「ルール」と「お約束」 「KAC5」

薮坂

宝探しの様式美


「ついに! ついに手に入れたぞ、本物の宝の地図を!」


 8月初旬、ひぐらしの鳴く夕方。カフェ「ロダン」にて。

 僕は興奮を抑えきれず、その宝の地図をユリに見せつけた。当然ユリはまともに取り合ってくれない。それでもユリにこの喜びを伝えなければ、という義務感に僕は駆られていた。

 ちなみに今回は、ユリが買い物でこっちに来てるからお茶でもどう? と誘われたのだ。まぁ、正確には荷物持ちともいう。

 ユリはここから少し離れた離島に住んでいるから、買い物する時は日用品などを大量に買う。だから渡船までのポーターがいる訳だ。


「聞いてるのか、ユリ。凄いことなんだぞ」


「一応聞いてるよ。はいはい、続きをどうぞ」


「今日、ユリからお茶の誘いが来る前の話だ。僕は馴染みの骨董屋に行ってたんだ」


「まず馴染みの骨董屋、ってところから突っ込みたいんだけど」


「骨董屋には夢が詰まってるからな。僕は夢を追って生きていたいんだよ」


「いやまず現実を見ろ。夏休み明けは実力テストだよ」


「実力テストなんだから勉強するのはダメだろ。そう言うのをチートって言うんだぞ」


「……言わないよ。もういいよ、続けて」


 ユリはちうちうとアイスラテをストローで吸いつつ、呆れた表情である。僕は当然気にせず続けた。


「店主が僕に言った。『ワタル、すげぇのが入ってるぜ』とな。聞けば店主は、地元の名士の蔵整理を依頼され、その時に『すげぇの』を発見したらしい」


「で、その『すげぇの』ってのが宝の地図だって?」


「そう言う事だ」


 僕はこの夏一番のドヤ顔で言ってやった。これがマンガなら、確実に僕の後ろには『ドン‼︎』みたいな文字が踊っているに違いない。

 ユリは僕の手からその地図を奪うと、ちらりと眺めて──、


「絶対ガセじゃん、これ。コピー用紙じゃん」


 と言ってくれた。予想どおりである。ふん、浅はかなユリめ。


「それはな、店主が僕の冒険好きを認めてくれたからこそ、タダでコピーしてくれたモノなんだよ。僕に必要なのは古ぼけた『地図』自体じゃない。そこに書かれた『情報』だ。ちなみに原本は物凄く時が経った感のある本物だったぞ」


「どうだか。ワタル、担がれてんじゃないの?」


「例えそれがガセだったとしても。全力で釣られてこその冒険家だろ?」


「いや知らないけど」


 ロマンのわからんヤツめ。僕はさらに説明してやる。


「良く見ろユリ、穴が空くほどな。その地図を見て何か思うことはないか? あるだろう、ユリなら!」


「いやないよ」


「即答かよ! もう少し考えてくれよ!」


「そもそもまず興味がない」


「この形! 地図の形は、ユリの島にそっくりだろ? つまりこの宝の地図は、ユリの島に宝があるって事なんだよ!」


「……へぇ、そうなの」


「そこは『な、なんだってー!?』って言うところだろ!」


 僕は声高らかに説明するのだが、まさに取り付く島もない状態である。

 とにかく。この宝の地図は、ユリの島に宝があると言うことを示唆しているに違いないのだ。

 店主曰く、これは江戸時代末期に書かれた地図らしい。末期と言えば1867年の大政奉還。それに端を発する『徳川埋蔵金伝説』。聞くだけで胸が熱くなるが、明らかにユリは興味がなさそうな顔をしていた。僕は続ける。


