兆し
目が覚めると部屋はとても冷えていた。
窓の外は白銀に染められ、昨日までの景色と一変していた。
知らない場所で、こんなに深い眠りに入るとは思っても見なかったが、そのおかげかスッキリした。
肌寒さから、ぬくぬくとベッドでまどろんでいたが、部屋を借りている身で恩義も返さないのは問題だと思い身形を整える。
スヴェンがいるであろう暖炉の部屋に入ると、部屋は、暖かく、彼は昨夜と同様に座っていた。
机には朝餉の準備がされていた。
彼は、窓の外を眺めていたが、ボクが扉を開けて、入ってきたのに気が付くと、笑って椅子を勧めてきた。
「おはよう。昨日はよく眠れたか。寒くはないか。暖炉の側に座るといい」
「はい、ぐっすりと。ベッドを貸してくれて、ありがとうございました」
「そうか。よかった。朝ごはんも用意してある。ぜひ食べてくれ」
「お手伝いもしていないのに戴くことは」
その時、ぐーっとお腹が鳴った。
顔が赤らむのがわかる。
彼は揶揄うことなく、先ほどと同じように微笑んで勧めてくる。
もう、どうにでもなれ。
「・・・いたたきます」
「うん。どうぞ、たんとお食べ」
本日の朝餉は、ジャガイモのスープだった。昨晩と比べると量も少ない。
だが、具材も多く、無理をしてもてなしているのではないかと心配になる。
これから来る冬に向けて備蓄しなければいけないのに、ボクに貴重な食料を分けてくれたのだろうか。
本当に話などというお金にもならないもので、対価としているだなんてお人よしにも程がある。
旅を通して多くの人と出会ってきたが、この人は裏がある人物ではないと、どこかで感じている。
彼をこっそりと伺うとどこか嬉しそうな顔をして、スープに向かっていた。
ボクには、彼の考えは、よくわからないと昨日は思ったが、一連の行動が全てを表しているように思えた。
そんなにすぐに変わることはできないけど、彼に親切にされて、ボク自身もこの半日で少し優しくなれた気がする。
「ごちそうさまでした」
「お粗末様でした。おいしそうに食べてもらえて作り甲斐があるね。・・・ところで、お前はいつ出ていくつもりだ」
「いろいろと手厚いもてなし、ありがとうございました。今日、出ていくつもりです」
そう口にすると、わかっていたという顔をした。
そして、窓へ視線を映した。
「そういうと思っていた。しかし、昔からこの国に住む者として、それは奨められない。これから、もっと厳しい冬がやってくる。ここより北の村までは遠い。山越えもしなきゃならない。子供が冬の山を越すのは、危険だ。雪が解けて、安全になるその時までは、この村にいた方がいい」
常に笑顔を見せていた彼だったが、この時ばかりは険しい表情をしてボクを見ていた。
そして、諭すように言葉を連ねていく。
彼の言葉は、ボクのことを想ってのもので、古き思い出にある母の慈愛に満ちたそれと似ていた。
だからなのだろうか。
少なくても春になるまでという言葉に頷いたのは。
幸いの国 深山木 @fukayamagi
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