、まだ話は、」
話の途中で電話を切る。そしてそのままスマホの電源も切ってしまった。そこまですることはない、とも思う。
だけど。ワタルからの折り返しの電話が、もしなかったら。私は立ち直れないかも知れない。そう思ったから。
スマホの電源が入っていなければ、特にすることもない。どうしようか、花火大会。ひとりで見るのは寂しい。でも、花火は花火だ。1人で見ようが2人で見ようが、美しいのに変わりはない。
今日は、花火大会のお陰で臨時の渡船が出ているはず。ちらりと時計を確認してみると、まだ余裕で間に合う時間帯。
私はシャワーを浴びることにした。
まずはさっぱりしよう。話はそれからだ。
──────
この街に、どれだけの人が住んでいたのか。そんなことを思うほど、花火大会の会場には人が溢れていた。他市や他県から来ている人も多いのかも知れない。それくらいに賑わいを見せる、この会場。
私はその人いきれの中、慣れない下駄を鳴らせて歩いていた。もちろんひとりで。それも浴衣なんて着て。結局、私は花火を見に来てしまったのだ。
浴衣に着替えて渡船に乗るまでは、後悔なんてしなかった。だけど、こっちに来てみて思ったのは、やっぱり花火は誰かと見るものだという当たり前の考え。
家族連れ、友達連れ、恋人連れ。当たり前のようにみんな、誰かと楽しそうに歩いている。
ひとりなのは私だけ。実際にはそうじゃないのだろうけど、そう思ってしまうほどに寂しかった。こんなに人が溢れているのに。
あまりに人が多いから、私は会場となっている公園の人気のないエリアで休憩をした。ベンチに座り、屋台で買った大して美味しくもないフランクフルトを齧りながら、さっき金魚すくいで取ってきた金魚を眺める。
金魚は口をパクパクさせて、何か言いたげ。もしかしたら私のことを心配してくれているのかも知れない。袋の中でゆらゆら揺られる金魚を見て、私は金魚を羨ましく思う。
だって水の中なら、わからないから。
こうして泣いていたとしても。
──────
お腹に響くような低く重い音が聞こえた。夜空を見上げると、そこには大輪の花。
赤、青、黄色。緑に紫。
ぱっと光って夜空を照らして。
退き際は潔く、しゅっと消える花火。
ただただ綺麗だった。私の視線はまるで、花火に吸い込まれるよう。じっと見て思う。
やっぱりワタルと見たかったな、と。
ワタルなら花火よりも冒険だと言うだろう。でも何だかんだで、ワタルは私に付き合ってくれて、一緒に夜空を見上げてくれると思っていた。改めて考えれば、私はワタルに対して何の努力もしていない。たまたまちょっとしたことで仲良くなり、そのままの関係を維持していた、いや維持しようとすらしてなかった。維持してくれてたのはワタルの方だ。
だから私に、ワタルが私の元から去っていくことを止める権利なんてない。そもそもワタルとは恋人って訳じゃない。ただの友達なのだから。
花火の勢いが次第に増していく。ここの花火は、最後の3分間がとても有名だ。
これでもかと言うくらいに連続で打ち上がる花火。去年見た、その最後の3分間は。花火がまるで、自分の全てを注ぎ込むみたいな3分間だった。
そろそろ、その最後の3分間が始まる。
全てを注ぎ込む、たったの3分間。つまり180秒。
短い時間だからこそ、全てを注ぎ込めるのかも知れない。私にも出来るだろうか。
いや、出来る出来ないじゃない。やるんだ。
ワタルが前に言っていたこのセリフ。私はそれを思い出しながら、下駄を抱えて裸足で走り出した。
目指すのは型抜き屋台。間に合え。最後の3分間までに。
──────
それは奇跡だったのかも知れない。息を切らせて辿り着いた型抜き屋台の前。果たしてそこにワタルはいた。それもひとりでだ。
松木さんがどこにいるのかわからない。でも、そんなのは知ったことではない。手持ち無沙汰に突っ立っているワタルの手を、私は握る。離れないように、強く強く。
「ユリ?」
「行くよ、ワタル」
「おい待て、行くってどこにだよ」
「いいから!」
なされるがまま、ワタルは私に付いてきてくれた。嬉しいと感じてしまう。拒否されたらどうしようかと思っていたけれど、私も覚悟を決めたのだ。この3分間に、私の全てを注ぎ込もうと。
公園の石階段を、私は全力で登って行く。ここは去年見つけた穴場だ。メイン会場からは離れているけれど、高台で花火がとても綺麗に見える場所。
高台に辿り着いたころには、足の裏にたくさんの怪我をしていた。でも構わない。時に犠牲を払わないと、目的は達成出来ないのだから。
その時、ひときわ大きな音が鳴った。2人して夜空を見上げる。そこには大きな大きな、赤い牡丹花火。
「……綺麗な花火だね」
呼吸を整えて、私は言う。
きっと私の顔は赤い。でもそれはきっと、赤い花火に照らされたから。
「あぁ、たしかに綺麗だな」
「ワタルとこれが見たかったんだ、あたし」
「ユリ、それよりも足、大丈夫なのか。裸足で走ってただろ。それ怪我してるぞ」
「大丈夫だよ。これからの3分間を逃すよりはいい」
「あとで消毒しろよ」
「3分後にね」
それからたっぷり3分間。私とワタルは手を繋いだまま、その花火を眺めた。
いろいろ、ワタルに聞きたいことはあった。
松木さんはどこにいったのか。
ワタルは松木さんのことをどう思ってるのか。
そして、私のことはどう思ってるのか。
いろいろ聞きたい。聞かなきゃいけない。
でもそれは。
この「最後の3分間」が終わった後でいい。
打上花火 「KAC6」 薮坂 @yabusaka
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