ルール
ゆうけん
野球のルールは複雑で説明が大変である話
野球を知らない人に野球のルールを説明するのが、こんなに難しいとは……。
俺は野球の試合をテレビ中継で見ていた。
完全な投手戦で0対0のスコアボードが動かない試合で、となりでスマホをいじっている彼女はまったく興味がない様子だ。
連休ということもあり、二人でのんびりとした時間を過ごしていた。
お互い重度の花粉症だったので、外出は控えてダラダラと家にこもっている。それでも目は痒いし、鼻も垂れるが外にいるよりは大分マシだ。
野球中継に動きがあった。
「振り逃げ成功か……ここで得点すれば流れは変わるぞ」
ボソリと呟いた言葉に彼女が反応した。
「振り逃げって何?」
キョトンとした顔で俺を見る。
ツーストライクの状態で、キャッチャーが捕球を失敗した場合、打者は進塁するチャンスがあり、ボールが打者に触れていない、または一塁に打者が着く前に一塁へ送球されなければ、打者は塁に着けるというルール。
「そのバッターにとって最後のボールをキャッチャーがこぼした時は、一塁に向かって走っていいんだよ。もちろん、一塁にバッターが着くよりも先にボールが届いたらアウトだけどね」
「最後のボールって?」
「ツーストライクの状態で、空振りしても1アウト。ストライクを見逃しても1アウトって状態。スリーストライクでバッター交代だからね」
「ふ~ん。でも、この人はツーストライクの状態でも何回も打ってるよ」
そう指さしたテレビ画面には、ファールを打っている選手が映っていた。
ツーストライクの状態でも、一塁線と三塁線の外へ打てば打席は変わらず続行する。
「あれはファールって言って、打球が前に出てないでしょ? だからノーカウントで打席に残ることが出来るんだ」
「ふ~ん。あ! またファールだけど、今度はバッター変わったよ! なんで!?」
さっきまでファールを打っていた選手はファールフライを打ち上げてしまったのだ。
バットに当たったボールが一度も地面に着かない場合のみ、捕球すればアウトになる。それはファールでも適応されるのだ。
「ええっと、あれはファールでも、打ち上げたボールを取るとアウトにすることが出来るっていうルールがあるんだよ」
「ふ~ん。じゃぁ、なんであの人はアウトになっちゃたの?」
テレビに映っていたのはスリーバントをしてしまった選手だった。
打者はバットを振る方法と、バットを自分の体の前に両手で持ちボールを当てる方法の二種類の打法がある。無論、バントはボールが全然飛ばず、今回のように一塁にいる仲間選手を二塁に進める為に、出来るだけ手前にボールを落とす戦法だ。
そこで、大きなリスクがあるのがスリーバント。
本来、ツーストライクでファールをしてもアウトにはならないが、バントだけはファールしてもストライクカウントになるのだ。
「バント失敗だね。バントはファールが許されない厳しい条件なんだよ。バットをスイングするより、ただバットに当てるだけだからかもね」
そう言いながらも俺はバントの難しさを思い返していた。
バントは勇気がいる。手元で100キロ以上のボールを当てるのだ。それに仲間を進塁させなければならないプレッシャー。三塁線か一塁線ギリギリにボールを転がす技術。しかも、ボールの勢いを殺し、出来るだけ手前に落とさなければ意味がない。
「ふ~ん。なんか色々と複雑なルールなんだね」
彼女が笑顔でそう言った時、テレビから実況者の叫び声が聞こえた。
『打った! 伸びる伸びる! これは届くか?! ああ! 届かない! ランナーは三塁も蹴って、ホームへ向かう! 入りました! 先制の一点! ベネズエラ出身、ガラナ選手の見事なタイムリーツーベース! 助っ人外国人選手として初のヒットがタイムリーヒットとは、さすがですね~』
その実況を聞きながら彼女は笑顔で固まっていた。
きっと、何を言っているのか分からないのだろう。
タイムリーヒット。タイミングの良いという言葉に掛かっていて、ランナーをホームベースへ帰すヒットのことだ。日本語では適時打とも表現する。
まぁ、彼女はまたスマホをいじり出したので説明はしないが、やはり色々と専門用語も含めて説明は難しい。
翌日、コンビニでスポーツ新聞を買おうと思ったが、一面記事をみてやめた。
一面は昨日の試合で活躍したガラナ選手のタイムリーツーベースだったのだが、大きな見出しで『ガラナ初H』と書かれていた。
この新聞を彼女に見られたら、間違いなく色々と面倒臭いだろう。
そう思ったからだ。
ルール ゆうけん @yuuken
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