私は規則違反などしてません、それを云うなら我が子ですよ。

奥野鷹弘

知識となる教科書は、一冊にしてはならない。

『まるで地震のような揺れで、ガラスが飛んできたんだ。なにが起きたのかわからなけれど、信じられないよ。』

『10分後に爆発したんだ。それから数分もたたずにあそこから、人がたくさん飛び出してきたんだ。そしたらまたすぐに、もうひとつのビルが爆発したんだ。』



「・・ママ?」

 幼い男の子が、窓際の陽ざしを受けながら貧弱そうな眼差しで母親を見詰めて居る。母親は何事もなかったかのように、釘付けになりそうになったひとつ屋根の下にあるテレビ電源をオフにした。母親の目つきは幼い男の子とは違い、どこか1点だけを見つめてる・・そんな眼差しが我が子にも注ぐ。空気のように振る舞う母親は、我が子を包んで≪くるんで≫は、我が子の名を呟きながら髪を撫で下ろした。



『あら、友クンのママ!久しぶりじゃない、元気だったの?あ、そういえば先週‥学校の家庭科の授業で調理実習だったじゃない。友クンのママも大変でしょ。お仕事なさっているから、そうなっちゃうわよね。友クンが「からあげに、トリニク?」発言しちゃって、クラスのみんなビックリさせちゃったみたいだね…。でもさ、パパさんは”海外出張”なんでしょ?友クンママも忙しいでしょ‥電子レンジでチンになっちゃうわよね。手が回らいものよね。他のママさんは、特に若い友クンママに対して疑問符だったけれど、今のご時世…家庭の姿まで見せてられないわよね。』

『こちらこそ、ごめんなさい。いえ、私の所は豆腐なの。鶏肉、私がダメなの。』

『え!あ、ごめんなさい。幼稚園の時の飲み会の席で「唐揚げが好きなの」ていうのを憶えていたんだけど…違うママさんだったのね。もう、アタシってイヤだわ。』

『いえ、お気になさらずに。』



「・・ねぇ、ママ??」

 光の加減でチラつく茶色い地毛の男の子は、眼尻をいつも以上に下げて、先週に発行されたお便りを母親に差し出した。手紙を読んでいる母親の姿はまるで、いつ爆発するかわからないような地雷を漂わせた。男の子は、その一寸先にある光を掴むようにして静かにある処を指を差した。目線が重なったことを知った母親は、カタンと静かに席を外してそこへと向かうのだった。



『あの…もしもし、あ、わたくし友則≪とものり≫クンの担任の”問矢≪といや≫”といいます。』

『はい、わたしの友則の先生でしたか。先生の名前はご存知ですよ、珍しい名前でもありまして忘れてはいませんよ。…ちなみに何かありましたか。何度も電話を掛けていただいたそうですが。』

『あぁ、いえ、あのですね…。なかなか申し訳にくんですけど、友則クン…体の調子が悪いのはわかるんですけども…一応学校なので、これから入学する子のために唄う校歌だとか、または参加しないと授業にならないような、そんな事がずっと続いているので周りの子供たちが不安定になっているのです。ほんの些細なキッカケで言い争ってしまったり、または省かれてしまったり。決して”いじめ”という形ではないんですが、こちらがそのようにさせてしまっているような感じで悩んでいるのです。家ではなにか話を聴いていませんか?悩んでしまっているとか?』

『いいえ、私には楽しい話ばかり聴かせてくれますよ。時々、私が嫌いな話をされるので話を拒絶してしまっていますけれど。毎日、元気に準備して行っていますよ。』

『うん…、そうなんですね。もしかしたら、ずっと時間を押しての授業ばかりなのでそんな風に出ちゃっているのかもしれませんね。もう5年生も近いですし、反抗期というのもあり得ますからね。あ、お母さんさんちょっといいですか。』

『はい。いいですよ。』

『いえ、保険の先生からのお話だったんでハッキリ伺えてないんですが…つい最近、どこかの公園とかでケガしましたか?いえ、ちょっと派手に転んでいたのなら、椅子に座っているのも辛そうだなと思いまして・・。』

『うんん…。わからないですね。でも、最近は誰かと遊ぶより家に居ますよ。また、何かあったら教えてください。』

『あ、はい。こちらこそ、』



「・・・、マ、ま?」

「うん、どうしたの?」

「いま、ダレとしゃべっていたの?颯≪はやて≫クンのママ?先生?それとも、ずっと前に来ていた、黒いカバーの本を読んだり楽しい話を聴かせてくれたりしてくれたおばさん?あっ、そういえばおばさんにあったんだった!家に帰るときにね、あのおばさんの本を投げていたおじさんが居たの。でも、おじさんが怖くて怖くて帰ってきちゃったんだ…。おばさん、大丈夫かな…?」

「うん、大丈夫だよ。おじさんは悪い人だからね。おばさんは絶対負けないよ。」

 幼い男の子は、眉間にシワを寄せた母親の顔を覗き込んで、何かが納得できないまま胸にストンと教育が身についた。久々に電話が鳴ったと思って、自ら受話器を持ち母親に渡した。番号先が誰だか判らなかったが、小さいころに聴いて身に遺っている感覚で、母親の電話相手先が父親だと確認した。まだ9歳ごろにして、母親が父親に対する気持ちがどんなものなか知った。そして、父親が夜に出て行ってから帰ってこなくなった日が続いてのある日のインターフォンで、母親がなにか少しずつ変わっていくのを感じていた。手触りがまだ少しだけいい分厚い本が、いつの日か食卓テーブルに鎮座されていた。