「わかった。アプローチを変えよう。ところで、ユリの島はなんて名前の島だ?」


「蒼井島だけど」


「そう、「あおいしま」だな。さてユリ。江戸幕府を開府した徳川家の家紋は何か知っているか?」


「葵の御紋でしょ」


「そうだ……これが偶然の一致だと思うか?」


「思うね」


「そこは『まさか! あの預言者が再び動き出すというのか⁉︎』って言うところだろ! お約束ってのは大事なんだぞ!」


 お約束。そう、それは「ルール」と言い換えてもいい様式美である。だがそのルールを知らない人間にはどうだっていい話。ユリは声を上げる。


「あぁもう、うっさいな! どうせガセなんだから、全力で釣られに行ってきたら? あと、当然あたしは行かないからね。ひとりで死んでこい」


「上等だ。僕だって、ユリの他に仲間はいるんだぞ。今回はそいつとパーティを組む。僕らが埋蔵金を手にしても羨むなよ」


「いやまずあんたの仲間になった憶えはない。それに仲間って、誰よそれ?」


「仲間は仲間だ。冒険仲間ってヤツだ」


「ふうん、ワタルみたいなアホがもう1人いるとはね。世も末だわ、ほんと」


「装備を整えて明日挑む。見とけよ、絶対宝を手に入れてやるからな!」



 ユリと別れてからすぐ。僕は「例の仲間」に電話をした。数コールの後、相手が電話に出る。


「いきなりの電話で悪いな。武田だ、武田ワタル」


「……武田くん? な、何の用事かな」


「明日、空いてるか? この前言っていた、冒険をしないか。実は、徳川埋蔵金に関する宝の地図を手に入れたんだ」


「な、なんだってー!」


 相手の返答。それは明らかに「ルール」がわかっている答えだった。これは期待が持てる。なかなか雰囲気のあるヤツだとは思っていたが、まさかここまでとは。

 同じクラスの目立たない女子であった、松木ルコ。恐るべし。これは松木に対する認識を改めねばなるまい。


「僕とバディを組まないか」


「返事なんているのかな、。私はいつでも出動可能だよ」


「決まりだな。明朝8時、船着場で」


「了解」


 見てろよ、ユリ。埋蔵金をゲットして一攫千金。ユリの悔しそうな顔が目に浮かぶ。僕は家に帰ると、明日の装備を整えた。



    ──────



 集合時間よりも前に松木はそこにいた。松木の装備は完璧。ピスヘルメットこそないが、ワークキャップにスコップを担ぐゴツめのブーツスタイル。バックパックは何が詰まっているのか、パンパンである。冒険は何があるかわからない。準備しておくに越したことはない。


「よし、それじゃあ乗船だ」


 僕たちは船に揺られて島を目指す。ワークキャップが風で飛ばないように押さえる松木が言った。


「風が気持ちいいね!」


「そうだな。今日は波も穏やかだ」


「……嵐の前の静けさから、血湧き肉躍る冒険が始まる。己が限界を突き破り、いざ手にせん栄光の財宝、ってヤツだね!」


「わかってるじゃないか、松木!」


「私は行動に移せない臆病者だったんだ。だから、キッカケを与えてくれた隊長に感謝してるよ。今日、私は生まれ変われそうな気がする。否、生まれ変わる! 新・松木爆誕の瞬間を見よ!」


 ビシィ! 松木は僕に敬礼をする。僕もきっちりと返礼する。隊員の絆が芽生える瞬間であった。


「隊長! 見えてきたよ、件の島が!」


「接岸準備!」


「了解!」


 などとやってるうちに船は接岸。もちろん僕らは船に乗っているだけである。こういうのは雰囲気が大事だ。

 島に上陸して件の地図の×地点を目指す。海岸からほど近い、潮の香りがする雑木林。そこが×地点だった。


「ここ?」


「地図上ではな。×印の横に注釈っぽい文字があるが、ミミズが這ったような字で読めないんだ」


「此処にたからを隠し候、って書いてるように見えるね」


「読めるのか、松木! よし、ここは僕に任せろ。地球の裏側まで掘ってやるぜ!」


 松木にスコップを借りて、僕は勢いよく地面に突き立てた。ザクザクと小気味の良い音で土は掘れていく。雑木林で日陰になっているとは言え、暑さですぐに汗が出る。


 1メートルは掘っただろうか。腰に張りを感じ、背伸びをして伸ばす。すると松木がスコップを取り、「次は私の番だね」と掘り進めてくれた。

 小柄な身体なのに松木は奮闘する。気合いが入りまくっている掘り方だ。それにその掛け声。小さな身体から発される声とは思えないほど大きい。


「貫けッ、我が意思! 突き破れッ、我が限界! 封印されし財宝をッ! この我が手に──ッ!!」


 ガチン。明らかに異質な音が鳴った。スコップが何かを捉えたらしい。深さは目測で1メートル50センチ。松木が穴を横にも広げてくれていたお陰で、僕も穴の下に降りることが出来た。


「今の手応え、明らかに土じゃあないね。とても硬いものに当たった気がするよ」


「ありがとう、松木。少し休憩してくれ」


「ううん、大丈夫。一緒に掘ろう。私もこの手で財宝を掴みたいから」


「よし、それじゃあ一緒に。ここからは小さめのスコップで、」


 と言ったところで。手応えの正体が見えた。

 石だ。しかし、明らかに異質。まるで海か川で削られたように丸みを帯びているそれ。土の中に埋まっているのはおかしい。

 試しに表面を撫でてみると、溝のようなものが彫られている。


「……文字だ。文字が掘ってあるぞ」


 2人で土をどける。すると、そこに刻まれていたのは──。



 他人の話を信ずることなかれ

 欲深き心はその身を滅ぼさん

 されど動かざるは死人と同じなり

 己を信じ夢を追い求めよ

 この格言こそ寶なり



「……これっていわゆる『お約束』ってヤツだよね?」


 声に出してそれを読んだ後、松木が言った。

 お約束。この手の地図ってのは、得てしてこういうオチである。


「……あぁ。悔しいが『ルール』みたいなもんだ。最初はこうして騙される。だが! それでも諦めず続けていけば、いつか本当の宝が手に入るってヤツだな!」


「そっか。ならいいや。次回に期待だね!」


 泥だらけになりながら、そう笑う松木の笑顔。まるでそれは、夏のように爽やかな笑顔だった。クラスではあまり笑わない松木。こんな顔もするんだなと、僕はぼんやりと思う。


「ありがとな、松木。そしてすまない。報酬が出せなくて」


「ううん、別にいいよ。この体験が報酬みたいなものだし。あ、そうだ」


 松木は僕に向き直り、言葉を継ぐ。


「報酬って訳じゃないんだけどさ。武田くんのこと、ワタルくんって呼んでもいい? それと、私のこともルコって呼んでほしいな」


「もちろんだ。改めてよろしくな、ルコ」


「ワタルココンビ、結成だね!」


 そう笑うルコ。つられて僕も笑う。

 空を見上げると、白く輝く入道雲。

 どこまでも夏だ。そして夏は、まだまだ終わらない。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

「ルール」と「お約束」 「KAC5」 薮坂 @yabusaka

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