最終話 冤罪探偵
『僕は「探偵」を嫌悪します』
と、他七日リスカは言っていた。
来戸ハルトに踊らされるまま――何も知らないまま、何も分からないまま、何も見当がつかないまま、何も思い当たらないまま、何も気づかないまま、何も聞き及んでないまま――何も知りもしないのに、何も分かりもしないまま。
ただハルトに餌を与えられるように殺人事件に首を突っ込み、ハルトに与えられた正答を得られると言うだけで、ハルトの掌の上で全てを掌握しているつもりにでもなっていた「探偵」を嫌うのだ、と。
不吉を孕んで、不穏を靡いて、不幸を嫌えない――自分はそんな悲劇のヒロインだと心のどこかで思っていた「探偵」を嫌うのだ、と。
何もわからないまま、何かを変えられると思っていた愚かなかつての自分自身を嫌悪するのだ、と。
これは先の話と同じく、なんの確証も無い話である。
「来戸ハルトと離別してから格段に周囲の人死にが減った」とか「二年前よりこっち明らかに推理力が落ちた」とか言っていたが、状況証拠と言える証拠は幾つかあるものの、それを事実として語るのは難しいだろう。
これは、そういう可能性もあるかもしれない――と、そんな程度の話だ。
それはともすれば、他七日リスカの存在を偶然だと切って捨ててきたハルトへの裏切りかもしれない。
しかし、他七日リスカを呪縛のように苦しめた「探偵」が何者かによって人為的に騙らされた偽物の肩書きだとしたら。
何者かに罪をなすりつけられるように、彼女自身が死ぬ程喘ぎ苦しんだ「探偵」も彼女が勝手に背負わされたただの冤罪だとしたら。
そんな可能性があるというだけで、離別するには充分過ぎるくらいだろう。
『なんの確証も無い話です。ただの妄想のような話です……けれど、万が一そうだったとしたら。もしそうだとしたら、僕はあいつを――』
話の締めくくとして他七日リスカはそう言っていた。
その先に続く言葉が「憎まずにはいられない」なのか「それでも恨めない」なのか「どうしたいのかわからない」なのか、そこまでは俺には聞こえなかったが。
他七日リスカは言葉の上では自らの愚かしさを詰るばかりで、来戸ハルトに対して恨みの言葉の一つも漏らさなかった。
仮にこの推論が全て事実ならば恨みなんて言葉では生温いほどの負の感情を彼女は来戸ハルトに向けているはずだというのに。
それは果たして、俺に格好だけはつけているだけなのか、離別から二年経った今でも尚そこまで折り合いをつけられて居ないのか――俺には判断がつかなかったのだ。
かつて、確固たる正義とかそういうものがあると信じていた一人の少年が、かつて正義らしきものを信奉していた頃、そいつは彼女に幾度となく厳しい言葉を投げ付けた。
その当時、そいつは彼女が何もしていないことは百も承知の上で、尚、彼女が悪魔の手先か何かだと思い込み蛇蝎のように嫌っていたのだ。
彼女としてはそんなものただの日常に過ぎず、さして気にも留めていないそうだが、それでも、そいつは正しさのようなものを背負って、間違っていそうな彼女を糾弾していたのだ。
今となっては、確固たる正義というものは存在すれど、それはそんなに正しくないということを知り、正義のようなものは所詮紛い物でしかないと知った少年の理想はあえなく砕け散り、自らがかつて彼女にした仕打ちを心の底から悔いているのだが……。
例え、蒙昧な少年が掲げた正義があえなく潰えて、拠り所をもうとっくに鞍替えして、心底自省しているとして……していたとしても。
そんな俺がどんな顔をして、どんな風に他七日リスカに言葉を掛ければいいというのか。
今更な懺悔なら幾らでもしよう――けれどそんなものはやはり今更でしかないのだ。
分かりきっていたことだが、極めて平静を装いつつ自らのアイデンティティについて――自らの歪められていたアイデンティティについて語り終えた他七日リスカを支えられる俺の手は既に包帯で雁字搦めにされていた。
俺には他七日リスカを励ますような言葉をかけることは出来ないし、彼女をリスカなんて親しげに呼ぶ事も出来ない、彼女の側に立つことも出来ない――そんな資格はない。
ハルトとの決別を聞いていの一番に駆けつけようとは思えど、負い目から尻込みして二の足が出ず、二年もの間手をこまねいていた奴が今更したり顔で他七日リスカに何をしてやれるというのか。
――それでも。
それでもだ。
棚の中リスカの「探偵」が誰かに意図的に作られたもので、彼女に突き刺された十字架のような重石が全て虚構であると言うのなら。
――もし、この話が本当で他七日リスカを泣かした誰かが居るのだと言うのなら、
「俺はお前を絶対に許さない」
電話口の相手に向かって、相手に聞こえない大きさの声で俺はそう言った。
相手の話は半分以上聞いていなかったが、俺の言葉は関係なく、どうやらまた勝手にヒートアップしているらしい。
電話の先でここに辿り着くまで後七分だとか言っているが、その時が俺の命の灯火が尽きる時だと。
ならば、それまでにここを立ち去らなければ……俺はもう「名探偵」が関わるような事件には巻き込まれたくは無い。
「探偵」の名を捨てたなんて嘯いていた彼女はそれでも事件が起これば嫌な顔一つせず、楽しげに首を突っ込むことだろう。
そんな彼女に俺はもう二度と会いたくないのだから。
冤罪探偵 一十 一人 @ion_uomi
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