第5話「逆襲の茨城」
発射まで5秒前、4、3、2,1……
「頼んだぞ、僕の、いやイバラキ民すべての思いを届けてくれ」
小山少年は祈る。
「ああ、完全手作りの純国産ロケットだ、今度こそうまくいってほしいな」
そして、エンジニアの日立東海もまた自分の作ったロケットの行方を見守った。
あのファフニータで過ごした夜から五年が過ぎ、彼は今つくばにある旧宇宙センター跡地に多くの仲間とともに立っていた。
そしてこのロケットの打ち上げから1ヶ月後、日本経済に大変化が起きた。
「大暴落だと……?」
「はい、とうとう、株価は5000を割りそうです」
「いや……徐々に減ってきていておかしいとは思ってたんだが、急に5000落ちることがあるか、この大国日本がだぞ」
結城首相は官房長官の報告を受けて狼狽していた。
イバラキ政策のおかげで日本の治安、生産性、教育水準は世界最高のものとなった。イバラキに行きたくない一心ではじまった過剰な幼児期からの受験競争によって、あらゆる教育分野は世界をリードするようになり、日本の教育がグローバルスタンダードとなった。
英語を話せない日本人の時代も終わった。
世界中で日本人が活躍する日本の黄金時代が到来していた。
また世界中の闇経済はつぶされ、エロなどの裏サイトもすべてつぶされた。世界中がきれいになり浄化された、だからこそ突如始まったこの株価の暴落は日本にとどまらず、世界中に波及しつつあった。
しかし、それとは無関係に日本経済崩壊の前兆ははるか前から現れていた。
「国民の生産性はずっと下落し続けていたのです」
「なぜだ? 最高の教育を国民にはし続けたし、とうとう我が国は犯罪ゼロを達成したんだぞ」
「真面目過ぎます……遊び方を知らないのです、ゆえにレジャー産業は盛り上がらず、『贅沢は敵』という教育をされてますので、外で飲食することもなくなり、外食産業はほぼ全滅です」
「遊びがない、結構じゃないか? 皆が勤勉にはたらく、生産性に何ら問題はない」
「ですが需要がありません……例えばですね、まず酒をたしなむ人間が減りました、酒関係の企業も夜の産業も廃れてます。ファッションもダメです。みんな恋愛をすることが二の次ですから」
ファッション誌などはとっくに廃刊となっており、女性の外に出る際の格好はどこかの戒律の厳しい宗教の服装のようであった。
「いやいや、そんな娯楽産業とかどうでもいいんだよ、日本らしく自動車とか、その他の機械の生産性は上がってるはずだろ。お前が言ったようにみんな真面目なんだから」
「真面目なんです、だからつまらないんですよ今の日本製品は……実用性ばっかりで、遊びがない。あれだけ世界でもてはやされた漫画アニメもダメになりました、規制が厳しすぎるから。テレビ番組や映画も少しでも誰かをいじるようなシーンがあればカット。バラエティはつまらない。だからほとんどの番組が暮らしに役立つ番組か、ためになる知識番組。毎日が同じ放送」
「……同じことの繰り返しいいことじゃないか、つつましくてまさに日本らしい。はじめのころ奔放だった移民どももようやく日本らしさをわかったのだ」
「違うんです日本らしさを失ってしまったんですよ、結城首相……。日本人はみな文化をなくしたのです。酒もたばこもマンガもゲームもエロもみんな、日本文化の根幹だったのです。それを失ったのです、だからもう終わりなんです、この国に未来はない」
「なんだなんだ、官房長官……おまえだって同じ意見で日本を変えてきたんじゃないか。ようやく作れたんだろ『美しい国』が、完全無敵の穢れなき浄化された日本、これこそ悲願だったはずじゃないか」
「違うんです、私は見てしまったんですよ、私はイバラキを、イバラキの中に残された私たちの国の文化を見てしまったんです。醜くて、汚くて、ケンカもすれば、酒に狂ってダメになるやつもいる、人を殺す奴だっている、ほんとうに醜い国がイバラキでした」
「そうだよ、あそこは野蛮なんだ、何がいいんだそれの? それになんだ、イバラキの情報なんて手に入らないはずだろ、奴らに情報の発信手段なんてない、それらはすべて葬った、お前は何を見たというんだ」
イバラキにはスマホも電話もない。それどころか外部と連絡をする一切の手段は政府によって封じられていた。
しかしここ一ヶ月くらい前から、徐々にイバラキの外の世界に、イバラキの情報が拡散されるようになった。イバラキで作られた決して品がいいとは言えないバラエティ番組や映画、すっかり日本で見なくなった格闘の試合、そして刺激的で煽情的な映像画像の数々、その中には下妻ミトの妖艶なダンス映像や、宍戸イワセが作った低俗でロリなエロ漫画なども含まれていた。
それらが、それらを見たことない日本人たちの心に刺さった。
なぜか多くの日本人はそれらの映像をみて、怒るわけでも、嘲るのでもなく、わけもわからず涙した。懐かしんで涙したものもいるだろう。
結城首相の隣にいる官房長官もその一人であった。
「見てください、今や国民皆がイバラキを求めてます」
そういって官房長官はテレビをつける。そこには国会議事堂周辺に群がる人々が映し出されていた。多くの人がプラカードを手に取り、そこには「イバラキをかえせ」と書かれていた。
あの日、小山少年が美、いやエロと出会った日、小山少年は心に誓った。日本で消えてしまったこの素晴らしい文化、きらびやかな色を、必ず日本にとりもどさなければいけないとそう思ったのだった。ゆがんでいるのは、不健全なのは、完全に浄化されてしまった今の日本の方だと、少年は確信した。
そして少年は研究した、外部に情報を届ける手段を。日本国政府に邪魔されることのない手段をひたすら研究した。幸い茨城には、日本を代表する大学の跡地、そして破棄された宇宙開発センターがあった。
小山少年は同士を集め、研究を続けそしてとうとう完成させた。妨害、そして改変されないための暗号と、そして情報を世界中に発信するための衛星、そして打ち上げロケットである。
多くの失敗を乗り越えてロケットが打ち上げられた。そして、その衛星から真のイバラキの映像が世界中に向けて発信されたのだった。
と同時にあるメッセージを小山少年、いやイバラキは発信していた。
それは空白な世界に伝える痛烈なメッセージ。
それを見た民衆が一斉に動き出した。
『世界に飽きたら、イバラキへ』
「逆襲の茨城 完全版」 ハイロック @hirock47
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