成人の儀

さかした

第1話

戦火をつぶさに観察する男が、全身に鎧を纏いつつ馬を駆っていた。

行く先には、己が力をして破壊の限りを尽くした街跡があった。

こたびの戦も敵の最期の抵抗も空しく圧勝。

城下町は焼かれ、街も粉々に破壊し尽くした。

それがこの将軍の方針といえば方針であるし、

属する王国の慣習といえば慣習ともいえる。

残虐非道?言語道断?そんなことは関係ない。

自身の指揮による完膚なきまでの都市攻略に満足の笑みを浮かべる将軍。

当然、あとには人っ子一人見当たらない…はずであった。

ところが、戦火の焼け跡に一人の幼子が歩いていた。

キリっとしたいい表情だ。

この戦火を生き残るだけでなく、逃げも隠れもせぬとはな。

将軍はその幼いながらに肝の据わった態度に感嘆して、

その子を養子にすることにした。

それからというもの、毎日が鍛錬の連続である日々が始まった。

剣の稽古に始まり、弓や槍はもちろん、相撲や馬術、

夜には兵法の講釈までも受けていた。

幼子はすくすくと成長し、いつの間にやら立派な青年へと成長を遂げた。


そんなある日、その話は持ち掛けられた。

人を一人殺して、その証を示せ。

それをなさざる者は、この国の民にあらず。

さすがの青年も、その過激な通過儀礼に動揺した。

ただ友人に話しても、それはさも当然のごとく平気で話題にのぼっていたのだ。

「そうか、お前はそういえば養子だったっけ。

 厳密にはこの国の人間じゃないんだな。」

また別の友人には

「郷には郷に従え。気をつけた方が良いよ。そのしきたりをクリアしないとお前、

 いくら将軍の養子とはいえ、縁組破談で奴隷に成り下がるよ。」

という忠告まで受けた。

「では君は…、仮に誰かを殺さざるをえないとして隣人をその対象にするのか。」

はあ、とため息をつきながら隣にいた男が答えた。

「誰を…というのは決まっていないだろ?そりゃ通過儀礼ですといえば

 隣人だろうが両親だろうが可能といえば可能であるが、

 あえて自分が今まで頼っていたり、世話になった人間を選んだりは

 普通はしないよな。それにだ…。戦でのし上がったこの国には、

 こういう慣習を続けてでも日頃の自衛精神を養うという目的もある。

 いきなり襲いかかられてもそれなりに自分で自分の身を守りなさい、

 ってことだ。お前も相当な訓練を受けているんだからその点、

 身にしみて分かるはずだろうけどな。」

青年は見かけに反し、人を殺さなければならないという慣習を思うと心が晴れる日は一度もなかったが、あっという間に、問題の18歳の正月を迎えることとなった。

「いよいよ今年はお前も成人となるな。相手は決めたか?」

二人で、普段に比べれば多少賑やかな食卓を囲んでいる。

将軍は、芋のように長い肉の塊にぶすっとフォークを刺していた。

「いや、まだだ。」

青年はスープに手を出して、次にパンをつかむ。

「初めてのことだ、いつも訓練では不敵なお前でも、

 本当の殺しとなると多少不安を抱くかもしれん。」

「そうだな、そもそも人殺しを認める不条理、

 そんなもの私は認めたくはないがな。」

その言葉に食器の音が沈黙した。

「お前、発言には気をつけろ。今のは聞かなかったことにしてやるから。」

「いいや、ちゃんと聞いてほしい。私は!人殺しをしなければ大人になれないなん てルール、頑として認めるつもりはない!!」

青年が、あまりにも堂々たる態度で不遜な発言をしたため、

将軍は食卓の食器を全て腕で跳ね飛ばした。

「お前!いい加減にしろ!ここまで面倒見てやった俺の恩を

 全て無に帰すつもりか!やらなければお前はこの国の人間になれない。

 つまり奴隷に成り下が…。」

全て言い終わる前に、青年が手を食卓に向かって思いきり叩いた。

「ああ、それでも良いさ。やりたくないことはやりたくない!ただそれだけ…」

次の瞬間、将軍の平手打ちが炸裂した。青年は頬に手を当て、

「ああ。そういうことかい。なら家を出る。」

そう言い放つと、そのまま家の玄関の扉を強く締めて出ていった。

その青年の失踪からおよそ1カ月の経過後、青年は将軍にひっ捕らえられた。

