こんな日にはしりとりで。

秋月創苑

本編

 ぼくらにはルールがある。

 正確には、ぼくだけのルールかもしれない。 だって、彼女に確かめたわけでは無いから。

 彼女に、そう聞いたわけでは無いから。


 彼女のお弁当が菓子パンだった日には。

 ぼくは彼女と家に帰る。

 学校帰りに二人並んで、川沿いの道をゆっくり歩いて帰る。

 時々彼女が立ち止まって、何も言わずに川のキラキラをながめてる時も、ぼくはじっとそばで待ってる。

 追い抜きながらクラスの子たちがからかうけれど、ぼくらは気にしない。

 ほんとうは、少しだけ恥ずかしいけれど。

 彼女はそんなとき、じっとくちびるをかんで、下を向いている。

 ぼくは彼女にそんな顔をして欲しくないから、いっしょに帰っているのに。

 ぼくは彼女に何も言えない。

 だから、かけていくクラスの子たちに言う。

 ばーか、とか、そんなんじゃない、とか。


 いつからか、ぼくは気付いていた。

 彼女のお昼ご飯が菓子パンだけの日。

 彼女は元気が無い。

 話しかけても、うわのそらだし、時々何も言い返してくれない。

 だから、一緒に帰るくらいしかぼくにはできない。


「アリクイ」


「い……いー……

 イグアナ?」

 ぼくらの定番はしりとりだ。

 家に着くまでのあいだ、何も話さないでいるのがこわくて、ぼくが始めたことだ。

 彼女も文句を言わずに、一緒にしりとりをしてくれる。

 だから今日もしりとり。

 今日は、動物しりとり。


「ナマケグマ」


「マ…マ、マナティー」


「イノシシ」


「…答えるの早いね。アイちゃん、動物好きなの?」

 ぼくはしりとりばっかりで家に着いちゃうのがなんだか少しくやしくて、そんなことを聞いちゃう。

 アイちゃんは特にうれしくも無さそうに答える。


「…別に。他の本飽きたから、最近は動物の本ばっか見てるだけ。」

 アイちゃんの肩までの黒い髪はいつもきれいだけど、今日は少しぼさっとしてる気がする。

 時々、こんな日がある。

 なんとなく、ぼくと帰る日にはこんなことが多い気がして、少しなんだか悲しい気持ちがする。

 アイちゃんはその黒い髪の左がわを、指でくるくるしながらボソボソと言う。

 いつも、教室で他の女の子と話してる時は、もっと元気いいし、笑ってる。

 それがまた、ぼくにはなんだかくやしいんだ。


「えーっと…し!

 次はシだね…!」

 気を取り直して、ぼくはしりとりに戻る。


「シ…シ…シロ、サイ?

 シロサイ!」


「インドオオコウモリ」

 ぼくのこんしんのシロサイに、喰い気味にアイちゃんが何か答える。


「えっ?

 なんて?」


「だから、インドオオコウモリ。」


「…アイちゃん、すごいの出してくるね。」

 インドオオコウモリって、何。

 コウモリなんだろうけど。

 アイちゃんは、ぼくがすごいと言ったのが嬉しかったのか、少し得意げに見える。

 また右の髪の毛をクルクルして、それが川のキラキラを反射して、ぼくはしばらくそれから目をはなせなかった。


「ヒロくん、くち、空いてるよ…?」

 アイちゃんに言われて、あわててつばを飲み込んだ。

 何か、言わなくちゃ。

 でも、何も頭に浮かんでこない。


 そうだ、しりとりだ。


「えっと…えっと。

 インド?オオコウモリ…?

 リ、だね。」


 リ…リスボン。それちがう。負けてるし。

 リ…リンダ。誰、それ?!

 リ…リーマンショック。お父さんが言ってるのを聞いた事あるけど、多分動物じゃ無い。

 リ……


「リス…」

 ぼくは少し恥ずかしくなりながら言った。

 しりとり偏差値が低いことを、今日ぼくは初めて知った気分だ。


「スローロリス」


「アイちゃん…?!

 何、そのルールブレイカーみたいなヤツ!?」

 アイちゃんが聞いた事のない動物の名前を言って、すごく得意げだ!

 また髪の毛クルクルしながら、こっちを横目で見て、ニイッって笑ってる。

 それがまた川のキラキラを反射して、ぼくはまた何も考えられなくなったんだ。


 ぼくは何か答えなきゃって思うんだけど、心臓が自分のじゃないみたいにドキドキしてて、のどがカラカラにかわいて、ごくんとまたつばを飲んだ。


「ス…ス…………

 

 ……好きです」


 …言ってから、目の前が暗くなった。

 今、何をぼくは言ったんだろう…?


「あっ!」

 今の、まちがい、そう言おうとして、アイちゃんを見てまた頭が真っ白になった。

 ちがう、真っ黒になったのかな。

 わからないけど。


 アイちゃんは、真っ赤な顔して、ぼくをじっと見てた。

 すごくおどろいてる。

 やっちゃった、そう思ったけど、もうおそい。


 アイちゃんは、下を向いて、少しプルプルしてから、グッと顔を上げて、ぼくを見て言った。


「すっとこどっこい!!」

 それから、アイちゃんはすごい早さで走って行っちゃった。


 あーあ。

 なんてこと言っちゃったんだろう。

 …でも、何でか不思議と心が浮き上がってきて急に笑いたくなってきた。

 そしたら止まらなくなって、ぼくはゲラゲラ笑った。

 …大丈夫、アイちゃんも走り出す前に少し笑ってたから。

 きっと、怒ってはいないと思う。


 明日も、また一緒に帰れるといいな。

 今度は魚しりとりをしよう。


 でも、すっとこどっこいってどんな動物だろう?

 帰ったら、お母さんに聞いてみようと思う。

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こんな日にはしりとりで。 秋月創苑 @nobueasy

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