S.O.S.

草った頭

S.O.S.

 今日も空が青い。


 仕事終わりに立ち寄ったサービスエリアで青木は思った。


 「今日も」と思いはしたが、昨日は雨だった。


 春だというのに空気は冷たく、ネックウォーマーが無ければ外に出ているのも辛い。


 青い空の下には森が広がり、目の前には駐車場がある。傾きかけた太陽はその駐車場に止まっている車を照らし、反射した光が目をチカチカとさせる。


 ほぼ休みなく走り回ったせいもあり、だいぶ疲れがたまっているようだ。


 ここ最近、白髪が目立ち始めた中年は、昔つくった歌を思い出していた。


 当時は名曲が出来たと喜んだものだが、楽器を扱えないこともあり、この世に生み落とせずにいる。しかし名曲だと自負している。


 「ッシュン」


 青木はくしゃみをした。


 漢方、目薬、鼻スプレーをしたうえでマスクをしているというのに、くしゃみが出る。


 花粉というやつは人を殺すでもなく、生かしたまま苦しめる。生殺しを楽しむ悪魔以外の何ものでもない。


 よく見ると眼鏡が粒子に覆われている。眼鏡を外し、マスクを外して「フッフッ」と粒子を吹き飛ばした。


 サービスエリアにきてそれなりに時間が経ってはいるが、いまいち帰る気になれないでいる。


 今日は三月十四日、ホワイトデーだ。それなのにお返しをまだ何も準備していない。


 特にこれといったものが思い浮かばずダラダラとした。


 腕時計に目をやると、サービスエリアに来て一時間が経過しようとしている。さすがに帰らないと明日に悪い影響がでる。


 花粉を落とすために頭から肩、腕、胴、足と手で払い、車に乗りこんだ。


 セルを回しエンジンに火を入れる。


 バックミラーを覗き、その後サイドミラーを左右、フロントの左右を確認する。


 フットブレーキを外し、ギアをドライブに入れ少し前進。そこでまた左右を確認し、ゆっくりと車を走らせる。


 駐車場内の合流地点では、合流車が来る方向を注意深く確認し、高速道路との合流に向かう。


 サービスエリアから高速道路との合流に入ると、一気に加速し早めにウインカーを点滅させ、合流する直前に頭を素早く回し右斜め後ろを確認する。


 青木にはトラウマがあった。


 サービスエリアの駐車場では、場内の合流で他車がこちらのどてっ腹に突っ込んできたことがある。


 サービスエリアから高速道路との合流では、免許取得直後だったこともあり、おそらく下手な合流をしたのだろうが、後続車にクラクションを鳴らされたことがある。


 サービスエリアの駐車場にも、高速道路との合流にも危険がいっぱいだ。どんなに他から見れば滑稽でも、とにかく注意深く運転することにしている。


 無事に合流を通過して車を走らせる。


 エアコンはつけていないが、空気は外気取り込みではなく車内循環にしている。


 車内循環は体臭がこもるから嫌いなのだが、外気取り込みだとエアコンをつけていなかったとしても花粉は侵入してくるのだから、この季節は仕方がない。


 高速道路は山間であり、周りは緑に囲まれている。そのため、走っても走っても同じような風景が続く。


 青木は無意識に昔作った歌を頭の中で再生し始めた。


 この歌は車を運転中に思い浮かんだフレーズを元に作ったものだ。運転中に浮かぶのはいいアイデアが多い。


 頭の中で再生した歌はいつの間にか口から漏れ出した。


 「エースオーエス……」と口ずさんだ時に閃きは舞い降りた。


 「S.O.S.だ」


 S.O.S.とは昔、テレビで放送されたドラマのタイトルで、ストロベリー オン ザ ショートケーキ つまり、イチゴのショートケーキを指している。


 会社の近くに有名なケーキ屋があり、テレビでも紹介されていた。


 ネットの口コミも上々で、イチゴのショートケーキは映像を見るだけで、ひどくヨダレが出るほどだった。


 確か営業終了時間は十九時。面倒な事務処理があるが今日はもう疲れたし、そもそもそんなことをしている暇はない。営業時間にたどり着いたとしても売り切れていては意味がない。


 会社に着いたら最小限、余計な仕事はせず、すぐに退社すればきっと間に合う。


 太陽はさらに傾き、赤みを帯びてきた。車は森を抜け街中に入っており、もう少し走れば高速道路も終わる。一般道との合流に備え、青木は運転に集中した。


 「お疲れ様です」青木は言った。


 「お疲れ様です」「お疲れー」という声が社内から聞こえてくる。


 営業時間終了直前の社内は、ただジッとして営業時間が終わるのを待つ者、青木と同じように外回りから帰ってきてさっそく面倒な事務所処理を行っている者、机を掃除している者と皆それぞれといった感じで、実は青木に目を向けている者はいない。


 そんな中、数人がざわついている。おそらくトラブルがあったのだろう。


 いつもなら何があったのか聞くのだが、今日はそういう訳にはいかない。荷物を置き、ゴミを捨てると誰にも目を合わせずに「お先です」と言って急いで会社を出た。


 都会とはお世辞にも言えないが、田舎というには整備されている見慣れた街並みを、走るとまではいかないまでも急いで歩く。


 息は荒くなり、マスクから漏れる空気が眼鏡を曇らせる。


 しばらく歩くと、地面がタイル張りの少々メルヘンな雰囲気を漂わせる商店街に行き当たる。


 タイル張りの地面に足を踏み入れると、少し離れた所に淡い黒と白のストライプの日よけが見えた。おそらく元は黒と白のストライプだったのだろう。


 腕時計を見ると十七時四十五分。


 「勝った」


 速足で近づき店内を覗いて困惑した。


 店の中が暗いのだ。


 お客さんも全くいない。それどころか店員の姿も見えない。


 慌ててグーグルで検索してみると、営業時間外の文字が……今日は週に一度の店休日だった。


 青木は暗い店内を覗き直して呟いた。


 「S.O.S.」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

S.O.S. 草った頭 @kusattaatama_1

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