突発恋愛事象

ゆうけん

恋と別れは突然に




 手がじんじんと痛かった。


 思いっきり殴ったから、しょうがないか……


 怒りに任せて出たのが、ビンタではなく拳だったことを思い出した。



 ~~~


「なぁ、ヤらせてくれよ」

「はぁ? なに言ってるの? あんた、もう仕事に出る時間でしょ?」


 私はうんざりした表情で彼を睨んだ。



 付き合って三ヶ月。元々、そんなに好きじゃなかったけど。成り行きで、関係をもっただけ。たまにこうして、うちに泊まりに来る。まぁ、悪い人じゃないなぁって程度だった。



 でも、次に彼が言った台詞で私は完全に恋から冷めた。


「すぐ終わるから。三分でいいんだ」

「はぁッ!? バッカじゃないの! サイテーッ!」


 擦り寄っていた彼を突き飛ばし、私の拳が顎を打ち抜く。


「ホントッ! 最低ッ! 別れましょ! 二度とうちに来ないでッ!」


 呆然と顎を押さえる彼に言い放つ。

 最低な元彼は何やらぶつくさ文句を言っているが、そんなの耳に入るわけがない。



「いい!? 合鍵は置いて出ていきなさいよ! 鍵閉めなくていいから!」


 頭に血が上っているのを感じながらマンションを出た。




 何がすぐ終わるよ。信じられない。馬鹿じゃない。なんであんな男と付き合ったのか。さっさと別れて良かった。あんな奴とダラダラ付き合ってたら時間の無駄。


 春の暖かい陽気とは裏腹に、私の感情は煮えくり返っていた。

 花粉症も気にならないと言いたいところだが、だんだん目は痒くなってくるし鼻もムズムズ。



「ふぇ~くちょんッ」

 出来るだけ小さくクシャミをした。ちょっと涙が出てくる。


 嗚呼、この涙が別れのショックなら、良かったのになぁ。

 全然、涙なんて出てこないよ。私の方こそ本当に上辺だけだったんだ。




 周囲の通勤や通学する人達と足並みを揃え、なんとなく駅に向う。

 気付くと毎日通っていた通勤時間。いつも通りに出勤している気分だった。


 人混みに紛れ悶々と考えながら歩いていたせいか、だんだん冷静になってくる。





 さて、どこへ行こう。


 せっかく仕事が休みの日なのに……。今頃、あいつは出勤してるだろうけど、うちに戻る気分ではない。


 今日は平日だからなぁ。友達もみんな仕事だろうし、どうしようかな。



 立ち止まり、ショーウィンドウのガラスに映る自分の姿を見つめた。



 背後には仕事へ向かうサラリーマン達が通り過ぎている光景が映っている。

 もう目の前が駅ということもあり、車道も歩道も混雑していた。





「おねぇさん。ちょっとお時間いいですか?」


 立ち尽くす私に声を掛けたのは、大学生風の若者だった。



「な、なんでしょうか?」

「手相の勉強をしてまして、ちょっと手相を見せてもらえませんか」


 揉み手でニヤニヤしながら若者は言った。

 手相の勉強って何?あんまり関わりたくないな……。


「え、遠慮させて頂きます」

「ホント、すぐ終わりますから。三分ぐらいで」



 その台詞を聞いた瞬間、イラッときた。

 収まっていた怒りが再沸騰する。


「嫌です」

 かなり鋭い口調で言ったつもりだが、当然相手は諦めない。


 それでも手相男はしつこく、同じようなことを言い続けた。

 さすがに怖くなった私は周囲に助けを求め、視線を向けるが誰も関わろうとしない。


 もう!ちょっといい加減にしてよッ!

 目を瞑り、そう強く願った瞬間。



「おい。やめろよ。彼女、嫌がってるだろ」



 力強い声が聞こえた。


 目を開くと、長身でスーツ姿の男性が手相男の肩に手を掛けていた。

 掴まれた男は青い顔をする。何か良い訳のような戯言を言いながら逃げ去る。その滑稽な姿を二人で見送ると、彼は私を見て少し笑った。


「大丈夫?」

 すごく優しい声。

 フワリとした短い髪が春風に揺れる。

 私よりも頭二つ分はある身長は、まさに覗き込まれている感じだった。


「あ、ありがとうございます……」

 彼を見つめながら、ただただ言葉が出た。


 けっこう、イケメン。


 視界にロックオンされた彼の後ろには、駅前の大型スクリーン。大きく7時57分と表示され、いつも乗る電車が出発するまで後3分だ。なんて、くだらない事を考えてしまうぐらい、彼に見惚れていた。


「本当に大丈夫?」

 笑顔をちょっと崩した表情も素敵だった。


「は、はい! 大丈夫です。あ、あの……とってもカッコ良かったです。本当にありがとうございます!」

 ペコリとお辞儀をしようと思ったのに、視界ロックオンのせいで体が思うように動かない。


「はは。女の子の前で、ちょっと良い格好をしたかっただけだよ」


 気障キザッ! 


 よくそんな台詞スラスラ出るわね!

 似合ってるから許すけど!気障ッ!


 そのあと彼は、私の瞳を覗き見る。


「その目……。そうか。辛かったね。頑張ったね」


 ご、ごめんなさいッ!

 涙目なのは花粉症のせいなんです!

 辛いといえば、辛いんですけど花粉症なんです!

 つーか、気障ッ!



 ……でも、かっこいい。



「あ! もう行かないと!」

「あの! いつも、この時間にここを通っているんですか?」


「うん。そうだよ。君のことは毎日、見てた」



 こわッ!毎日ッ!?

 なにそれ怖いッ!



 ……。



「じゃ、またね!」

 彼は清々しい笑顔で走っていった。




 明日からこの道で仕事行くのやめよう。


 駅の方から8時を知らせるBGMが流れるのが聞こえた。




 三分という言葉で恋が冷め、出会って三分で恋には落ちないものだ。


 そういうものだ。



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突発恋愛事象 ゆうけん @yuuken

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