ルール・オブ・“ロザリー”

木古おうみ

第1話

“ロザリーに関する十ヶ条”


一、ロザリーは必ず教会の地下室に収監せよ。地下室は地表から六フィート以下の場所に造り、二十インチ以上の厚みのあるレンガで壁を作ること。レンガの材料となる水と土は洗礼を済ませたものでなくてはならない。

二、ロザリーは十三年毎に取り決められた教会が管理し、期限を迎えるまでいかなる理由があろうと移送してはならない。

三、ロザリーに接触する場合、三名以上の司祭又は二名司教の許可なく行うことはできない。

四、ロザリーとの接触は午前四時から午後八時の間に行うこと。金曜日は如何なる理由があろうと接触を禁ずる。

五、地下室に第二次性徴期前の少年少女を立ち入らせないこと。ロザリーは彼らの純潔を汚す恐れがある。

六、地下室に上位聖職者以外の男性を立ち入らせないこと。ロザリーの誘惑は危険であり、強い信仰なくして立ち向かうことはできない。

七、地下室に妊娠中又は十歳以下の子どもを持つ女性を立ち入らせないこと。母性とは強く、ロザリーに悪用された場合の脅威は計り知れない。

八、ロザリーに惑わされてはならない。ロザリーは罪深い存在である。

九、ロザリーに惑わされた者を告発することを躊躇ってはならない。その者は最早悪魔の遣いである。

十、ロザリーの存在をみだりに口にし、明るみに出すことを固く禁ずる。


(某修道院所蔵の石碑に彫られていた文言)



・『ミステリー・ゾーン』一九九六年七月号「独占取材! 呪われた教会 青い光の謎とは?」より(現在廃刊)


––––昨年末、原子物理学の権威ゴインズ博士をはじめとする科学者が多数教会を訪れましたが?

コール助祭(仮名)「ご存知の通り、昨年十一月に私どもの教会から基準値を超える放射性物質が検出されたという情報が流布したため、調査いただいた次第です」

––––検査の結果、問題はなかったと?

「はい、噂は悪質な捏造でした」

––––科学者の中には文化人類学や超心理学の専門家もいたそうですが?

「様々な可能性を考慮した対応だったと伺っています。専門的なことはわかりかねますが、私は皆さんに安全だということをお伝えしたくて取材に応じただけです」

––––近隣住民の一部から教会から謎の青い光を目撃したという噂については?

「事実無根です」

––––発端となったのは、新聞社に寄せられた投書ですが心当たりは?

「いいえ、悪戯でしょう。」

––––情報提供者が名乗った“ロザリー”という名前に心当たりは?

「ございません。これ以上申し上げることはありません。取材はもう終わりにしてください。録音もやめてください。お話することは何もありません。録音しないでください」



・(規制)新聞社 記者によるインタビュー記録

 バラトニ・ギゼラ (仮名)二十六歳、某薬物依存回復支援施設にて、日時不明


「(規制)修道院? 私が入れられてたとこね。望んでいく訳ないでしょ。十六で薬に手出して、家の浴室で鼻血出して死にかけて。あのとき死んだ方がマシだった。あ、カーテンは開けないで。

 アレの話? たぶん想像より普通よ。薄汚かったけど。私の担当は水曜日。燃えカスみたいなパンと水一杯。朝昼にレンガの隙間から入れるだけ。曜日毎の担当はいたけど金曜は入るなって言われてた。カーテン閉めてよ。

 一度だけ金曜日、地下に行ったことがあるの。私子ども嫌いなんだけど、それでも少し酷いって思った。

 助けなかったのかって? 私の妹でも娘でも友だちでもないのに? 冗談でしょ。

 あんたは見てないからそんなことが言えるのよ。アレは本物の化け物なんだから。

 薬中女の言うことなんか信じないわよね。それに言ったら見つかるかも。何って、アレよ。カーテン閉めてって言ったでしょ。ああ、うるさい。ふざけるな。帰ってよ。眩しい。眩しい。ごめんね、ロザリー。何で私ばっかりこんな目に。帰れ、帰れ、入ってくるな」(これ以降の記録はない)



・二〇一二年十月十三日、インターネット上にアップロードされた音声(投稿者不明、二時間後に削除)


––––手と顔は洗ったか。ここに来るのは初めてだな。いいか、見たものには惑わされるなよ。夢だと思ってもいい。それで救われるなら。

 知っての通りアレは少女に見えるが、実際は違う。ああ、わかってる。そう見えないよな。それが奴のやり口なんだ。

……本当は俺も知ってるよ。ロザリーは何もわかってない。何で自分がこんな目に遭うのかも。自分がどんな存在なのかも。

 でも、仕方ないだろう。世界滅亡なんて冗談みたいだけど、(規制)教会は? (規制)は? (規制)の爆発は? 一昨年の(規制)もみんなそうだ。じゃなきゃ説明がつかない。

