藤堂家の’しきたり’

村中 順

第1話 しきたりは、人のために

「まあ、桜さん。畳を掃くときは、目に沿って掃くものよ。その様に掃いたら、畳がすぐに傷みます。藤堂家の‘しきたり’というより、常識ですよ」

義母が、手で掃くような仕草で話してきた。


「ほっ、はい」

と私は答えた。


 私、桜は、旗本 藤堂家の嫁に来て、半年の新妻です。実家も旗本で、4人兄弟の末っ子。実母は私が小さいときに亡くなってしまって、婆やや姉たちに育てられた所為か、皆からは‘おっとりちゃん’って呼ばれています。


 対して実母は、何でもテキパキと、まさに江戸っ子気質そのものという感じ。なので、何時もこんな感じなの。


「桜さん、お掃除終わったら、神棚のお水と榊を換えて、お仏壇のお花を換えるのよ。この間みたいにお花を神棚には、お供えしないでくださいね。それが、この家の‘しきたり’ですよ」


「ほっ、はい」


「さっさとやんなさい。そんなにノンビリやってると、お仏壇にお供えする前に、花が枯れちゃいます」

と手で急かす。

 

 実家では、婆やや下働きが、やってくれたのだけど、


「当家の家訓は、質素倹約、質実剛健です。家のことは嫁が取り仕切るのが、‘しきたり’です」

とか。


‘ケチケチ、ばばあ’ 

と決して口にできないことを思ってしまう。


 夫と私は、お見合いだっただけど、実は義母と実母は友達だったらしい。

 それで時々、

「桜さん、私は、さっちゃんに胸を張って、『桜さんは立派な藤堂家の嫁になりましたよ。』と報告したいの。だから、頑張って頂戴ね」

と言われる。さっちゃんは私の実母の幸枝のこと。


 私としては、‘うへ~勘弁して’ って心の中で思っちゃう。


「桜さん、それが終わったら、お庭のお掃除ですよ。ここのお庭には、権現様の時代に賜った、石があるのだから、しっかりとお掃除して、お祭りするのよ」

と義母は言う。

 だけど、何時も“権現様の時代に賜った”と言うけど、誰から賜ったのかは良くわからない。見ていると何処と無く、梟に見えなくもない。嫁いで半年の私には藤堂家の謎の1つね。


 その謎の石に、お酒を少しかけて、塩をかけて、水を供える。この間は、塩をかけて、酒をかけたら、


「駄目じゃない。お酒を最後にかけたら、塩が全部流れちゃったじゃないの。これは、藤堂家の嫁が代々行う大事な‘しきたり’なのですよ」

と怒られてしまいました。


 そんな義母ですが、実は、料理が苦手のようだ。あの短気故に、ご飯が炊ける前に蓋を開けてしまったり、蒸らすのを待つのができなくて、芯のあるご飯を炊いてしまったりする。夫は慣れているようだが、私は初めて食べた時


「うへ、カタ」

と口走ってしまったことがあるの。

 義母も料理が下手なのを自覚しているのか、変な笑い顔で答えてきた。そのときは正直、‘こわい’と思った。うふ、今のは、‘怖い’と‘強い’をかけたのよ。


 あと、焼き魚も大抵、生焼け。夫は良く、お腹壊さないなぁと感心した。


 だから、最近は、料理は、私が作るの。と言うことだから、『これは、代々当家の味だ』とかの指導は入って来ない。この点は、ほっとするわ。


 そんな、こんな、で大体1日が終わるかしら。


「今日は、長左衛門は、お役目だから、帰ってこない日ね。戸締まりをしっかり、見回りましょう」

と言って、見回ったあと、就寝した。ちなみに長左衛門は、私の夫。


 でも、今夜は、


 カン、カン、カン


 火事を知らせる、鐘の音で起こされた。かなり近いようで、外が騒がしい。


 下働きの老人が、


「火事が近うございます。すぐにご避難を」

と障子越しに言ってきた。


 私と義母は身支度もソコソコに、庭に出た。空は真っ赤で、火の粉がチラチラと飛んでいる。そして私は、謎の石を持ち上げようとすると、


「そんなものは、どうでも良いから、すぐに逃げるのよ」

「でも、大事なものじゃ・・・」

「良いから、‘しきたり’は人が行うものなの。石はしないでしょう。だから当家の‘しきたり’を知っている人、貴方が藤堂家では一番大事なの。サー逃げるわよ」

と言ってくれた。


 〜〜〜


 25年後、


「あらら、幸さん、それでは駄目ね。その石は権現様の時代に賜った石で、25年前の大火をくぐり抜けた、由緒ある石なのよ。ちゃんとお祭りしなきゃ。それが藤堂家の嫁が代々行う‘しきたり’なのよ」




 ・・・・・

 藤堂家の‘しきたり’は、ちゃんと守られているようです。

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藤堂家の’しきたり’ 村中 順 @JIC1011

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