新・生類憐れみの令
タカナシ
新ルール
新年号が訪れた5月。
新たなルールが俺たちに課された。
それは、たまたま休みだったある日の朝。
俺はカリカリに焼いたトーストにチョコクリームをこれでもかとつけて食べながら、テレビを眺めていた。
朝のテレビはスッキリと見れるものに限る。
わざわざ朝に暗いニュースなど見たくもない。
テレビニュースでは明るいニュースやくだらないニュースを伝えて、俺を爽やかな気分へ導いてくれていたが、突如速報が入った。
それが、新ルール。
『新・生類憐れみの令』
その概要はこうだ。
・動物に危害を与えた者に罰則を加える。
近年多発している、近隣トラブルやあおり運転など、こらえ性がない人々が起こす事件は動物を愛でる心の余裕がない為だとか、なんとか。
罰則は禁固刑が主になり、最も重たいものでは死刑まであるそうだ。
「ふ~ん。ま、いいじゃね」
トーストの最後の一口を頬張りながら呟く。
口ではこう言ったが、常日頃、動物虐待のニュースはハラワタ煮えくり返る思いで聞いている。
特にネコやイヌを殺したりするヤツは、全く同じ方法で拷問されてから地獄へ落ちろ! と思うほどだ。
そんな風に新たなルールを聞いていると、ニュースキャスターが追加情報を加わえる。
――尚、動物に危害を加える描写のある書籍物も厳罰の対象となり、焚書とされる模様です。全国書店ではすでに選別が行われているようです。近く個人宅の書籍物なども役所の方が確認し、選別・処分するとの事です。
「ハァァッ!!」
俺はパンクズを口から撒き散らしながら、叫んだ。
そこから俺の行動は素早かった。
すぐさま自分の部屋の本棚の前に駆けつける。
大きな本棚に大量の漫画。
そして本棚の大部分を占める紫色の表紙。
100巻以上は優にあるその漫画を前に俺は誰も聞いていないことは分かっているが声に出して言わずには居られなかった。
「おいおい、待てよ、待てよ、待てよ。俺の聖書にして生きる糧でもある、この漫画が焚書? 焼かれるのか!? もう読めなくなっちまうのかッ!?」
そんなことはさせないッ! 絶対にだッ!!
覚悟はすぐに決まった。
「隠し通すと心に誓ったならッ! すでに行動は終えているッ!」
俺はその漫画に描かれている台詞をもじりながら、本棚からとりあえず漫画全巻を取り出す。
流石に100巻オーバーの作品。物理的ボリュームが半端ないッ。
「くそっ。これくらいで怯むかッ!」
俺はどうやって隠すかを考える。
ない頭で精一杯考える。
諦めてたまるか。いや、諦められるはずがないッ!
そうして思いついたのが、麻薬の密輸で使われた手口として、いつだかニュースで見た気がする方法。
「キャリーバッグの中を裂いて、そこに詰め込むしかないっ!」
もうバッグとしては使えなくなるかもしれないが知ったことか、イタリアとかイギリスとかエジプトとかアメリカとか、行きたいところは山ほどあったが、その際にはまた買おう! キャリーバッグはいつでも買えるんだ。
どうしても買えなかったらボストンバッグで仙台に行こう!
俺はカッターでキャリーバッグの中を裂いた。
「これで良し!」
だが、普通なら100巻も隠せないだろうと思うかもしれない。
しかし、信者クラスの俺ならば、どの巻に動物がひどい目にあう描写があるのか、本を見なくても分かるっ!
漫画を的確に取り出す。
「……全部で50巻近く動物がひどい目に会う描写があるんだが」
俺は軽く眩暈を覚えたが、とりあえず気に入っている巻からキャリーバッグへ隠す。
残りを悩んだが、布団の綿を少し抜いて、本を入れることにした。
ゴツゴツとした感触になるが、この漫画に埋もれて寝るのなら本望だ。
こうして、俺は役人が来るのを待った。
※
「はい。この本とこの本はダメだね。焚書に回します。あとは、えっとこの漫画は歯抜けになっているけど?」
役人は2人でやってきた。1人はメガネをかけたヒョロイいかにもお役所にいそうなタイプ。
もう1人は、筋骨隆々で、どうみても役人には見えず、たぶん新ルールに対して不満を抱く輩から役人を守るボディガードだ。
メガネをかけた役人が、俺の漫画が歯抜けになっていることを不思議に思い質問してくる。
俺は何度も心の中で練習した台詞を口にする。
「この漫画、俺とても好きなんですよ。だから、役人さんに焼かれる前に自分でケリをつけました」
俺は言いながら、うっすらと涙を浮かべる。
完璧な演技だ。役者を志した方が俺は成功したかもしれないッ!
「ああ、そうなんですか。さすがにそこまでの覚悟の方はいなかったですよ」
役人は若干引きつった顔を見せる。
良し、狙い通りだ!
メガネの役人は納得したのか、俺がダミーで用意した焚書対象の本を持って我が家を後にした。
「すみません。おつかれさまです」
俺は役人2人を外まで見送った。
やった! 勝ったぞ! 俺は、俺の大事なモノを守りきった!
一時はマジに焦ったが、俺はツイてる信者だったんだッ!
思わず笑みがこぼれたその瞬間、俺は見てはいけないもの、いや、違う。これは神が俺にこそ見ろと示したものを見た。
役人が乗ってきた車、その荷台に焚書される予定の本が積まれている。
そこには確かに、紫色の表紙の本が大量に積まれていたのだ。
「……くそっ! 俺には、俺には助けないなんて選択肢は、ないッ!」
俺は役人が乗る車に襲い掛かり、漫画を抱きかかえた。
「何をするんですかッ!?」
メガネの役人が声を上げると同時に、屈強なボディガードが首を鳴らしながら前へと出る。
「かかって来いやぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!!!!!!!!!」
※
――次のニュースです。本日未明、焚書予定の本を強奪し、市役所職員2名に暴行を加えた男性が逮捕されました。
男性は一度は逃げたのですが、すぐに警察の手によって逮捕されましたが、持ち去った焚書の行方は知れず、警察は引き続き捜査しています。
男性は逮捕直後、「後悔はない。納得は全てに優先するぜ」と謎の供述を残しており、警察は余罪も追及しています。
新・生類憐れみの令 タカナシ @takanashi30
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