あいつがやってきた

ふくしま犬

第1話 あいつがやってきた

部屋で荷物を整理していると、勢いよく鈴木が入ってきた。

「まずい!大変なことになったぞ!」

「何だいきなり?」佐藤は顔を上げて鈴木を見た。「露天風呂にサルでも入ってたか?」

「いや、そうじゃない」

「じゃあなんだ?」


ゆっくり息を整えてから鈴木は言った。

「この旅館に毛利小五助が来るんだって!」


ここは群馬県にあるとある旅館。先日社内のビンゴ大会で佐藤が温泉旅行ペアチケットを獲得したのだ。彼女がいない佐藤は同僚の鈴木を誘ってここに来たのだった。


「とりあえず一旦座れ」二人は机を挟んで座った。

「それで誰が来るって?」改めて佐藤が訊いた。もしかしたらさっきのは聞き間違えかもしれない。


「だから、あの名探偵で眠りの毛利小五助だよ」


毛利小五助は全国的に有名な探偵だ。いくつもの難事件を解決してきた。彼は眠りながら推理をするので眠りの小五助と呼ばれていた。警察からの信頼も厚い。


「こっちはせっかく有給までとって平日に来たってのに、これじゃあ台無しだ」佐藤が舌打ちをする。

「まあしょうがない。それでこれからどうする?」鈴木が不安そうな表情を浮かべた。


この世界にはルールがある。それは毛利小五助に出会ったら必ず事件を起こせというものだ。殺人事件、強盗、誘拐、放火、なんでもいいからとにかく事件を起こし、それを毛利小五助に推理してもらうのだ。


ただここには二つ条件がある。まず一つ、事件は必ず解決できること。決して迷宮入りしてはならない。二つ、事件の発生から解決までを三十分で終わらせること。短すぎても長すぎてもいけない。


