わが家のルール

まるのりとも

第1話

「たくとの愛がさ、重すぎるんだよね……」


 今は六年生の六月。

 給食を食べているときに、相田さんがいきなりこんなことを言いだした。

 

 総合学習のコミュニケーションの授業で、班の人の家族の話を聞いてから、私たちは給食の時間にお互いのことをよく話すようになっていた。


 たくと君は相田さんの一年生の弟で、お母さん大好きっ子だ。相田さんいわく、お母さんが大好きすぎて将来が心配らしい。でも、たくと君に上目遣いでお願いされると、かわいくて何でも許せてしまうんだって。


「お母さんがついにキレて、抱きつくのが一日一回って決まりになった」


「でもまだ一年生だから、抱きついたって問題なさそうだけど。どうしてそんな決まりにするんだ?」


 とは、勉強出来るクール男子の夏目さん。


「それがね、言いにくいんだけど抱きつくとお母さんの身体を揉みまくるんだよね……お母さん的には、お腹とか揉まれるのが死ぬほどイヤなんだって。……さっちゃん、おばさんに言っちゃだめだよ」


「分かってるよ。そんなこと言ったらうちのお母さんだって揉まれたらイヤなはずだよ。それにしても、たくと君やるね……」


「分かるな……女って体のこといろいろ言うと、すげー怒るんだよな……」


 それまで黙々と食べていた橋本さんが、口を開いた。なんか遠い目をしてるよ。


「橋本さんの家は女子ばっかりだから、気を遣いそう」


「そうなんだよ……言い方間違えると、十倍になって返ってくるんだ。もうさ、ちょっとのことなのに忘れてるようなことまで引っ張りだしてくるから」


 とため息をついた。


「でも橋本が女子とうまくやってるのは、家で鍛えられてるからだろ?なんかコツあるの?」


 夏目さんはついつい余計な一言を言ってしまうので、気になるようだ。


「父さんが言うには、まずは話を聞いて、そうだね、分かるよ、って言うのが大事なんだってさ。あんまり自分の意見ばっかり言わないで、気持ちに寄り添うことが必要なんだと」


「分かるー」

 

「なんか話聞いてほしいだけなのに、ああしろ、こうしろ、って言われるとイラッとするよね。うちのお父さんにも聞かせたい」


「そっか……簡単そうだけど、オレには難しいかも……一言言わないとかムリ、ガマンできない」


 夏目さんまで遠い目をしてしまった。そんなに話を聞いてるだけって難しいこと?女子同士だと「分かるー」で大丈夫なんだけど。


「そういう夏目さんはどう?お兄さん大丈夫?」


「まだまだだよ。昨日も母親と取っ組み合いのケンカしてた」


 夏目さんのお兄さんは中学二年生。受験をして私立の中学校に通っているらしい。

 受験がやっと終わったのに、学校でも家でも更に勉強しろ、って言われてついに爆発してしまったそう。お母さんと顔を合わせると常にケンカしてるんだって。それにしても、お母さんも強いな、取っ組み合いとか。想像出来ない。


「家にいると、ケンカに巻き込まれるし、父親はあまり役にたたないから、なるべく塾に行って勉強してる。学校も、もう少しみんなが仲良ければいいんだけど、こうやって話が出来て、普通に過ごせるのはありがたいんだ」


 そういって少し寂しそうに笑った。


 #####


 夕ご飯を食べているとき、お母さんに給食のときの話をした(たくと君が体を揉む話は当然内緒!)。


「男の子は反抗期がけっこうきついのかしら。話を聞いてると、どうにかならないのか、って思うわね」


 お母さんからすると、夏目さんのお母さんとお兄さん、両方の気持ちが分かるそうだ。でも、よそのお家のことはとやかく言えないしね、と悲しそう。


「うちはまだそういうの無いからね。お父さんがウザいくらいだし」


「でも、お母さんも中学生の時けっこう荒れたから、さっちゃんも反抗期すごいかもね~」


 お母さん、ニヤニヤしながら言うことじゃ無いよね?不安になるようなこと言わないでほしい。


「反抗期って、なるべき時になっておかないと、大人になってからだと大変なんだって。偉い先生がそう言ってたよ」


 お母さん、適当だなあ。でも自分がお母さんに反抗するのが想像出来ない(お父さんには今でもちょっと反抗してるから想像出来る)。どうしよう、取っ組み合いとかしちゃったら。


「心配しなくても、女の子はせいぜい無視をするとか口答えするとかその程度よ~私もおばあちゃんにはけっこう酷いこと言ってたし」


 お母さんがそんなだったとは想像出来ない!ちょっと見てみたかったかも。


「その時におばあちゃんから言われたのはね、あいさつだけはちゃんとしてね、って。大げさかもしれないけど、一日無事に過ごせる保証はないんだから、ちゃんと『行ってきます』って言って出かけてね、ってね」


 そういえば、滅多なことではうるさく言わないお母さんも、あいさつにはうるさかった。そうか、おばあちゃんの教えだったのか。うちにはルールなんて無いけど、これがルールになるのかな?


 自分が反抗期になることが想像出来ないけど、その時にもあいさつがちゃんと出来る人でありたいな、と思った。


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