『ママ、ママ、ママ!!ねぇ、ママ!!』

『何、どうしたの?』

『あのね、あ、あの、あのね、保健の教科書に男の子は大人になると精子が出るようになりますって書いてあるの。でもね、でもね、ママ、ボク、判らなかったの!!判らなかったの、なんか痒くなって触ってたら、出てきちゃったの!!でも、ママ、云ってたでしょ。黒い本が正しいって!でもね、ママ。違うの!ねえ、ママ違うの!!授業で習うって話きいたの。ねぇ、ママ!!』

『―――学校は間違っているのよ。従うのは、独りだけなの。わかる?さぁ、選びなさい!!』

『これで、こ、これで・・。お願いします・・』

 あれから何時間経っただろうか。この家に住んでいるのは、母と息子だけの2人のみ。まだ小学生とはいえ、教科書などは予想以上にあるだろう。ましてや積み込み方式になった現代は、大事な基礎を一回で覚え、あとは復習もなくそのままテストへと移行されていく。基礎がしっかりしていなければ、応用問題も難しいこの学力背景。それもまた、子供たちを追い詰め、また知らないことへの対しての大の社会人からした目線は、精密機器の道具のようにミリ単位で厳しい。そして、また一つの世界だけが正しいと囚われた社会もまた、これから生きていく人間たちの首を括り振り回している。



『どうですか、問矢先生。友則クンのお母さんと連絡は尽きましたか・・?』

『あぁ、校長先生!あの、いいえ、まったく・・』

『そうですか…。家庭訪問も電話も無理なのであれば、もう児童相談所にお願いなどしなければなりませんね。』

『はい…。いえ、子供たちの噂では友則くんのお母さんはよく見るそうなんです。なんでも、女性2組で歩いているらしく…。ただ訳が分からなくて、ほかのお母さんからは物凄く嫌われているらしいんですよね。でも…皆さん、この時期だから”役員の選考”だとかで勘違いしているらしく、学校の名前を告げた途端、受話器を下ろされてしまうんですよ。参観日とか懇談に合わせて訊けたらいいんですけど、それも廃止したばっかりに保護者との連絡が・・』

 小学校では、春休みが明けてからも友則くんの行方を捜していた。クラスメイトでは、新学期の始まりと新しいクラス替えで友則くんの事は誰も気にしなくなっていた。唯一残されているのは、海外出張と噂されている父親と連絡をとってみる事だった。だがしかし、父親がいなくなったのは小学生の入学の頃のため、連絡先など見つからず諦めざる負えない状況になりつつあった。



「ねぇ、ママ…此処はどこ?」

 母親は幼いとされる人に向かって、刃物を向けた。これで何回目だろうか。刃物は鋭い金属音をすり合わせながら、茶色く伸びてくる我が子の髪を切り刻んだ。母親は頑なに我が子に向かって、「悪魔の子だ」ど嘆き続けた。両親ふたりとも生粋の黒さが自慢の黒髪が我が子では茶色だったのだ。血の気のある食べ物を食してしまったのだ。私たちを創ってくれた父に反する子が、自分の体内から生まれことに凶器を隠せなかった。それは、創ってくれた父の本には許されていなかったからなのだ。

 そして――



『臨時速報です。ただいま、情報が入りました。えー、我が子を黒いビニール袋に入れて遺棄された模様です。昨日捜査中でしたが、自宅内にある庭に変な掘り起し跡があり、捜査線上に浮かんだ母親に尋ねたところ、矛盾ではあるものの殺人容疑、または虐待殺人とみて身柄を拘束いたしました。本人の口では、『正しいことをしたつもりだ。』と容疑を正確に認めておらず、我々報道陣も頭を困らせております。しかしいったい、まだ小さい友則君に一体何があったというのでしょうか…。以上現場からでした。』

『ありがとうございました。いや、驚きな事件ですね。』

『いやぁ、今時しつけはね、なんだかなぁ。』

『学校はなにしてたんですか、』

『常識をもっとね、こうすぐカッとなるっていうか』

『えぇ、』


「・・、・・・、、ねぇ、ママ。この、黒い袋はなに?」

「友則が悪いのよ。神様の愛を受け取らないばかりに、私が痛い目に合うじゃない。ほら、素敵な色でしょ。」

「・・・。うん、そうか!だってママ、黒い本が大好きだったもんね!”白い本”だって、みんなもお爺ちゃんも言っていたけれど、カバー、白だった良かったのにね。」

「ほら、黒い袋が風で飛んじゃうよ。」

「ママ、飛ばないよっ。だって、ママの手にまだたくさん黒い袋持っているじゃん。じゃあ、またね。バイばい、」

 まだ咲いたばかりの桜は、今日の風で半分は散り吹雪いた。また黒い袋も、風になびかれていた―――。

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私は規則違反などしてません、それを云うなら我が子ですよ。 奥野鷹弘 @takahiro_no_oku

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