ポエムを書く上での私のルール

無月弟(無月蒼)

ルールを守って、ポエムを書こう!

 大学からの帰り道。カツーン、カツーンと、松葉杖をつきながら、町を歩く私。

 前にちょっとした事故に遭って、足をケガして。先日退院したばかりなのだ。足にはまだギブスがしてあって、松葉杖無しでは歩くのは困難。やっぱり、怪我なんてするもんじゃないね。

 だけど、世の中そう悪い事ばかりじゃない。実は入院中に、私はある趣味と出会う事ができたのだ。それは……


「あ、桜が咲いてる。綺麗……」


 見上げた先にあったのは、綺麗に咲き誇るピンクの桜。すると途端に、脳内にあるフレーズが浮かんできて、私は慌てて下げていた鞄の中から、大学ノートを取り出した。


「うん、良い詩が浮かんできたー!」


 ノートに書きなぐったのは、桜の花を見て浮かんだ詩だ。そう、私が入院中に出会った趣味とは、詩を書く事。最初は詩の面白さなんて分からなかったのに、今では専用のノートを持ち歩いて、いい詩が浮かぶたびに書くようになっている。


「ふふふ、今日も絶好調」


 綴った詩を見ながら、こっそり笑いを浮かべる。

 入院中、気持ちが沈んでいた私に、元気をくれた詩。退院した今も描き続けているけど、書いているうちに、自分なりのルールを作るようになっていた。


 ルールその一。浮かんだら極力その場で、メモを取るようにする事。

 不思議なもので、浮かんだ時はどれだけ良いって思っていても、しばらく経つとどんなフレーズだったのか、忘れてしまうのだ。ぼんやりとは覚えていても、どこか違って感じる事が多くて。やっぱり、良いと思った物はその瞬間に文字にした方がいいよね。


 さて、と言うわけで桜の詩を書いた私は、再び松葉杖をつきながら歩きだす。

 だけど曲がり角を曲がろうとした時、不意に先の方から自転車が猛スピードで突っ込んできた。


「きゃっ!」


 慌てて後ろに下がったけど、バランスを崩して尻もちをついてしまう。幸い、ギブスをつけている足にはダメージは無かったけど、ズボンが汚れてしまった。

 けど、それだけならまだ良かった。自転車に乗っていたのは、私と同じ年くらいの男の人だったんだけど、転んだ私を見るなり舌打ちをしたのだ。


「危ないだろ!気をつけろ!」


 怒鳴り散らして、そのまま去っていく男。何さ、そっちがスピードを落とさずに角を曲がったんでしょう!

 走り去る男の背中を見て、心の中で怨み言を言う。この怒りの気持ちも、詩にしてやろうかなあ?


 怒りをぶつけるべき男は、もう走り去ってしまったけれど、このやり場のない怒りを詩にすることは出来る。すると不思議なもので、少し怒りが治まるのだ。

 よし、やっぱり後で詩を書こう。だけど、ただ怒りに任せて詩を書いてはいけない。何も考えずに書いたら、ルールに触れちゃいそうだから。


 ルールその二。嫌な事、怒った時の事は書いても良いけど、決して誰かを傷つけるような言葉は使ってはいけない。例えば、『嫌な奴』とか、『最低』とかね。

 詩は怒りのはけ口ではなくて、楽しむためのもの。それなのに経緯はどうあれ、人を中傷するような事を書いてしまうのは良くない。そこら辺を間違えてしまったら、私に詩を勧めてくれた、あの人に申し訳が無いもの。


 深呼吸して、怒りを鎮める。

 さて、落ち着いたところで、そろそろ起き上がろう。片足を汚しているから、ちょっと立ちにくいんだよね。

 出来るだけケガをしている方の足に負担をかけないよう、もう片方の足に体重をかける。けど、そこへ……


「大丈夫ですか? 春香さん」

「えっ?」


 突如呼ばれた、私の名前。途端に、心臓が大きく波を打つ。この声、聞き覚えがある。と言うか、聞き違えるはずが無い。

 勢いよく顔を上げると、そこにいたのはやっぱり……


「い、石塚先生⁉」

「こんにちは、春香さん」


 クシャッとした笑みを浮かべて、手を差し伸べてくれているのは、私が入院している時、治療をしてくれたお医者さん、石塚先生だった。


「石塚先生、どうしてココに⁉」

「今日は非番でね。ちょっと買い物に出かけていたのですけど、そこでたまたま春香さんをお見掛けして。さっきの自転車は、災難でしたね。怪我はしていませんか?足は、痛くないですか?」

「は、はい!大丈夫です!全然元気ですもの!」


 先生の手を取ると、足にギブスをしている事も忘れて、勢いよく直立する。しかし、全然痛みは感じなかった。恐らく興奮状態でアドレナリンが出すぎていて、痛みを忘れているのだろう。だって石塚先生と会えたんだもの。興奮するに決まってるじゃん!


