夕陽と不器用な変人

黒秋

とある部室にて。

「美しいものに人は惹かれる」


「…突然どうしたんですか?」


「いやなに、この夕陽を見てみろ」


厚い黒のカーテンの隙間から射し込む夕陽は

確かに綺麗だった。


「シンプルな橙色の代名詞と思いきや

その身に黄金や紅の要素を

密かに内包している…

これこそ大衆が惹かれる美しさ!

黄金比率の夕陽空だ!」


「…なんというか、夕陽一つに

そこまで考えたこと無かったっすよ」


「はは、安心しろ。

この私も昨日までは

まぶしいけどきれいだなぁ と

ボケっとしながら見ていた!

未知の出来事や新しい発見というものは

案外探そうと思っても難しい…

ふとした時に発見は現れるのだよ!」


「…はぁ」


「んんっ、さて話を少し戻そう。

この夕陽という現象は

ほぼ全ての人間が美しいと考える

一般的な美だ。

だが億単位で存在する人類は皆が皆

一般的な美とは違った

美学 美意識を持っている」


「…その話、長くなります?」


「なにあと1時間聞きたまえ」


「もう下校時刻15分前ですよ」


「なに!?」


「夕陽の話してるんだから

それくらい気づいてくださいよ」


「なんと!夕陽の美しさに酔うだけでなく

時間に結びつけて考えるとは…

やるじゃないか瓶ぞこメガネ!」


「誰が瓶ぞこですか普通のメガネですよ」


「ふはは!んじゃまあ

片付けをしながら手短に話すとしよう!」


そう言って先輩は長い髪と白衣を

バサっとカッコつけて揺らしながら、

だらしなく座っていた 机 から

素早く立ち上がり、

今日使用した実験道具を片し始めた。


「さてさて、例えばだが…

私がこの化学部に入部した理由は

生物が好きだからだ!

特に生命活動!植物もそうだが

彼らがなぜ空気や水や食物を喰らい

子孫を残そうと足掻くのか…

考えただけで興奮する!」


「え、美しさの話どこいったんですか?」


「ああそうだった。

確かに一人の学者として探求心もあるが

それらの背景には

私がこの分野に興味を持つ理由となった

美しさが存在する。

幼い頃生命活動の美しさを

ふと認識した時、感動で涙が出たのを思い出すよ」


「…変人ですね」


「はっはー…切れ味のある言葉だが

確かにその通りなのはあえて!認めよう!

確かに これ はポピュラーではあるが

意外と美しいと感じる人間は少ない

一般的な美とは違う美だ」


片付けをしていた筈の先輩は

話に熱中し始めており、

両手を開いてくるくると

幼い子供のようにわざとらしく回転していた。


「犯罪の美学なんて言葉もあるな。

私はそんな薄汚れた美学は認めんがね!

あ、君は何かそういう個人的な

美しさを感じる物事ってある?」


「…そうですねぇ…

あ、小さい頃富士山登頂した時

風景見て泣いたりしましたね。

あとは…モナリザの絵見た時

どうせ絵だろと思ってたのに

目が離せない美しさを感じましたねぇ」


「ふむ、前者は登頂の達成感による感動。

後者は黄金長方形などの視覚の錯覚だね」


「…身も蓋も無いこと言いますね」


「あぁ気を悪くしないでくれ。

どちらの美しさも一般的な美に

当てはまるれっきとした美の現象だよ」


「はぁ」


「…あぁそうだ。例えば…見方によって

一般的な美か個人的な美かが変化する

貴重なサンプルがあるじゃあないか」


「サンプルって?」



先輩が落ち着かない動きを止め、

こちらに向かって来る。

ーーーそして


「君のことだよ」


「えっ」


先輩が唐突に顎を掴み

さらに唇に指を伸ばした。


「な!?いきなりなにを…」


「私は君を美しいと感じている」


「…ふぇ!?」


変な中身と釣り合わない整った顔を近づかせ、

なんとそのまま唇を合わせようとしてきた。


「ちょ…だめです!」


「ダメ…かい?」


「そんな子犬的な顔してもダメです」


「ふむ…なぜだい?」


「なぜって…それは?」


「それは?」


「…付き合ってないじゃないですか」


「あ、じゃあ付き合おう」


「そんな軽いの認めませんよ!」


「なるほど、軽くなかったら良いんだね」


「そ、れは…」


なんでいきなり、

こんな急展開が訪れるのだろうか。

素早い拍動は一切戻らず、

顔が赤くなっているのが

自分でもわかるくらいに熱い。


「…今年の四月、部に新入生を勧誘するために

校門で他の部と共に待っていただろう?