理由は多額にのぼる酒代の請求書である。

この1カ月、どこをほっつき歩いているのか近所周辺を探ってみたが、

どうやら居酒屋に潜んでいたようだ。

居宅近くのバーからの酒代請求に、すぐさま将軍は捕縛命令を下した。

その命令から半日を経ずに青年が捕まったのは、

青年が結局将軍の居宅付近を離れなかったからか、

この国の制度の整備によるものかは定かではない。

とにもかくにも、将軍は最後のチャンスだと言い放って

青年を洞窟へと放り込んだ。

この中にはぶち込まれた者たちは、今までの教練での不適格者であって、

将軍の情けで今回特別に殺しの機会を与えられたというのだった。

事実上、不適格者の間引き作業ともいえる。

この中で一人でも殺して見せよ。さすれば解放すると。

これが最後の親の情けだというのである。

「将軍、あなたは洞窟の外か。自分の身が危うくなるのが怖いか。」

青年のそんな挑発に、頭に血がのぼった将軍は、

「お前、ならお前は俺が相手してやる。

 せいぜい首が落ちぬように気をつけるこった。」

と捨て台詞を放った。

将軍は指揮官として優れているだけでなく、その剣の腕前も相当なものだった。

雑兵であれば一二合で斬りさげるほどの腕前だ。

青年もあまりに将軍が強いので、いつも教練を受けていたのは近習からだった。

それでも青年は乗る気でよし、それでやろう、と述べた。

洞窟の奥の広がりではところどころ歓声と嗚咽が走っていた。

各々自ら武器を手に、あちらで斬り合ってはこちらで斬り合いの戦場である。

青年と将軍は、広い空洞の間を一望できるような洞窟内の高い丘で刃を交えた。

青年も始めの数合は互角に将軍と競り合っていたが、

しだいに形勢が不利になっていく。

不利になるたび、一歩、また一歩と後退しては態勢を立て直していくが、

しだいに追い詰められていった。

「ここまでだな、お前も。」

すると何を血迷ったのか、いきなり青年は高笑いを始めた。

「本当にここまでなのは、将軍あなたの方ですよ。」

「何をおかしなことを言っている?」

「気になるのでしたら洞窟を出て、城のある方角を双眼鏡で眺めてご覧なさい。

 そろそろ頃合いですから。」

すかさず側にいた近習が確認に行く。

「しょ、将軍!城の旗が我が国のものではなくなっております!

 あれは確か、王国のもの!」

「な、何だと!」

「1カ月間、私が本当に酒だけ飲んでいたと思っていたのか。その実、王子たる私  が、母国をめちゃめちゃにされておいて…。これでこの地域一帯は、わが王国の 勢力下となりました。わが勢力下でこんな不条理な殺し合いなど、

 させはしない!」

青年はさらに大声で叫びました。

「皆の衆、もう殺し合いなどは不要だ。いやむしろ厳禁する旨を、ここに王国の王 子たる私が宣言する。また、この場において実際に殺しを働いた者は、

 法の正義に照らして状況如何に問わず平等に殺人の罪が問われる。」

もともと不適合者の群れだったためか、一部にある驚きと不平の声を、

あちこちに木霊する歓声が覆い尽くし始めた。

よし、上手く行った!

「貴様、肝心なことを忘れておるまいか。」

バシュッと血しぶきが飛ぶ。

将軍にありったけの力でもって斬りつけられた王国の王子だったらしい

その青年は、一瞬で絶命した。

「見よ!逆賊は退治した。皆は静まり、この大事な儀式を続行せよ。

 わしは城の方を…。」

「将軍!洞窟の入り口に敵の大軍です!このまま放置すると包囲されます!」

「何だと!?ええい、儀式は中止じゃ。皆の衆、一致団結して敵軍にあたられ   い!」

この日青年は、洞窟での殺しそのものは、一時的にでも廃することに成功した。

だが皮肉にも、戦争の発端を開くことによって、かえって本来の儀式の目的については、成就を促進するように働きかけてしまったのだった。

さらには一人殺す程度では済まない、戦争というものを。

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成人の儀 さかした @monokaki36

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