 お前、子どもは? そうか、娘と同じ位なら余計だな。家族を愛してるか? なら、やるんだ。可哀想なんて言わず、妻と娘のためだと思え。どの道俺たちにはどうにもできない。自覚の有無の問題じゃない、ロザリーは存在自体が罪なんだ。

 おい、何だ今の音。カメラか。何撮ってる、見せろ!パプロ、おい、待て、––––



・(規制)正教会跡地より発見された手記、持ち主不明


 先生、どうしてもお詫び申し上げたくお手紙差し上げます。これを読んでいるという頃には、もう僕のしたことが耳に入っているかと存じます。何が起こるのか、これを書いている僕にはまだわかりませんが、覚悟はあります。

 僕は彼女を救いたい。彼女は酷い状況に置かれていました。光も音も入らない監獄で、ひとりきりでした。

 僕が地下室に初めて入ったとき、彼女がここに移されて既に七年経っていましたが、ベッドのシーツすら一度も替えてもらったことがありませんでした。

 彼女は罰を受けるべき存在でしょうか。彼女をお湯に入れたとき、垢の下から現れたのは細く柔らかく、神に祝福されて生まれた娘たちと変わらない、トウモロコシ色の髪でした。

 彼女はラベンダー畑が見たいと言いました。自分を閉じ込めた者に復讐したいとはひと言も言いませんでひた。

 その小さな夢すら叶えてはならないという残酷な神ならば、僕は不信心者で構いません。

 僕の故郷は暑い田舎町なので、僕も本物のラベンダーを見たことがありません。畑がどこにあるのかも知りません。

 ですが、必ずロザリーを連れて行こうと思うのです。汽車に乗って、山を越えて、苦手な海も船に乗って渡るのは厭いません。どんな不幸にも耐える所存です。

 唯一、先生にご迷惑をかけるのを心苦しく思います。僕のことは忘れてください。あの馬車の事故で父母とともに九つの僕も死んだとお思いください。

 今までの御厚意に心から感謝いたします。



・宛名不十分のため保留された電報、差出人不明、ローマ市より送信、(規制)年(規制)月(規制)日消印、ブエノスアイレス、サン・ニコラス市の郵便局にて保管


親愛なるネストルへ

 我々の敗北だ。神に仕えるひとりの青年の良心すら推し量ることができなかった。

 彼は世界を維持することよりも、災厄を撒き散らすひとりの少女を救い出すことを善とした。

 被害は甚大だ。目撃者もおり、隠蔽には時間を要するだろう。失った物は数え切れないほど多く、それを補う術は数えるのを拒みたくなるほど少ない。

 唯一の幸いはロザリーを回収できたことだ。

 捕獲の際、私財の半分を投げ打ったのも、十三名の尊い犠牲を払ったことも悲しむべきことだが、拘留したロザリーを(判読不能)にも使った地下牢にもう一度押し込むときの、彼女の表情が忘れられない。

 青年は哀れな少女ひとり救えない神なら捨てると言った。その若い愚かさが羨ましい。

 私は小賢くなってしまった。

 哀れな少女ひとりをレンガの牢獄に押し込めれば、この世に何千万といる、彼女と同じように無垢で愛されるべき少女たちすべてを救えるのだと、自分に言い聞かせることができるくらいには。

 近々会って話がしたい。既に使者を送ってある。詳しい話は彼から聞いてほしい。


 追伸:そちらで雪が降ったというのは本当だろうか。

 君の友人マリアノより



・(規制)年(規制)遺跡より発見、(規制)年間行方不明の後、(規制)年(規制)教会へ匿名で寄贈された絵画の裏面より


「愛するロザリーへ

 生まれてきてくれたこと神に感謝します

 叶うなら貴女の幸多き人生が永遠に続きますように

 貴女のパパとママより」


 絵画には白いドレスを着た髪の少女が不安げな笑みを浮かべて佇んでいる––––





––––以上が、現存するロザリーに関する資料である。これらは厳重に保管され、閲覧には三名以上の司祭又は二名以上の司教の許可を要するものとする。

 これらに記載されていた情報は、真偽を問わず他言を厳禁とする。

 ロザリーは恐ろしく忌まわしい魔女である。

“ロザリーに関する十ヶ条”を忘れてはならない。


 これを遵守する場合、貴方がロザリーの収監に協力し、規則に従うことに同意したと見なして、感謝と敬意を表し、報告を終える。

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