ほらあの着ぐるみ来てたやつ私」


「いきなりなんの話…

え、あの着ぐるみの中身先輩だったんですか!?」


「そして自分の顔を見せないまま

一方的に君の顔を見た。

…あのときはやばかったね、

心臓がリアルに蠢いた…

君の地味な姿の奥に強力な美を感じた。

新入部員として君が入部してきたとき

運命を感じた。あと着ぐるみ勧誘間違ってなかった」


そんな恥ずかしげもなく語られても困る。

というか今日この日まで

着ぐるみが何部の勧誘だったか

気づいてない。


「…しばらく活動して

私の素を君に見せてきたが…

少なくとも私は私自身に対する

嫌悪の感情を君から感じていない。

これはいけるぞ と思って

この夕陽という告白用テンプレート背景で

気持ちを伝えてみたのだが…

はぁ、なんとも私は下手だな」



「…美しさどうこうじゃなくて

恋愛的に好きですってシンプルに伝えれば…」


「美しいというのは恋の理由にならないかい?

もう一度言おう!私は君の美しさに惹かれた!

時たまに学校のバカ者共から

あいつ眼鏡外すと綺麗な顔してるよな

なんていうナンセンスかつ馬鹿げたことを聞くが…

私は違う!メガネ含めて君のことが好きだ!」


「…顔が…近いですって」


言ってることが所々面白おかしいのに…

真剣な気持ちだけは伝わってくる。


…隠し切れない笑みが浮き出てきて

顔を合わせられない。


「今日は、諦めよう!悔しいがな!

んだが!明日!今度は出来る限り真面目に…


「いいですよ、今日付き合っても」


「………え?」


「それとも、ここまでの私への好意のアピールは

不真面目な大嘘だったりするんですか?」


「そんなことはない、私は嘘が嫌いだ」


「じゃ、良いですよ、付き合いましょう」


「え、あの、軽くない?」


「軽いですか?」


「軽…くない…のか?うむ…」


「あんまり嬉しそうじゃないですね」


いじわるでそんなことを言ってみる。


「いや、そんなことは無い!ただ…」


「ただ…?」


「君から…その…明確な好意をもらってない」


珍しく、先輩の表情が恥ずかしいという

感情をまとっていた。


「…実はですね、私がこの部に入ったのは

先輩がいたからなんです。

あ、着ぐるみは関係ないですよ」


え、関係ないの?と驚いた表情をする

先輩を気にせず話を続ける。


「…最初は軽い気持ちで

綺麗な先輩がいるから入って近づこう

なんてアホな考えで適当に入ったんです。

でもその綺麗な先輩の中身が

モザイクぐらい淀んでて…」


「少し失礼じゃ無い?」


「ま、最初はなんだこの人と思ってましたけど…

研究もそうですけど

あらゆることに熱心になれる

先輩を見ててなんだか私も

元気を貰えるというか…」


「…」


無言で人差指をつついて照れるとか、

いつの時代の人なんだよ先輩。


「それでですね、ええ、好きだったんです。

いや、好きなんです。

外見も内面も、大好きなんです」


「…ありがとう」


「…え、な、なんで泣いてるんですか!?」


「ふふ…これは…達成感の涙だ…

君の美しさへの敬服も混ざっているし…

安心感でもある…幸福さも


「も、もう良いですって!

…とりあえず、両想いだったんです、

私と付き合ってくれますか?」


「…そうだな…ここは…」


涙をぬぐいながら、

先輩は急激な行動にでた。


「!?」


「…」


いわゆる接吻を不意打ちで行われた。


「…ぷはっ!ちょっと!いきなり…」


「これで、付き合ったということになるな。

しかしファーストキスの味は無味無臭だったな」


「変なこと…言わないでくださいよもう…」



先輩は相変わらず変人…

いやもはや変態だろう。

そんな残念な先輩との関係は

今日唐突に変化した。


「さて!もう門が閉じる頃合いだ!

走れ!学校を出て私の家に来い!今日は寝かせん!」


「だから気が早い!付き合って初日からは流石に…」


「なんだ?なんの話か知らんが

美しさの話はまだ終わってないぞ?」


…天然か、狙って言ってるのか。

おそらく前者だろうか。


「…わかりましたよ、はやくいきましょ」


「よーし、じゃあ5時間みっちり行くぞ!」


「長いわ」


色々と言いたいことがあるけど

ひとまず嬉々として話す あっち に

番を譲ってやろう。

先輩の無駄に長くて所々くだらなくて

…ちゃんと考え抜いた話。

それを聞くのも私が好きなことだから。







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夕陽と不器用な変人 黒秋 @kuroaki

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