「仕方ない。俺たちで計画を立てるしかないな」

佐藤は紙とペンを机の上に置いた。


「それで、いつ頃来るっていってた?」

「女将の話だと、七時にこの旅館に着くらしい」

腕時計に視線を落とす。針は五時を回ったところだった。外はオレンジ色に染まっている。


「それで今回はどんな事件にするんだ?やっぱり殺人事件にするのか?」


ペンを走らせながら佐藤は答える。

「いや、今回は殺人未遂事件にするつもりだ。殺人事件だと脈を測られたときにボロが出る。殺人未遂事件なら被害者が生きていてもなんの問題も無い」


続けて佐藤は言った。

「この旅館には今誰がいる?」

「俺たち二人と女将と料理長だけだってさ。今日は平日だから俺たち以外に客はいないんだと」

「そうか」佐藤は紙に棒人間を四人書き加えた。


「そういえば、殺害方法はどうする?」

「毒殺だ。毒殺ならすぐに準備できるだろう。お前は女将に毒物に使用できそうなものはないか聞いてきてくれ」

「わかった」

鈴木が立ち上がった。


「あ、ちょっと待て。今回来るのは毛利小五助一人か?」

「いや違うよ。女将の話じゃ娘の菊とドイル君も一緒だそうだ」

そう言い残して鈴木は部屋を出て行った。


「それはまずいことになった」佐藤は顔をしかめる。


ドイル君がいるかいないかで、事件の構造は全く変わってくる。毛利小五助だけなら単純な事件でいいのだが、ドイル君が一緒の場合はそうはいかない。


理由は事件を二段構造にしなければならないからだ。


一度毛利小五助にミスリードさせて、その後眠りの小五助の状態でドイル君が真犯人を当てる、これが二段構造だ。


佐藤はなんとか二段構造を仕立て上げた。


「さて、あとは被害者と犯人を決めるだけか・・・」


ここで一番難しいのは被害者を決めることだ。なぜなら被害者を殺す動機が容疑者全員になければいけないからだ。


仮に容疑者が三人いて、被害者を殺す動機があるのが一人の場合、必然的に犯人は決まってしまう。

その場合、推理をしなくてよくなるのだ。


これはこの世界のルールに反する。


「多少無理矢理にでも動機を作らなければ」

佐藤は被害者と犯人を決め、容疑者全員の動機も紙に書き記した。


鈴木が戻ってきた。笑みがこぼれていた。

「佐藤!毒はあったぞ!それに解毒剤も貰ってきた」

「それは良かった。こっちも台本が完成した」

「まじか!やっぱりすごいな佐藤は!俺みんなを呼んでくる」


四人が集まった時には六時になっていた。

「おお、台本が完成したのですね、ありがとうございます」

女将が礼をいった。


「はい。ですから今からはみなさんにこの台本を覚えてもらいます。今回の放送分は我々にかかっています。そのことを忘れないで下さい」

「わかっています」

「それでは一ページ目を開いてください」


全員が一ページ目をめくる。

「うわ、俺が被害者かよ」鈴木が言った。


「悪い。けどこれはお前にしかできない。高校時代演劇部だったお前なら毒を飲んで苦しむ演技もできるだろ」

「まあ、そうだけど」鈴木は照れくさそうにした。


「事件が起こるのは夕食の七時です。女将さん、夕食は鳳凰の間で全員一緒に食べるよう毛利さんに言っといて下さい」

「わかりました」


全員で食べる理由は、事件の発生をわかりやすくするためだ。そしてすぐに容疑者が絞られるようにする。


「料理長さん、料理には汁物を準備して下さい。それに毒が入っていたことにします」

「わかりました。でも全員分用意するとなると人手が足りません」

「その場合は品数を減らして下さい。最悪汁物があればいいので」

「わかりました」料理長は頷く。


「それと女将さん、夕食前一度厨房を訪れて下さい」

「それはどうして?」

「容疑者全員に毒を入れる機会があるようにするんです。俺も後で行きますから」

「わかりました」


その後もいくつかの打ち合わせをした。

「ドイル君の質問には必ず答えて下さい。事件を解決するヒントを出すのです」

全員が頷く。


「毛利小五助が眠っている間は決して大きな声を出さないように。彼を起こしてはいけません」

全員が頷く。


打ち合わせが終わったのは六時半だった。

「では、皆さん、よろしくお願います」

佐藤が言って解散となった。


「よくもまあここまで考えついたよな」

鈴木はこの計画に感心した。

「まあ、日頃から推理小説を読んでいたかいがあったよ」


そして七時になった------。





時刻は十八時を示していた。ゆうたはジュース片手にテレビの前に座った。


「ちょっとゆうた、ランドセル出しっぱなしよ」

「わかった。後で片付けるから」


テレビではちょうど『名探偵ドイル』が始まったところだった。


今回の舞台は群馬県のとある温泉。毛利小五助ら三人は、身体を休めるためここを訪れたのだった。


「いやー、遅くなってしまった」時計を見ると七時だった。


「お父さんが道に迷うからでしょ」菊がいう。

「しょうがないだろ。カーナビが壊れたんだから」


旅館に入ると女将が出迎えてくれた。

「お待ちしておりました毛利様。さっそく夕食になりますので鳳凰の間にお越しください」


夕食は質素なものだった。ご飯、味噌汁、しゃけだけだ。

「なんだこの料理は。せっかく楽しみにしてたのに」

「文句を言わないでお父さん。きっと何か事情があるのよ。ドイル君もお父さんになんとか言ってあげて」

「わーい、このお魚美味しい」ドイルの演技が入る。


とその時、隣の席にいた男二人の片方が突然苦しみ出した。

「うぁぁぁぁ、ぁぁ」

泡を吹いて倒れる。


毛利は慌てて駆け寄る。

「大丈夫だ、まだ意識がある。菊!警察と救急車を呼べ!」

「わかったわ」


その時ドイルは思った。群馬県警といえばまさか・・・。


その予想は的中しやってきたのは海村警部だった。

「これは毛利さん、お久しさそぶりです」


挨拶をすませるとさっそく現場検証が始まった。

「容疑者はこの三人ですね」

佐藤、女将、料理長を見て海村が言った。


「あぁ、そうだ。被害者は味噌汁に入っている毒を飲んだんだ。だけど三人は夕食前に一度厨房を訪れた」毛利が答える。


「つまり誰にでも毒を入れる機会があったわけですね」海村は納得した。「動機はありましたか?」

「それはもう調べた。見事三人とも動機があった」


そう言って毛利は説明した。動機はこうだ。


佐藤は日頃から優秀な鈴木を妬んでいた。


女将は鈴木の高校時代の元カノの叔母にあたる。姪が振られたのを根に持っていた。


料理長は以前詐欺の被害にあい、その犯人が鈴木の父親だった。


「なるほど」海村は表情を曇らせる。


その後ドイル君が別に調査を始めた。ドイル君の質問に容疑者の三人は快く答えていた。



その後色々な調査の結果、毛利小五助は犯人がわかった。

「わかりました警部!犯人は料理長です!」

「それは本当ですか!」海村は驚く。


「はい。あなたはずっと厨房にいた。だからいつでも毒を味噌汁に入れれたはずだ!」

「違います!私は殺していません!」


このまま料理長が逮捕されると思いきや、ドイル君が時計型麻酔銃で毛利を眠らせた。


「待って下さい警部。犯人は別にいます。犯人は佐藤さん、あなたです!」

「私ですか!?」

佐藤が小声で驚く。ほかの二人も目を見開くだけで声は発さなかった。


その後推理が披露され、佐藤は膝から崩れ落ちた。


動機は、なんでも出来る鈴木を常日頃から妬んでおり、この温泉旅行を機に殺そうと計画を立てたのだった。


「海村警部!鈴木が病院で目を覚ましたようです!」

「それは良かった!」


こうして群馬県温泉旅館殺人事件は幕を閉じたのであった。




「なんか今回のドイル君面白くなかった」アニメを見終えたゆうたが愚痴る。


「見終わったなら早くランドセルをかたずけてきて」

「はーい」

ゆうたはランドセルを持って自分の部屋へと向かった。






事件から一週間後、佐藤は鈴木と再び旅館を訪れた。

「この前はお世話になりました」佐藤が礼を言う。

「いいのよ。こっちこそ色々とありがとね」女将が言った。


「でも本当にタダで泊まっていいんですか?」

「いいのよ。あの時色々とお世話になったからね。さあお入り。夕食は部屋にお持ちするよ」

「ありがとうございます」


その日の夕食は料理長が腕をふるった、あんこう鍋だった。






































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あいつがやってきた ふくしま犬 @manonakiri

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