 実は、入院して良かったと思う事が、詩以外にもう一つある。何を隠そう、石塚先生と出会えた事である。

 年齢は三十代と言う話だけど、どう見ても二十代前半にしか見えない若々しさ。甘く優しそうなマスク。知的差を感じさせる眼鏡。そのどれもが私にとってどストライク。一目惚れだった。

 退院してからは検査で病院に行った時に会うだけだけど、まさかこんな町中で会うだなんて。それに、先生は今日は私服。いつもの白衣も良いけど、先生はとてもお洒落さんで、これはこれで……良い!


「春香さん、どうしました。ボーっとして?」

「えっ? な、何でもありません。ちょっと先生に見とれただけ……いえ、なんでもありません」


 わあー、私ったら何を口走っているんだろう? 恥ずかしいよー。

 顔を真っ赤にしながら石塚先生を見ると、先生はクスクスと笑っている。ううっ、呆れられたかなあ?


「元気そうで何よりです。ところで春香さん、今時間大丈夫ですか?」

「えっ?はい、特に予定はないですけど……何かあるんですか?」

「実はこの先に、紅茶とケーキの美味しいお店があって。食べに行くところだったんですよ。でも一人で行くのも寂しいので、もし春香さんさえ良ければ、ご一緒にどうかと……」

「行きます! 先生と一緒なら、地の果てでも!」


 こうして私は、石塚先生と一緒にお出かけすることになった。先生は道中松葉杖で歩く私を気遣ってくれて。ああ、やっぱり紳士だなあ。

 そうしてやってきた、レトロな感じの喫茶店。こういうお店に入るのは初めてだけど、先生ってこう言う所が好きなのか。覚えておこう。


 中に入って、席に案内されて。先生と何気ない話に花を咲かせる。


「そう言えば春香さん、詩はまだ書いてらっしゃるのですか?」

「はい、もちろんです。今ではノートを持ち歩いて、思いつくたびに書くようにしています」


 私は笑顔で答える。実は元々、私に詩を進めてくれたのは石塚先生なのだ。一日中ベッドの上にいたんじゃ退屈だけど、詩を書いてみたら面白いんじゃないかって言われて。最初は戸惑ったけど、今じゃすっかりハマっていて。本当に、先生には感謝だ。


 そうだ!今この瞬間の気持ちも、ちゃんと詩にしておこう。

 私は鞄からノートを取り出して、詩を綴る。




『キャー、先生と会っちゃったよー。しかも先生、私服だよ私服。私服が見られるだなんて、至福だよー。一緒にお出かけなんて、デートみたい。私の中ではデートに決定、初デート―(≧▽≦)』




 良し、我ながら完璧な詩だ。って、あれ?詩に顔文字って使ってよかったっけ?まあいいか。


 ルールその三。細かい事は気にしないで、その時の気持ちを書きたいように書く。これも私の、詩を書く時のルールなのだ。

 すると石塚先生は、ノートに詩を書く私を見て微笑みかける。


「随分熱心ですけど、春香さんはいったいどんな詩を書いているのかな? 結局、入院中は一度も見せてもらえませんでしたよね」

「え、ええと……大した詩じゃないですよ。先生に見られるのは,恥ずかしいですー」


 だって私の書く詩は、ほとんどが先生への恋の歌なのだもの。さっきの桜を見た時に浮かんだフレーズも、『先生とお花見したいよー』だったし。

 だから生憎このノートは先生には……いや、誰にも見せるわけにはいかないのだ。

 ルールその四。書いた詩の内容は、誰にも絶対に秘密。これは守るべき最大のルールなのである。


「ふふふ。いつか見せてもらえたら嬉しいですね。その日が来るのを、楽しみにしていますよ」


 優しく微笑む石塚先生。思わずお付き合いしてくれたら、見せてあげてもいいですよって言いたくなったけど、慌てて飲み込む。

 そんな事を言ったら、先生は困ってしまうだろう。今はこうして、一緒に紅茶を飲んで、ケーキを食べれるだけで幸せなのだ。今は、ね……






 さて、先生とのデートを終えて、家に帰った私だったけど。

 翌日になって今度は一人で、昨日の喫茶店を訪れていた。その理由は……


「あ、あのう。昨日ここに、ノートの忘れ物ってありませんでした?」

「ぷぷっ! ノ、ノート。ですね。少々お持ちください……ふふっ!」


 店員さんは笑顔で対応してくれて、店の奥から忘れていったノートを持ってきてくれた。赤裸々なポエムの書かれた、あのノートを。


「こちらで間違いないでしょうか?」

「そ、それです!あの、それで……中身、見ました?」

「い、いいえ。見てませんよ……ぷぷっ! ポエムなんて全然、見てません……はははっ!」


 笑顔で答える店員さんを見て、ほっと胸をなでおろす。


 良かった。もし見られていたら、恥ずかしくて死んじゃうところだったよ。

 無事にノートを回収できて、一安心。詩を書く上でのルールは、今日も無事に守られたのだった?

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